第6話 留守番スタッフのプロフィール



 

 関係者が揃ったところで廊下を隔てた別室に移動し、立位のままの打ち合わせが始まった。広さにして30坪ほどか。旧制高等学校時代は道具部屋だったらしい。


 試写会前の記者会見を仕きるのは、当然ながら佐藤プロデューサーである。


「本日はお忙しいところをお集まりいただき、まことにありがとうございます。みなさまにご尽力いただきました映画『See you again! ジロー』が、めでたく封切の運びとなりました。本日は一般公開に先駆けて、記者発表、ならびに試写会を執り行わさせていただきますので、みなさま、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 落ち着きはらった前説まえせつに、場数の貫禄が自ずから滲み出た。


「これもひとえにみなさま方のお力添えのたまものでございます。今日のよき日に当たり、担当プロデューサーとして、あらためて心からの感謝を申し上げます」


 ねんごろな挨拶に、まったくひょんなことから映画製作というレアなステータスの関係者に祀り上げられた原作者の百目鬼肇、および地元ボランティア代表の地位に固執する善財亜希子と恭一郎は、見るからに誇らしげに頬を紅潮させている。


 一方、ここに至るまでに不本意な目に遭わされて来た翡翠書房の宝月諒子社長と文花編集長、営業部長の香山悠太は、胸のなかでギシギシと砂を鳴らせていた。


 他方、配給元シネマビレッジの清田社長、雇われ監督の竹山、主演の佐々木豪と林美智佳、それに主演豚ジローをリードで繋いだアニマル・トレーナーは、舞台背景の彩色用の大刷毛でさっと透明絵の具を刷いたように揃って表情を消している。


 気まずい場面を横目に、文花はふっと留守番のスタッフに思いを馳せていた。


 間もなく在社15年を迎える総務部長・植村洋子(46歳)、DTP編集担当・草薙隼太郎(25歳)、パートで倉庫の管理担当・外山博之(68歳)の3人が、諒子社長を初めとする幹部連がこうしているあいだも会社を守ってくれている。

 

 DTP編集の腕前はいいものの、すぐかっと熱くなって蛸のように毒を吐く草薙が、またつまらないことにこだわって、昭和戦前のおかあさんのように温厚な植村部長を悩ませていなければいいけど……。この際だから言っとくけど、うちの社は植村部長で保っているんだから、大事にしてもらわなきゃ困るんだよ、草薙くん。

 

 会計事務所勤務の夫とふたり暮らしの植村部長は、翡翠書房の生き字引である。

 前社長の徹郎(当時40歳)の出奔と入れ替わりに入社した彼女は、前職の印刷会社の経理経験を活かし、相性のいい諒子社長との二人三脚で社を牽引してくれていた。大雑把で細かいことを覚えていない諒子社長に訊くより植村部長に訊くほうが話が早かったりするので、自ずから社内の人望を一身に集める佳き人材だった。

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