第42話 ドキュメント写真集『映画 See you again! ジロー 主演女優殺人事件』
前社長の時代から生え抜きの前営業部長は、暴飲暴食、長年にわたる不摂生から、とつぜんの入院騒動で会社にたいへんな迷惑を掛けっぱなしにしたままで退職した。その後始末を、若い香山部長は、ひと言の不満も述べずに引き受けてくれていた。
――なのに、その言い草はないでしょう!
仁王のように憤激しながらも、文花は頭のなかで素早く計算をめぐらせ、敢えて、あらぬアイディアを口走っていた。「同じ日に大事件がふたつ発生したのも何かの縁かもよ。ならば、女優殺人事件を逆手にとって、起死回生の打開策を打ち出すしかないわね。やりようによっては、不渡り手形の損害の補填どころか
はぁ?
なにを言われているのか意味不明なんですけど……。
全員が怪訝な顔をしているなか、諒子社長ひとりが鷹揚に微笑んでくれた。
「まあまあ、ひとりで勢いこんで。順序立てて説明しなければ訴求力ゼロよ」
――もしや、帰りの車中で、諒子社長も同じ企画を練った?
文花は即座に理解した。
となれば、ここが正念場だ。
大きく息を吐いた文花は落ち着いた口調を心掛けながら、秘密計画を語り始めた。
ドキュメント写真集『映画 See you again! ジロー 主演女優殺人事件』を出版するんですよ。幸いにも香山部長が、試写会、記者会見、打ち上げパーティから殺人事件の発生直後に至るまでを、ほぼ時系列で克明に撮影してくださっています。その写真を目いっぱい活用して、他社が追随できないムックを緊急出版するんですよ」
つとめて冷静に、事務的に、恬淡と告げ終えた文花は、ここで一気に畳みこむ。
「院長夫人を笠に着て、文化事業にはド素人のくせに諒子社長を
――ええっ?!
ほぼ半数がいっせいにどよめく。
「そんな危険な本を出版して大丈夫でしょうか?」植村部長が怖々と訊ねる。
「世間の非難轟々って感じっすよねぇ」評論家ぶったのは草薙隼太郎だった。
「いやぁ、驚きました。突拍子なさ過ぎて……」外山博之も反対を表明する。
かたや、諒子社長と香山部長のふたりは揃って沈黙している。
「もちろん、批判は覚悟のうえですが、手を汚さず難局を乗りきる方法、ほかにありますか? わたしの拙い案を凌駕するプランがあったら遠慮なく申し出てください」
留守番組の3人は、きまりわるそうに口を噤んだ。
「世間体がわるくても、センセーショナルな話題になることはたしかでしょう。話題になれば本が売れる。本が売れれば経営が安定する。安定すれば従前どおりの良心的な出版ができる。そんな構図を確立させるため、みんなで一気呵成に創り出すのよ」
文花の懸命な説得は、自ずから熱を帯びて来ていた。
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