第12話 やらかしてくれました! 百目鬼肇
そうこうするうちにも、時間は刻一刻と経過し、文花の順番が近づいて来た。
頭が真っ白になって立ち往生する場面を想像すると、履き慣れないピンヒールに載せた足がガクガクふるえて来る。なにも言えなくなったら、どうしよう……。
ふと気付けば、著者の百目鬼肇が、やる気のなさげな声でボソボソ喋っていた。
「いや、わたしにはまったくそんな気はなかったのですが、出版社の女社長の掌でいいように泳がされ、豚が木に登って書いた本が思いがけないことになりました。一番驚いているのは、ぼく自身かも知れません。思いがけず複数の出版社から引き合いがありますんで、もう一花、二花、咲かせてみようかとも考え始めています」
――んまあ、なんという言い草?!
肘でひと突きしてやろうかしら。
まわし蹴りを食らわせ、舞台から蹴落としてやってもいいんだよ、オッサン!(怒)
あまりに無礼きわまりない挨拶に、文花の全身はかっと熱くなった。もしも手元のハンドバッグに刃物を忍ばせていたなら、即座に刃を向けていたかも知れない。
――恩知らずを絵に描いたような。(*ノωノ)
版権横奪のときと同じ厚かましさだわ。
びっしりと詰め掛けた記者席の最後列に、たったいまセクハラ言葉で呼ばれ謂れなき汚辱を着せられたばかりの諒子社長のすがたを探したが、四囲の窓全体に暗幕を引いた会場は牙を隠した夜の海のように暗く、文花の視線は虚しく宙を彷徨う。
*
「では最後に、原作『フリーター豚・ジロー』の版元、翡翠書房の宝月文花編集長さん、お願いします」面倒な修羅場をいくつも乗り越えて来たのだろう、何事にも動じない佐藤プロデューサーの冷静な声で、文花はやっと自分を取りもどした。
「わたしの母校でもある高砂城北高校に棲んでいた1匹の黒い野良豚が、30数年の歳月を経て、いま生き生きとよみがえりました。人知れぬ深山に
一気に述べ終えると、図らずも壇下の記者席の最前列から拍手が沸き起こった。
――やだわ、わたしのときばかり。
なんだか格好わるいでしょう。
だが、運よく最後だから出場者全員への拍手と思ってもらえるかもと考え直し、安堵の微笑を浮かべながら、ライトが眩しくて波も見えない夜の海を眺め渡した。
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