第24話 総合病院長の息子・恭一郎の意外な述懐
職業に徹する一方、貫太郎はいい歳をして親に甘えているいいとこの坊ちゃんを前に、噴火したくて困っている火山のマグマのような内心の憤激を抑えきれない。
高砂城北高校の同級生はほぼ全員が大学へ進んだが、貫太郎はパートの掛け持ちで育ててくれたおふくろのために地方公務員の道を選んだ。こいつらがのほほんと遊び暮らしているあいだに、おれたち高卒採用組は10代のころからきびしい階級社会に揉まれて来た。同じ人間に生まれながら、こんな不公平があっていいのか。
しかし、それとこれとは別である。
そのくらいの分別はあるつもりだ。
地道な交番勤務が認められ希望した刑事に採用されて以来、コツコツ積み上げて来た経験が「こいつはシロだ。見かけは不甲斐ないが、嘘を吐ける男ではない」と囁いている。けれども、貫太郎の本心は、いきなり無罪放免にしたくなかった。
「そんな……ひどいですよ、刑事さん。そんな証明なんてできるはずないですよ」
苦しげに呻きながら、恭一郎は頬に垂れ掛かる長髪を、滅茶苦茶に掻きむしる。
「たしかにぼくは、林美智佳のファンです。でも、それは、どこまでも偶像としての対象であって、現実の恋人として捉えようとしたことはただの一度もなかった。ええっと、なんというか、林美智佳という高嶺の花に憬れ、崇敬する自分を、もうひとりの自分が空から見下ろしている、いわば、そんな状況を想像して、ひとりで楽しんでいただけなんです」
本音を語り終えた恭一郎は、対峙する貫太郎の目を正面から見据えた。先刻までトロンと濁っていた双眸に聡明な光が点り、人相まで別人のように一変している。
――恵まれているように見えるこいつにも、こいつなりの悩みがあるのか。
貫太郎の心の揺らぎが伝播したかのように、恭一郎は率直に自分語りを始めた。「刑事さんがぼくを軽蔑するのも当然です。ぼくだって、こんな自分が惨めでならないんですから。でも、家庭内で圧倒的な強権を持つ親父に伍して母を守るには、このやり方しかなかったんですよ、ぼく的には。親父の希望どおり老大付属中学に入学したものの、わずか3か月で不登校になったのだって、もとはと言えば……」
「そんなころから苦しんで来たのか……。市立中学に進んだおれは、至って単純なサッカー小僧だったよ」思わず共感が滲む貫太郎の相槌に恭一郎の訴えはつづく。
「京都生まれのおふくろにしても同じなんです。舅と姑をひとりで介護してきたのに、仕事と趣味に没頭するだけの親父には『面白味のない女』として顧みられず、さびしくて、なにか縋るものが欲しかったんだ。映画のボランティアでも、事務局でも、もっと言えば雑用係でも掃除のオバサンでも、とにかく、自分というものの存在価値があり、生きている実感が得られるものなら、なんでもよかったんだ」
弱い部分、醜い部分を曝け出す参考人の供述に、貫太郎はしんと打たれていた。
同じく高卒叩き上げの曽山刑事も同じ気持ちであるらしく、黙って聞いている。
学校でありながら人肌の温もりに欠けた空き教室を、一瞬の静寂が支配する。
黙りこくった3人の足もとを、日光杉の老枝が鳴らす乾いた音が奔り抜けた。
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