第22話 みかりんのフィギュアっすよ



 

 「おい、きみ!」

 怒りにふるえて曽山刑事が立ち上がる。

 手で制した貫太郎が「プロフィールにもどります。一緒に現場にいたのがおかあさんですか? おとうさんの職業はなんですか?」さらに踏みこむと、一瞬、目をキョトキョトさせた恭一郎は、やがて観念したように「医師です」小さく答えた。


「医師? 開業医? それとも病院勤務?」「……◇△×◎☆」恭一郎は口のなかで意味不明の語彙を転がす。「え、どこ?」貫太郎と曽山刑事が同時に訊き返す。


 ふたりに迫られた恭一郎は、覚悟を決めたと言うように蒼白な顔を上げ、清水の舞台から飛び降りた。「ぼくの父は……あの……総合病院の院長をしています」


 ――へえ、こいつは呆れた。総合病院の院長の息子かよ、おれと同い年で。


 早くに父親を亡くして、母ひとり子ひとりの家庭で苦労して育って来た貫太郎は心底から驚愕したが、そんな思いはおくびにも出さず、粛然と質問を進めてゆく。


「では、本題に入ります。善財恭一郎さん、ならびに映画製作ボランティア代表のおかあさんが第一発見者ですが、あなたは何を忘れて講堂にもどったんですか?」すっと表情を消しオタクにもどった恭一郎は「フィギュアっすよ、みかりんの」。


 ――さっきはちらりと真顔を見せたのに……油断のならないやつだ。


 軟体動物のような捉えどころのなさが、ぞくっとするほど薄気味わるいが、高卒で県警に奉職し、交番勤務からの叩き上げで所轄の刑事になった貫太郎は、事情聴取や取り調べは参考人や容疑者との人間力の闘いであることを、経験則で承知している。故意に自分を愚かに見せようとしている男に、丸めこまれる気は毛頭ない。


「で、見つかったんですか、それは?」

 嫌悪を堪え相手のペースに合わせると、

「うん、ほらね!」にわかに弾んだ恭一郎は、上着の内ポケットから身の丈10数センチほどの人形を取り出し、貫太郎と曽山刑事に誇らしげにかざして見せた。

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