第5話 キープ・レフトのタレント豚(笑)



 

「あ、どうも」

 相手により態度を変える佐藤プロデューサーが、先刻の竹岡監督並みに端折った会釈を送った相手は、総合病院の院長夫人・善財亜希子と息子の恭一郎だった。

 

 長引く不況でスポンサー探しがむずかしくなっている昨今の映画製作には、地元ボランティアの支援が不可欠なんだよね。金も暇も唸るほど有り余っているけど、たったひとつ名誉が欠けている……そんな主婦を核に据えるのがコツなんだよね、ここだけの話。げんに、わたしが手掛けたあの映画だってこの映画だって……。

 

 かねて佐藤プロデューサーに聞かされていたとおり、ボランティア会長に就いた善財亜希子の、映画『See you again! ジロー』への傾注ぶりは大変なものだった。


 駅前のテナントビルの現地事務所をひとりで取り仕きる。

 頼まれもしないのに、キャストの母親役まで買って出る。

 ゲテモノ好きなマスコミに、自ら売りこみ攻勢をかける。


 まさに水を得た魚のように活き活きとした活躍ぶりで佐藤プロデューサーの期待に応えていたが、反面、原作の版元という不可侵の立場にある翡翠書房の諒子社長を目の敵にし、挨拶どころか、顔を合わせても会釈すら返さない徹底ぶりだった。

 

 ここ一番とばかりに飾りに飾った今日の善財亜希子ボランティア会長はさながらヒステリックな女王孔雀である。ショッキング・ピンクのシャネルのスーツに同色のラメ入りヒール、腕にはゆうに7桁はしそうな高級ハンドバッグを提げている。

 腫れぼったい目にはエメラルドグリーンのアイシャドーが光り、唇には真紅のルージュが厚く盛られ、出張った頬の濃すぎるチークときたら目も当てられない。


 ひとり息子の恭一郎にも、見るからに値段の張りそうなクリーム色のソフトスーツを着せているが、ネット株を操るポテチ族ゆえか、中年男のように腹が突き出ているので、ダブルの合わせ目がパッツンパッツンで、ボタンが弾き跳びそうだ。


      *

 

 入口を見張っていた佐藤プロデューサーの黄縁眼鏡が、ぴくんと持ち上がる。

 テレビで観た男女の俳優が、内裏雛のように並んで入って来るところだった。


 佐々木豪。

 明晰をうかがわせる切れ長の目、同じく広い額、やさしく意思的な口もと。

 芸能界を代表するイケメンは、老若を問わない女性ファンを虜にしている。

 文花は香山部長に似ていると思ったが、そういう世辞は本人には伝えない。


 林美智佳。

 こちらもまたとなりの男優に負けず劣らず双眸が魅力的で、すっと鼻筋が通り、口角がきりっと引き締まった完璧な美女だが、気の強さが前面に出過ぎ、可愛げに欠けるのが、少しく損をしているような……。これまた文花の勝手な観察だった。


 玉虫色のタキシードにパープル系の蝶ネクタイをアクセントにした男優と、黒のスレンダーなイブニング・ドレスの女優のペアは、その場に居合わせるだれにともなく、にこやかな会釈を繰り返しながら、ごった返している舞台の下に立った。

 

 ――わわ! たったそれだけで絵になっている。

 

 さすが! ミーハーの文花は生の芸能人を目の前にした感激に拳を握りしめた。


      *


 本日の出場者の一番最後に、赤いブルゾンのシニアのアニマル・トレーナーと、例の4本の足先まで全身真っ黒に仕上がった豚の一対が、音もなく入って来た。


 よほどの訓練を受けているものと見え、キープ・レフト(笑)をしつけられた豚は、トレーナーの左脚にピタリと付いている。従順に過ぎ、かえって痛々しいほどだ。

 裏事情を知り尽くしている文花は、あまりの健気さに鼻の奥をつんと熱くした。

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