第23話 検視の結果、顔見知りの犯行と推定



 

 ――ああっ、こいつ! 勝手に持ち出しやがって!


 貫太郎と曽山刑事は、ふたり同時に悲鳴のような叫びをあげた。


「証拠品として預からせてもらいます」湧き上がる怒りを抑え、ポケットから白い手袋を取り出した貫太郎は、殺された女優をかたどった人形を注意深く包むと、証拠保存用のポリ袋に入れた。それを曽山刑事に渡して「ただちに鑑識へ」と指示する。曽山刑事が出て行くのを横目で見ながら「預かり証」を発行し、恭一郎に渡す。


「そんな……」恭一郎は3歳児のようなベソを掻いたが、もちろん取り合わない。

「それにしても、検視官の目をかいくぐって、どのように持ち出したんですか?」

「チョー簡単っすよ。みかりんの下敷きになっていたのを、警察が来る前に拾ったんっすよ」あっけらかんと告げる恭一郎には、まったく悪びれた様子が見えない。鑑識からもどった曽山刑事も、得体の知れない怪物を見るような表情をしている。

 

 そこへノックがあり、重い引き戸が開いた。

 廊下から、矢崎刑事課長が手招きしている。


 出て行った曽山刑事が数分でもどってくると、貫太郎の耳もとに口を寄せた。


 ――検視の結果、死因は刃渡り3センチの鋭利な刃物による刺殺と判明。心臓をひと突きし、手などに防御傷が見られない一方、着衣に若干の乱れがある事実から顔見知りの犯行と推定される。死亡推定時間は午後4時前後。


 恭一郎に向き直った貫太郎は、なるべくソフトな口調を心がけて誘導を始める。

「フィギュアを持っているくらいだから、きみは相当なファンなんでしょうね」

「もちろん! みかりんはエンジェルだよ」警戒もなく、恭一郎は顔を輝かせた。


「ということは、おかあさんが映画製作のボランティアの代表をしている事実は、林美智佳ファンのきみにとって極めて都合がいい状況だったんでしょうね」物語のつづきを語るようにさりげなく重ねてみると、恭一郎は鼻孔をぷっと膨らませた。「まあね。ああいうの、役得っていうの? おかげで、みかりんのスケジュールは分刻みで把握できたからね。みかりんが、いまどこでなにをしているか、家に居ながら一目瞭然ってわけさ」「なるほど。で、一気に思いの丈を遂げようとした?」


 石膏のように固まった恭一郎は、驚きのあまり、瞬きすら忘れたらしい。

 10秒後、ようやく氷解した恭一郎は今度は激しく首を横に振り始めた。


「あり得ない。そんなこと絶対にあり得ないよ。みかりんは純粋無垢なエンジェルなんだ。その天使を自分の手で汚すなんて愚かな行為をぼくが働くわけがないよ。刑事さん、どうか信じてくれよ。本当なんだ。ぼくのみかりんへの思いは、その辺に転がっているその他大勢のファンどもとは、純度がちがうんだよ、純度がさあ」


 オタク口調は影を潜め、真面目な素の顔が浮かび出ている。

「そうではないという事実を、証明する証拠はありますか?」


 ――無の証明ほどむずかしいものはない。


 過酷な事実を十分に承知している貫太郎は、落ち着き払って恭一郎に迫った。

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