第91話 合同テスト!



「夏実!雪山!上木さん!ちょっとこっちに来て!」



俺は一塁側ベンチの裏側に3人を呼んだ。

とりあえずは自己紹介からしておかないといけないからだ。




「東奈くん!スカウトお疲れ様です。もしかしてもう1人テストするって言ってたこの子が本庄さん?本庄さん、私は江波夏実。よろしくね!」




「本庄雅です。よろしくお願いします。」




「雪山沙依ッス!雪山パイセンって気軽に呼んでくれていいッスからね!後輩ちゃん!」



「あぁ…。はい。よろしくお願いします。」




動じなさそうな本庄でもここまでグイグイ来られると少しは動揺というか困惑しているみたいだ。


後ろからゆっくりと上木さんが出てきて、桔梗と七瀬の前に出てきて丁寧に1回ずつ頭を下げている。

2人ともその行動に対して優しい言葉で返しているのでひとまず安心した。



問題はこの次のこの生意気な中学生だ。



「よろしく…ん?あんたもしかして…いや。気にしないで。私は本庄雅よ。お互いどうなるか分からないけどよろしくね。」




本庄は上木さんを知っている?

実力はあるからもしかしてどこかで試合をしたり、見かけたりして記憶にあるのかもしれない。




【私は上木和水。下の名前はなごみって読むんだよ!こちらこそよろしくね!】




すぐに携帯を取り出してササッと文章を打って本庄へその文章を見せていた。


その後すぐに上木さんの方から本庄へ握手を求めていた。

友好の印だろうか?話せないからなのか、握手をしようと手を差し出したら少なくとも嫌じゃないというのは伝わるだろう。



2人は軽く握手をしてすぐに俺の方へ向き直した。

テストだから俺の指示を待っている。




「そんなにかしこまらなくてもいいよ。そうだなぁ。最初は2人でキャッチボールしてくれないか?」




「キャッチボール?体は結構温まってるから大丈夫だけど?上木さんもさっきまでキャッチボールしてたし大丈夫だよね?」




「…こくこく。」



2人とも準備運動はいらないからキャッチボールしなくていいという意志を俺に伝えてきた。




「いや、準備運動じゃない。ちゃんとしたテストだからキャッチボールして。もしやらないならここでテスト終わるけど。」




そういうと状況を飲み込めたようですぐにキャッチボールをしに行った。


テストでキャッチボールと言ったが、しっかりとキャッチボールを出来ているのかを見る。


相手に向かってしっかりとコントロール出来てるか。

手を抜いたりしていないか。

近くでの投げ方、中距離での投げ方、遠投する時の投げ方を見たり、遠くになっていくにつれてどれくらいの強さのボールを投げられるかを知りたかった。




「みんな、グラウンドの中に入って近くでキャッチボールを観察しに行くよ。まじまじと見ててくれればいいから。」




俺がそういうとみんななんでかも質問せずにベンチから立ち上がって近くに行って、2人のキャッチボールを観察しに行った。




「なんであんな近くでキャッチボールを見させてるんッスか?理由が…。」




「ばか!声がでかいだろ。程よいプレッシャーを与えて影響が出るかどうか見たいだけだ。2人に聞こえたら意味ないだろ。」




そういうと頭に1発チョップをお見舞した。




「痛いッス…。」




馬鹿な雪山を放っておいて、俺も2人の近くによって行って自分のノートを持って何かを書く様子を見せた。

実際特に何も書いていないのだが、肩の強さをこれまでの選手たちと比べてどれくらいの数値にしようか迷っているくらいだった。




「ショートと外野兼投手じゃ肩の強さはかなり違ってきてるな。」



2人の距離はあっという間に80mくらい離れて遠投になっていた。

上木さんは軽く助走してコントロールもよく本庄の立っている位置から動かずに捕れるボールをノーバウンドで投げ続けている。



逆に本庄はこの距離だともうかなり辛そうで結構勢いをつけて投げているが、80mは投げられないみたいだ。1番投げれて70m。基本的にスリーバウンドくらいして上木さんはボールを捕球している。




本庄は出来るだけ山なりにならないように、鋭いボールを投げることを意識してるようだ。


ショートからファーストに投げるのも山なりじゃなくて強くて速い球を投げないとアウトには出来ないから、キャッチボールでもそれを想定してるかわからないが、やってることは正しい。



上木さんはもう少しだけ遠投投げれそうだが、80m前後くらいからしか遠投しようとしない。


今俺の隣にいる七瀬は遠投90m位は投げられる。


地肩が強くてそれは天性の才能だと思うし、キャッチャーでなら上手く使えば強肩のキャッチャーとしていい選手になれる条件は整っている。




「上木さーん!少しずつ近づいてきて。」




遠投から塁間の27m位まで近づいてきた。

ここら辺まで来るとお互いに結構鋭い送球を心掛けて投げている。




「1分間捕ってから投げるの出来るだけ早く、コントロールも正確に、強い送球を投げてみて。」




簡単に言えば内野送球がどれだけ出来るかというテストだ。


ゲッツーとかそういうプレーに必要になる、捕ってから持ち替えて投げるまでの速さ、その後の正確さ、送球の強さ。




「よしっ!こい!」




本庄は声を出しながら、軽快に捕ってから投げるまでの一連の動作はほとんどブレることなく、かなり練習してる感じは伝わってくる。


上木さんは外野とピッチャーだからそこまで早い訳では無いが、手首の使い方が上手くスナップスローで流石のコントロールという感じだ。





「はい。終了!」




「上木さんありがとう。」



「…こくり。」




2人ともしっかり見てたせいか、テストと言ったせいかキャッチボールでも真剣に取り組んでいた。

毎回これくらいしっかりとキャッチボールをしてくれているならいいのだが、それは実際のところわからない。




「本庄ってピッチャー出来る?」




「出来ませんけどなにか?」





別に責めたわけではないけど、なにか気にでも触ったのか少しだけ怒っている。

いつもの事だと言われればそうなのだろうが、上木さんとのキャッチボールで上木さんと比べて肩が弱いことが気にでも触ったのだろうか?




