第25話 女性刑事2名VS宝月文花編集長の対決


 

 

 屈辱のシャワーを存分に浴びた善財亜希子が覚束ない足取りで廊下へ出て来た。

 入れ替わりに指名されたのは翡翠書房の諒子社長、ではなく文花編集長だった。

 ひとつ離れた椅子にポツンと座っている母の諒子社長は、いつになく心細げだ。


 ――こういうときこそ、娘のわたしがしっかりしなきゃ。


 警察の事情聴取。

 初めての経験(たいていの人がそうだが)に毅然と立ち向かう覚悟を決めた文花は、入り口で軽く挨拶すると、にわか仕立ての取調室へピンヒールの歩を進めた。


 教室の真ん中のスペースに、1台の机を挟んで椅子が2脚。チョークらしき痕跡がかすかに残る古びた黒板を背に、刑事にしておくのは惜しいようなスレンダーで端整な顔立ちの女性刑事が座っている。そのかたわらに、こちらは並みの男性よりマッチョな女性刑事が、事情聴取の内容を記録するノートパソコンを開いていた。


 私服も規則で定められているのか、申し合わせたような紺のパンツスーツに白いスニーカー。スレンダーなほうは、色気のないゴムで結わえただけのひっつめ髪。かたや筋肉質は洒落っ気のないショートヘアの襟足をすっきりと刈り上げている。


 鷹のように鋭いふたりの視線が、一瞬、文花のミニスカートの膝に集中する。


 ――いえ、違います。この格好は今日だけで、ふだんはジーパンなんです。


 弁解したいのを堪えて椅子に座ると、スレンダーなほうが前説を述べ始めた。


「ただいまより、仮称『映画女優殺人事件』の事情聴取を執り行います。参考人の発言はすべて録音されるのでそのつもりで。申し遅れましたが、わたしは高砂警察署刑事課捜査一係巡査部長の遠藤皐月、こちらは巡査長の鶴前圭子刑事です」それぞれ胸ポケットから警察手帳を取り出すと、身分とフルネームをかざしてみせる。


 ――うわ、テレビにそっくり!


 刑事ドラマファンの文花は、参考人の立場も忘れうっかり興奮しそうになった。


「では、まず、あなたの氏名、年齢、住所、職業を教えてください」過去の場数をさりげなく滲ませる遠藤刑事は、御しやすそうな見かけをあっさり裏ぎり、うしろめたいところがある被疑者には、それだけで十分な圧迫となりそうな貫禄である。


「宝月文花。26歳。高砂市広崎町南2―6―7。職業は、翡翠書房の……一応、編集長を仰せつかっています」この若さで大仰な職責への謙遜、あるいは言い訳をこめたつもりだったが、通じなかった。「一応、とは? どういう意味ですか?」正面きって揚げ足を取られた格好の文花は、民間感覚との差異にうろたえた。


「あ、別に他意はありません。母親が経営している出版社なんで、分不相応な役職が付いてはいますが、本当の実力はまだまだペイペイ並みですと、そう申し上げたかっただけで……」慌てて付言したが、遠藤刑事は鰾膠にべもなく畳みこんで来た。「親の七光りですか? うらやましい限りですねえ、社長のご令嬢は。そこへいくとわたしたち叩き上げは、階級試験に合格しなければ、ただのひとつだって上に昇れやしません。完全な実力社会ですからねえ」


 ――ボイスレコーダーを意識しているように聞こえるんだけど……。


 だが、反発慣れしている文花は、敢えてこの場で反論するつもりはなかった。


 ――親の威光でデビューしたり、美味しい仕事にありついたりする芸能人とはまったく趣を異にするんだけどな。前途多難な小出版社の経営を1日も早く身に着けさせるための、どちらかと言えば「獅子の子落とし」的な母心なんだけど……。

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