第四話

 4: 

「燕さん! しっかりしてくだせぇ燕さん!」


 車の中で番太さんが私の頬を叩いて呼びかけ、錯乱状態から呼び戻す。


「あ……番太、さん……」

「あっしもいますぜ!」


 運転席で源之助さんが妙に格好を付けながら言ってきた。

「お兄ちゃん、は……?」

「秦のアニキと残りやした」


 彼らは、さっきまで自分がいた怖い場所に今も――


「どこ! あれは何なの!」


 私をを番太さんと源之助さんがなだめる。


「燕さん、落ち着いて下せぇ。先日の族どもに連れてこられたんでさ」

「ですがもう大丈夫です。怖いことなんて、もうありゃしません」


「だ、だけどお兄ちゃんと秦太郎さんが――」


「まずは落ち着くことからです」


 運転席から静かに強みのある声音で、源之助さん。


「大丈夫です。あのお二人なら。むしろあっしらや……特に燕さんがいたら、お二人の足手まといになってしまいやす」


 源之助さんが、心配ないとばかりに首を振って。


「嘘だと思いましたら、そこから見ててくだせぇ」


 源之助さんがサイドガラスの奥を指して――暴走族集団の塊へ視線を促す。


「あれが武玄組の『黒い雷』と、『暴れ龍二代目」の……秦龍コンビでさ」

 

 三十人以上の暴走族集団が取り囲んでいる――あの真ん中に、秦太郎さんとお兄ちゃんが。


 怒声や改造バイクのエンジン音が、中心へ向かって集まろうとした時。

 中心部から外へ向かって――人間が飛んでいった。


「……え」


 燕が、驚きに呆ける。


 人間が、空を飛んで――放物線を描いて地面へ。


 取り囲んでいる暴走族集団から、改造バイクが飛び出してきた。


 バイクが破片を撒き散らして――転がって行く。


 あの中で何が起こっているのか?


 目を凝らしてじっと見ていると、その場にいる暴走族集団の数は変わらないはずなのに……徐々に徐々に、減っていくように見えた。


 減っているのは錯覚だった。地面に叩き伏せられた特攻服姿の人間――その数がどんどん増えていく。


 暴走族たちが地面に叩き伏せられることで、人数が減って行ったかのように見えていた。


 立っている暴走族の人数が減っていって、中心部が見えるようになって――


 はじめに見えたのは、特攻服姿の一人を、ジャイアントスイングでぶん回して、さらにハンマー投げのように投げ飛ばした兄。


 少し距離を取った場所で、脇を締めた拳闘スタイルの秦太郎さん。ものすごい速さのジャブの連射にフック、続けて右ストレート――特攻服姿がまた一人、地面に沈む。


 兄の背後から、また別のが襲い掛かる――が、後ろを向いたまま兄が肘打ちで黙らせたあと、振り向きざまに突き出すような蹴りを放って吹き飛ばした。


 視線を移せば、秦太郎さんが跳躍しハイキック。また一人、地面に沈む。


 と、二人の動きが変わった。


 お互いに距離を取っていた兄と秦太郎さんが距離を縮めて――立ち位置を入れ替えた。


 入れ替え際に、間近に迫ってきていた特攻服二人を、同時に蹴りと拳で叩き伏せる。


 たった二人で、大量の敵を倒す陣形が出来上がっていた。


 まるで、暴風の中心にいる二人だった


 秦太郎と兄が動き、敵をたたき伏せ、暴れまわることで、その周囲に暴風が起こる。


 縦横無尽に、力まかせに暴れまわる――龍。


 暴れまわる龍の中で、的確に素早く……射抜くように立ち回る――雷。



 『暴れ龍』の龍之介と、『黒い雷』の秦太郎


 二人は暴風を巻き起こして――嵐の中を駆け巡り――敵を叩き伏せている。

 終わった頃には文字通りに、嵐が過ぎ去った後のような、静けさが残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る