第9話 出ました! 最大手広告代理店の専横



 一方、ステージ下の特別席には、地域のお偉方……深澤高砂市長、太田副市長、地元選出の代議士、県会・市会議員らの横に高砂警察署の百瀬署長、吉澤副署長、矢崎刑事課長、中村交通課長、平林地域課長、小岩井生活安全課長、犬飼警備課長、塩原組織犯罪対策課長ら警察幹部が、厳めしげな制服をずらりと並べている。


「いやあ、遅くなってごめん。東京のクライアントとの会議が長引いちゃってさ」無遠慮な訛声だみごえに振り返ると、高級ブランドのブレザーが可哀想になるほど嵩のある中年男が、湯気を立てんばかりに突進して来ていた。肩からいきなり顔が生え出たような極端な猪首に、サッカーボールほどもある頭部が重そうに載っている。


「あ、これはこれは倉科部長。ご多用中、高砂くんだりまでお越しいただきましてまことに恐縮でございます。いいえ、滅相もございません、ご多用中にお越しいただけただけで十分でございますよ、はい。さあさあ、こちらへどうぞどうぞ」


 擂鉢すりばちを擦る摺古木すりこぎの音が聞こえそうなほどへりくだった佐藤プロデューサーは、その口をためらいもなく振り替え、「おい、全信の倉科部長さんがお見えになったぞ。すぐ飲み物をお持ちしなさい」ADらしい腰の軽そうな若者に傲岸に命じた。


 だが、「おいおい、佐藤君。いくらなんでも、高砂くんだりはねえだろう。かりにもここはおれっちの故郷なんだぜ。しかも、わが最愛の母校を舞台にした映画とあっちゃあ、なにはさて置き、駆け付けてやらねえわけにはいかねえだろうがよ」軽率を窘められた佐藤プロデューサーは禿頭の天辺まで染め、「あ、これは……。わたし、こちらに通って1年余りになりますが、いやぁ、まことにもって住み易いところでございまして、空気はきれいだし、水は旨いし、景色は抜群だし……」


 慌てて言い繕う外注男を、日本最大手の広告代理店は歯牙にもかけてやらない。

「おい、きみぃ、1年やそこらで、高砂のよさが分かられて堪るものかね。ここで生まれ育った者でなけりゃ、本当の価値は、とてもとても……。ふむ、だが、どうだね。一案だが、そんなに気に入ったなら、これを機会に高砂に永住を決めたら」


「は、さようでございますね、それはまたとない妙案かと。……ただ、わたし共はご承知のとおり、旅が仕事のようなものでございますから、てめえの腰をゆっくり落ち着かせるのはリタイア後という次第になろうかと覚悟しております……はい」

 

 涙目の佐藤プロデューサーに倉科部長は「冗談だよ、冗談。全国津々浦々で浮名を流しているわりには小心者なんだな」持ち前のシニカルで駄目を押してみせた。


      *


 目の前で圧倒的な力関係を見せつけられた文花は、すこぶる居心地がわるい。

 

 ――ああ見えて、佐藤プロデューサーも大変なんだね。

 

 いろいろな立場の人たちの好き勝手な意見を根気よく聞き、宥め、まとめ上げ、てんでん勝手に散らばっている髪をきっちりと三つ編みに編みこむようにして1編の作品に仕立ててゆく……。相手が文字ではなく思惑だらけの人間である分だけ、出版より映画製作のほうが、何倍、いや、何十倍も気苦労が多いのかも知れない。


 自分で考え付いておいてなんだが、一癖も二癖もありそうな有象無象のひとりに間違いなく自分も入っている……その峻厳な事実が、なんともくすぐったかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る