第7話 会見の最後は「ブー」のひと声で



 

「では、まず配給元・シネマビレッジの清田哲司からご挨拶を申し上げます」

 カラオケ自慢の佐藤プロデューサーの朗々たる声が文花の回想をさえぎる。


 指名された清田社長は眉ひとつ動かさず「弊社の宝がまたひとつ誕生しました。みなさんのご協力に感謝します。『満天はわが頭上にあり』や『みせかけ家族』につづくヒット作に成長するよう、これから全国の映画館に、しっかりと興行攻勢をかけてまいります」いたってクールな謝辞を、これ以上はないほど簡潔に述べた。

 

 ――製作&販売の全責任を負う身としては、学園祭のノリの無責任な雑輩ざっぱいと一緒に浮かれてなどいられないのだろう。それにしても、なにやら屈託ありげな……。

 

 文花の観察をよそに、やたら鼻息が荒いのは、やっぱり善財亜希子だった。ただいまの清田社長の謝辞は、主に自分に向けた口説と勝手に受け留めたらしく、派手派手しいシャドーを塗りたくった目蓋をさらに分厚く盛り上げ、全国紙の文化欄にもたびたび紹介される有名な若手実業家の端整な顔を、うっとりと見上げている。

 

 ――なんという思い上がり? 直近の資金繰りに忙しいかも知れない社長さんの脳裏に、地元ボランティアの存在など、毛ほどの痕跡も残していないでしょうに。

 

 思わず噴き出しそうになった目を逸らすと、息子の恭一郎の視線とぶつかった。

 

 ――にやっ。

 

 横の母親に瓜ふたつの腫れぼったい目が、不気味な弧を描いて脂下がっている。文花の全身を下から上へ、上から下へ、再び下から上へ。爪先、くるぶし、脛、膝、腿、腹、胸、咽喉部、顔、頭……粘っこい視線が執拗になぞって来る。巨大な蛞蝓なめくじに思いきり吸い付かれたような嫌悪感に、肌をぞわっと粟立てた文花がなにやら鋭い殺気を感じてとなりを見上げると、いつになく険しい眼差しをした香山部長が、一歩も退かぬ構えで、発止はっしとばかりに恭一郎を睨みつけていた。


      *


「では、記者会見の段取りを簡単にご説明いたします。このあとに試写会を控えておりますので、おひとり3分の持ち時間の厳守を、くれぐれもお願いいたします」


 佐藤プロデューサーのしつこい念押しは、長談義癖のある百目鬼肇に向けたものだが、得てしてこういう場合、気付かぬは本人ばかりなり、となりがちだろう。


「まず清田社長が映画『See you again! ジロー』を代表してご挨拶申し上げます。そのあと、竹岡監督、主演の佐々木さんと伊東さん、原作の百目鬼先生、翡翠書房の文花編集長の順でお願いします。最後はジローの元気な『ブー!』のひと声で、会場いっせいに大爆笑とまいりましょう」


 いきなり振られたアニマル・トレーナーは、白抜きの英字の踊る赤いブルゾンをびくんと震わせ、こいつ大丈夫かな? というように左側の豚を見た。折しも退屈そうに窓外を見ていた豚は、口も裂けんばかりの大欠伸をしかけたところだった。


 かたや憤懣やる方ないのは、ただいまの説明で一顧だにされないどころか、佐藤プロデューサーの念頭にも置かれていないことが明白になった善財亜希子だった。


「わたしはどのあたりで喋ればいいのかしら?」堪え性もなく手を挙げたところを「あれ、善財さん。事務局は裏方に徹するのが大原則って申し上げましたよね?」頼みの佐藤プロデューサーに軽くいなされ、濃いチークの頬をぷっと膨らませた。

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