第18話 高砂警察署内を一閃する緊張



 

 国道沿いにある高砂警察署の玄関は、日当たりのいい南側に設置されている。

 10段ほどの石段を上って自動ドアから入ると、右手に地域課と交通課、左手に生活安全課がある。昼間は運転免許の更新、落とし物、拾い物、交通事故の処理申請、地域のパトロールの強化の依頼、ストーカー被害の訴え、風俗営業の許可申請などでごった返すロビーの奥に階段があり、上った2階の最奥が刑事課だった。


 矢崎刑事課長以下20人の刑事の留守を守っているのは、ベテラン係長の有賀太一警部補(58歳)と若手のホープと目されるいぬい貫太郎刑事(26歳)である。


 過渡期の警察署がどこでもそうであるように、前者は、昔ながらに「足で歩く」捜査が自論で、後者は、デジタルを駆使した科学捜査を標榜ひょうぼうしている。考え方にも年齢にも隔たりがあるが、父と息子のように気が合うふたりでもあった。


「いい陽気になって来たな。これからは外歩きも苦にならんだろう」未整理の事件記録をまとめるため、老眼を擦って不慣れなパソコンを操作していた有賀警部補がモニターを見詰めたまま呟き、「高砂城や羽広川の桜もそろそろ咲きそうですよ。標高が高い城山の開花は再来週にずれこむでしょうけどね」乾貫太郎がのんびりと相槌を打ったところへ、有賀警部補の携帯電話が鳴った。


 緊張した表情で電話に頷いていた有賀警部補は、振り返りざま貫太郎に命じる。

「署長、副署長、課長が出席なさっていた映画の試写会場で、女性1名の他殺死体が発見された。被害者ガイシャは主演女優。刑事課の全員に出動命令が出た。地域課と生活安全課に留守を頼んで来てくれ」


 乾貫太郎は即座に階段を駆け下りて1階へ行き、地域課の窓口に声を掛ける。

「緊急事態です。映画の試写会場で殺人事件が発生しました。これから刑事課は全員が出払うので、留守を頼みます」色白の顔を青く変じさせた女性事務員の返事も待たず、その足で生活安全課に走る。高砂警察署中に緊迫した空気がみなぎった。

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