第五話
5:
「お兄さん!」
車から出る。
源之助さんと番太さんの制止の声を聞きつつも、兄へ近寄った。
兄はしゃがんだまま、一番近くで地面に倒れている暴走族の一人と何かを話しているようだった。
小さく、聞こえてくる。
「いいか、お前らの頭のアイツに、よぉ~く言っておけ。次ちょっかい出してきちょったら、この程度じゃ済まさねぇってな」
兄は後ろにいる秦太郎さんへ、あごをしゃくりながら。
「この改造バイク、部品バラせば二束三文くらいにはなるやろ?」
「バイクとしては売れんだろうが……まぁ最低でも鉄くず分くらいにはなるだろうな。外でも内陸でも、売り場はどこにでもあるけぇの」
すると、話していた特攻服の一人が。
「お、俺たちは……命令されただけで、頼みます、バイク……バイクだけは、これ以上は手を出さないでください。もう俺たち手ぇ引きますから」
それを聞いて――
「…………あぁ?」
兄の眼の色が変わった。
「バイクは……俺たちの命なんです……たのんます」
「…………」
兄龍之介が、無言で立ち上がった。
そして、手近に倒れていた改造バイクのそばへ。
「そーかーそーか、そこまでこのバイクが大切か……そいつぁすまなかったの」
やけに静かな、落ち着いた調子の兄――その脇では、秦太郎さんが気配を消しながら、ゆっくりと後退していく姿が。
「お前の大切なもの……魂か。こんなにしてしまって、すまなかったのぉ……」
夜陰に響く兄の声には、ぞっとするほど冷たい気配が含まれていた。
「俺にも、大事なモンが……魂かけたもんがあるけぇ。分かるで……分かるで」
兄が、改造バイクに手を掴む。
「それが何か……分かるか? お前」
地面に付していた特攻服が、はっとなって――私を見た。
「俺の妹や」
兄龍之介が、改造バイクを――持ち上げた。
「お前人の魂に悪戯しといて、自分だけは助けてくださいとか、何ぬかしとんねや」
改造バイクを持ち上げたまま、兄がまた特攻服の男の前まで戻ってきた。
兄龍之介の眼は――深く沈んだ色をして――すわっている。
ぷつん――という音が聞こえてきたような気がして――
「自分の魂持ってるやつが! 他人の魂ぃ汚してんじゃ、ねぇよ――」
「お兄ちゃん!」
はっとなった兄龍之介の背中。
バランスを崩し、地面に叩き付けようとして持ち上げていた、改造バイクを落とす。
がしゃいん! と改造バイクが落ち、ライトの部品が取れて転がった。ころころと寂しく転がって、周囲が静まった。
兄だけではなく、それがあまりにも意外だったのか秦太郎さんも、目を見開いて驚いていた。
「…………」
兄が、驚いた顔のまま私をちらりと見て――うつむく。
「テメェら……次からは、身の振り方を考えておけよ」
足元にいる特攻服へ向かって、小さく呟いてから兄。場を離れてこっちへへ戻ってきた。
前まで来ると、兄は肩ため息をする。
「お前に泣かれちゃあ……かなわんよ。ほんと」
兄が私の頭に手を置いて。
「お前は嫌かもしれんが、俺はお前の頭を撫でるの、好きなんやで」
もとの調子に戻った兄龍之介の、軽口。
「帰るかの」
「……うん」
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