第20話 第5班・乾貫太郎刑事による取り調べ開始



 

 矢崎刑事課長の命を受けた有賀警部補が、旧制高校公園管理事務所の職員に交渉した結果、各班の事情聴取には、中庭を隔てた教室棟を使用できる目処が付いた。


 吉澤副署長と矢崎刑事課長に率いられた刑事10名、事情聴取者18名、計28名の沈鬱ちんうつな行列が、ぞろぞろと講堂の外に吐き出されてゆく。鬱蒼うっそうたる日光杉の林に覆われた旧制老鶯高等学校の深い森は、わずかなあいだに瑠璃紺色るりこんいろに塗りこめられていた。野次馬は倍にも膨れ上がっており、応援も加わった制服5名が異常事態に興奮する群衆を声を嗄らせて整理していた。


 久しぶりのデカい事件ヤマに張りきった刑事たちは、それぞれに割り当てられた容疑者を前後から挟みこみ、日光杉が降らせた大量の去年の枯葉を踏んで粛々と歩いて行く。春とは名ばかりの寒風が、昼間の汗が滲むワイシャツの襟足を撫で上げる。


 最後尾の第5班は、乾貫太郎刑事を先頭に、善財恭一郎、佐藤三郎、香山悠太と並び、アンカーを曽山刑事が守っている。すぐ前を行く映画関係者たちは、ファンファーレが鳴り響く闘牛場へ強引に引き立てられて行く闘志の希薄な闘牛だった。


 老杉ろうさんの大枝は不気味きわまりない。細い女の指先のような葉先が、わずかな風にも他愛なく靡く様は、黒マントを広げた魔女が手招きしているように見えてくる。非科学的なものは信じない性質の乾貫太郎も、思わず背筋に寒気を感じた。


 長い歳月にわたって遣われていない教室棟は、床下から四囲の壁までしんしんと冷えこんでいた。聡明にして多感な学生が全国から集まって来た旧制高等学校ゆえ青春期特有の事件も発生したかも知れない……と想像するといい気持ちはしない。


 裸電球にぼんやり照らされた廊下にはお誂え向きに椅子が並んでいた。事情聴取の本人以外はそこで待機させておき、吉澤副署長と矢崎刑事課長が監視に当たることになった。


 玄関から入ると順に1班、2班と割り当てられ、5班は便所に近い最奥の教室になった。曽山刑事に目配せした乾貫太郎は最初の事情聴取者と決めた善財恭一郎を促し、にわか仕立ての取調室に入る。昔ながらに頑丈一辺倒の机や椅子は、お世辞にも使い勝手がよさそうには見えないが、いまは贅沢を言っている場合ではない。

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