第13話 タレント豚・ジローさんの一発芸


 


 全国紙の地方支局や地元紙の記者にとって、中央の芸能界は一般市民と同じ高嶺の花であるらしい。予想されたとおり記者の質疑応答は主演の男女優に集中した。


 この作品の印象深いシーン、映画を通じて訴えたいことから高砂の印象、好きな異性のタイプなど、まったく脈絡のない質問を浴びた佐々木豪と林美智佳は、薄い笑顔を絶やさず、いかにも役者らしい表情や身振り手振りでそつなく答えている。


 大方の質問が出尽くした頃合いを見計らったように、通信社文化部の上原和也がおもむろに挙手する。「原作者ならびに版元の編集長さんにうかがいます。ご著書を拝読すると、原作者の文章のみならず、高砂城北高校の、当時の教師や生徒さんによる文章も、かなりの紙幅に渡って引用されていますよね。ということは、厳密に言えば、著ではなく編、または編著と表記すべきだったのではないでしょうか」


 ――またまた、うっちゃんったら斜に構えちゃって。

   なにもこの席でそんなことを言わなくても……。


 話題になる本の常で、『フリーター豚・ジロー』も毀誉褒貶きよほうへんに曝されていた。

 上原記者の指摘もそのひとつで、自分の文章が無断で掲載されているのは著作権法違反だとか印税も分配されて然るべきだとか、えげつない事態に発展していた。


 ――で、わたしが答えるの? 彼一流のパフォーマンスに。


 となりの席の百目鬼肇を横目でうかがうと、憮然とした顔を頑固にうつむけているきり答えようとする気配も伝わって来ない。仕方なく、文花がマイクを取った。


「ただいまのご質問でございますが、すべてわたしどもの責任でございます。貴重なご指摘は今後の出版に活かさせていただきますので、今回はどうかご海容を賜れれば幸いに存じます」にやりとした上原のリアクションがぼんやり見えた。('_')チッ


「よろしいでしょうか。では、これで記者会見を終了させていただきます。引きつづき試写会に移りますので、みなさま、準備が整うまでそのままお待ちくだ……」絶妙なタイミングで引き取ってくれた佐藤プロデューサーが、あっと声を挙げた。


「たいへん失礼いたしました。わたしとしたことが肝心の主役のご紹介をすっかり失念しておりました。これでは映画が成立いたしません。では、あらためまして、会見の最後に、ジロー役の豚のジローが、みなさまにご挨拶を申し上げます」


 各地の支局を渡り歩く記者特有の、旅の恥は掻き捨て的な身軽さで、ここ一番と上原が仕掛けた質問でやや白けていた座が、動物の登場を知らされて一気に和む。アニマル・トレーナーに率いられたタレント豚が眩い舞台に引き出されて来ると、「まあ、可愛い!」「本当に真っ黒なのね!」女性記者を中心に歓声が挙がった。


「さあ、ジローさん。ここで一発、元気のいい『ブー!』をお願いしますよ」


 動物に関心がない佐藤プロデューサーが、囁くように舞台のジローに頼む。

 会場中がしーんと静まり返るなか、ジローはキョトンと立ち尽くしている。


「どうしました? ジローさん。英語の授業の場面の『ブー!』をもう一度ここで再現してみてくれませんか。付き添いのトレーナーさん、よろしくお願いします」

 金を払う側の圧力を言葉の裏に忍ばせて、半ば脅し上げる佐藤プロデューサー。


 とそのとき、ジローが妙なそぶりを始めた。

 しきりに床の匂いを嗅いでいたかと思うと、ひとつ所をグルグルまわり始めた。


 ――ああっ、これっ!!


 慌てたアニマル・トレーナーが止める間もなかった。

 壇上に小さな水溜りができ、排泄された黒い物体がぷーんと新鮮な匂いを放つ。


 ――こらっ、駄目じゃないか!!


 鋭い叱声を浴びて頭を垂れたジローは、ごく小さく「ブ……ブー」と鳴いた。


 やだ、可哀想に。こんなところへ連れ出されて、びっくりしちゃったのよ。

 戦国武将じゃあるまいし、鳴かない豚に無理に鳴かせようたって無理だぞ。

 もう勘弁してやれよ。これ以上責め立てたら病気になっちまうぞ、ジロー。

 だいたいからして豚に金屏風はねえだろう、さっきからそう思ってたんだ。


 湧き上がる騒然たる声を、佐藤プロデューサーはさすがの臨機応変で対処する。


「ええ、みなさま、最後にウンが付きましたところでまことに幸先のいいスタートとなりました。さあ、今日までがんばって来たジローに、みなさま、惜しみのない拍手を贈ってやってくださいませ。ジローさん、どうもありがとうございました」


 眉を吊り上げたアニマル・トレーナーに引き立てられ、すごすごと舞台の袖口に消えて行くジローが、このあと物陰でこっぴどく叱られないように文花は祈った。

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