第19話 現場到着、ただちに取り調べへ



 パトカーのサイレンを鳴らした乾貫太郎は正月の空の凧のように昂揚していた。


「あまりスピードを出すなよ。市民を巻きこんだ事故を起こせば元も子もないぞ。急がなくても5分で着くだろう」助手席の有賀太一警部補が本気で心配するほど、貫太郎は「県警 POLICE」と横書きされたパトカーを、走りに走らせた。


 真面目な気質の高砂のドライバーはマナーがいい。だれかが前もって箒で先便を付けてくれたかのように、行く先々の道がきれいに開けられている。海上に開いた道を迷いなく行くように飛ばしに飛ばしたので、あっという間に現場に到着した。


 二人1組で市内随所に散っていた同僚の刑事たちも次々に駆け付けて来たので、赤色灯をグルグルまわす何台ものパトカーが醸し出す物々しさに、あたりは騒然となった。近くの交番から駆り出された制服2名が、野次馬の整理に当たっている。


 黄色い現場保存テープで封鎖された講堂は、まさに現場げんじょうそのものだった。

 旧制高等学校の創設期さながら、吹き抜けの天井の豪奢なシャンデリアに煌々と照らされた広い館内に、真っ黒なグランドピアノがひっそり冷たく沈黙している。


 その真下の暗がりを選んだように、胸に刃物を突き刺した女性が転がっていた。

 現役時代は腕利き検視官だった百瀬署長がきびきびと検視作業に当たっている。


 中年太りを押して機敏に動きまわる署長。

 マネキン人形のように動かない女の死体。


 対照的なふたりのかたわらに、脳震盪のうしんとうを起こしそうにド派手なショッキング・ピンクのスーツの中年女と、奇妙な手つきでクリーム色のソフトスーツの股を隠した若い男の一対が、晩秋の風にさらされた捨て案山子のように戦慄わなないていた。


 部下の出動を確認した矢崎刑事課長が、遠巻きにしている関係者に「では、これから事情聴取を開始します。申し上げるまでもなく、ここにおられる全員が取り調べの対象ですからすみやかに担当刑事の指示に従ってください」重々しく告げた。


 関係者が別室に移動すると、有賀警部補を筆頭に簡単な打ち合わせが行われた。

 ベテランから若手まで10人の刑事たちは、二人1組で5班に分かれて取り調べを行うことになり、矢崎刑事課長はつぎのように部下を割り振った。


 第1班。

 係長の有賀太一警部補と折井安二郎刑事(35歳)。シネマビレッジ社長の清田哲司、竹山俊司監督、日日新聞文化部鷹野正平の3人の取り調べを担当。


 第2班。

 揃って中堅の草間吟司刑事(43歳)と中島祥吾刑事(38歳)。全信の倉科部長、著者の百目鬼肇、高砂ローカル文化部の立石博朗の3人を担当。


 第3班。

 こちらは揃って若手の上條常隆刑事(28歳)と石黒道哉刑事(27歳)。主演の佐々木豪、ADの蔵前俊司と大野康平、通信社文化部の上原和也の4人を担当。


 第4班。

 刑事課の紅二点、遠藤皐月刑事(30歳)と鶴前圭子刑事(25歳)。第一発見者の善財亜希子、翡翠書房社長の宝月諒子、同社編集長の宝月文花の3人を担当。


 第5班。

 乾貫太郎刑事と曽山博史刑事(23歳)。もうひとりの第一発見者である善財恭一郎、プロデューサーの佐藤三郎、翡翠書房営業部長の香山悠太の3人を担当。


 チーフに抜擢された乾貫太郎は、相棒の曽山刑事に挨拶を兼ねて指示する。

「よろしく頼むぞ、曽山刑事。言うまでもないが録音テープも抜かりなくな」

「了解です。乾さんと一緒で勉強になります!」曽山は若い頬を上気させた。

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