第三話

 3:


「燕ぇ!」


 居た。見つけた……

 このまま見つからなくなってしまうのではないかと不安で、必死だった。


「燕……」


 やっと見つけた燕の後ろ姿は、肩を震わせて、両手で顔を覆って、嗚咽に耐えて苦しんでいた。


 痛い……痛い。

 すぐ後ろまで来ると燕がこちらに気づいた。


「私……何で生まれてきたの?」


「…………」


「もしかしたら、ひょっとしたら私、施設じゃなくて、お母さんと一緒にいたなら……あの家に居て……あの中に、混ざってたかも知れないんだよね」


 痛い……痛い。


「私だって考えなかったわけじゃないよ。お母さんだって一人の人間だもん。幸せになりたいはずだって……幸せな中に居たいはずだって……だから、私の知らないところで新しい人と結婚して、子供とか出来て……私が居たらきっと、それが出来なかったのかもしれないし」


 ――痛い、違う!


「私がそうやってになれば、それで、お母さんが幸せになっていてくれれば、それでも良いかもって。それでも少しは意味があったって――」


 ――違う!


「でも喜べなかった……幸せになってるお母さんに、喜べなかったよ私……私がお母さんと一緒にいられなかった時間は……あの子達が、お母さんと一緒に居た時間で、もう私はここまで大きくなってて……小さな子供みたいに甘えるとか、いまさら育ててもらうなんて事も、出来なくなってて」


 ――違う! そんなん違う! 絶対に違う!


「私は……お母さんに私が生まれた事すら、無かった事にされてた……そう、思っちゃった。私は……私は何で。生まれてきちゃったのかな……」


 違う!


「つばめっ!」


 燕を後ろから抱きしめる。強く、強く……。


「お前の口は、そんな汚い言葉を吐くためにあるんやない! お前は……お前はここにおる! 兄やんが言ってるんや! 俺が言ってるんや!」


 燕を、妹を強く抱きしめる。

 壊れないように、弾けてしまわないように、強く強く抱きしめる。


「お前はここに今おんねん! お前を守っていく兄やんがここに……ここにいるんやで! 俺が言ってるんや!」


 ――お前はここにいる! お前を知っている俺が、ここにいるんや!


「俺はお前が生まれてきてくれて嬉しいで! 嬉しかったんやで! お前を知ったとき、俺は一人じゃなかったんやって。一人じゃないってようやく知ったんや! 兄やんは……兄やんはお前がいてくれて、本当に嬉しいんや!」


 腕に妹の手の爪が、強く食い込んでくる。それでもかまわない。


 腕の上にぽたぽたと落ちてくる肉親の涙が、ひどく熱い。


 ――それでもかまわない。


 妹が壊れてしまわないように……全力で抱きしめる。


「もう泣かんでええ……泣かんでええねん。兄やんが……兄やんがこれからも一緒にいる。これからも、兄やんがお前のそばにいるで……泣くことなんてないんや……お前を守っていく。俺が、兄やんがいるでな……お前は一人ぼっちなんかやないんや。一人ぼっちになんて、ならないんや」



「――――――――――――――」



 妹が

 大声を出して泣いた

 もうすぐ高校生になる燕が

 体ももう大きくなってしまった燕が

 小さな子供のように大声で……龍之介の腕にしがみついて、大泣きする。

 周囲もまったく気にせず

 何もかももお構いなしに

 子供の声でわんわんわあわあと号泣する

 遠くへ、遠くへ……遠くへ届くように

 今の感情を、遠くへ吹き飛ばしてしまおうとするくらいに

 大きくなってしまった子供の、妹の泣き声

 そしてその声は、ちゃんとここに

 ――届いていた。

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