「次はシートノックするね。ピッチャーが投げた球を俺が打つから実践さながらの守備をやってもらう。それで2人がギリギリ守れそうなポジションも教えて欲しい。完璧に守れなくてもここなら守れないことも無いくらいでもいいから。」





2人は少しだけ考えて他のポジションで守れそうなところを考えているようだ。




「うーん。メインのショートと、サード、セカンドくらいかな?外野はやったことあるけど数えるくらいだし、あんまり向いてないような気がするからその3つで。」




【外野全てとファーストが一応出来ます。】




上木さんは左利きなので守れるポジションもある程度限られているが、左で出来そうなポジションは一応どこでも守れるみたいだ。




俺は桔梗達にも守備につくようにお願いした。

みんなトレーニングウェアを着てるし、スパイクを履いていないからそこだけ考慮して程々に守ってもらおう。




「本庄は最初はショートで、上木さんはファーストからスタートしてね。雪山はセカンド、桔梗がサード、ピッチャーに夏実、キャッチャーに七瀬。」




みんなあんまり守ったことの無いポジションで不安そうにしているが、これは桔梗達のテストじゃないから気軽にやってくれたらいいと伝えた。





「それじゃ夏実ストライク投げてきて。」




俺は夏実が投げてきた球をショートに打ち返した。

ボテボテのショートゴロ。

それに反応して一気に前進してボールを捕ってすぐにファーストに送球した。




「セーフ。ノーアウトランナー1塁。」




「え!今のセーフ?そんなに遅くないと思うんだけど…。」



ショートを守る本庄はあんまり納得できない様子だったが、試合じゃなくてテストで色んな場面をやらせるというのが分かっていたのか、それ以上は何も言わずにポジションに戻って行った。





「ノーアウトランナー1塁!セカンドショートゲッツーシフト! セカンドもうちょっと2塁ベースに寄って!」



「は、はいッス!」



夏実はコントロールよく、綺麗に打ちやすいど真ん中を投げてくれる。

これならどこにどんな打球でも打ち返せる。




俺はセカンド方向に強めのゴロを打った。

雪山がそれに反応してダッシュで打球を捕りに行く。




「雪山!セカンド!」



雪山は結構厳しい球をまぐれなのかキャッチ。

少し崩れた体勢からショートの本庄へ送球。




「あー!やっちゃったッス!」



雪山の投げたボールはセカンドベースから2mくらい離れた位置に暴投。しかも、ショートバウンドのおまけ付き。




その暴投を見て暴投した方向へ踏み出して飛び込んでどうにかグラブの先っぽでキャッチ。




「ナイスショート!」




みんなショートが雪山の送球エラーを最小限の被害に抑えたことを褒めている。

ファーストを守ってる上木さんもグラブをぱちぱち叩いて褒めていた。




「ノーアウトランナー1.2塁!ファーストとピッチャーはバンド警戒!セカンドショートはそのままゲッツーシフト続行!」




七瀬がテキパキと指示を出してその通りにみんなシフトを組んでいる。




カキィン!


俺は引っ張って結構強烈な打球をファースト正面へ。

上木さんは腰が引けることも無く捕ってそのままファーストベースを踏んで、セカンドへ送球。


ショートの本庄は上木さんからのドンピシャの送球を捕って、ランナーがいなくてもファーストがベースを踏んだことをしっかりと確認していたのでタッチしに行った。




「本庄!ランナーいなくてもしっかりとタッチしに行ったのはいいぞ!」




上木さんも強烈な打球をしっかりと冷静に処理したのはよかった。




「普通ならダブルプレーだけど、ワンアウト2.3塁にするから。」




「内野は前進守備で内野ゴロはバックホーム!1点も取らせないよ!」




俺は次に三遊間への高いバウンドの打球を選択した。

サードの桔梗も打球を取りに行くがバウンドが高くて取れず。



「ショート!ホーム無理!ファーストに!」



桔梗のやや頭上を越えた打球をショートの本庄がギリギリのところで捕るファインプレー。

そこから1度踏ん張って投げたが、投げる体制になっていなかったのか、ファーストへ中途半端なワンバウンド送球になった。




上木さんはそれを上手く掬い上げてキャッチ。




「2塁ランナーがホームに突っ込んできてるよ!」




俺は2塁ランナーがホームに突っ込んできたと上木さんに伝えた。俺の声を聞いて直ぐにボールを持ち替えてホームへ送球。



ここでも瞬時にホームに投げた割にはキャッチャーの構えるドンピシャなところに投げてきた。




その後も内野ゴロを転がしたり内野フライを上げたりして、サードとセカンドに打ってゲッツーとかを取らせようとしたが本職じゃない2人はエラーが多く、そのエラーをカバーする為に本庄はかなり必死に動いていた。




「OK!それじゃ上木さんはセンターに行って、夏実がライトで、雪山がサードで桔梗がファーストして。」




「上木さん。これ使って。多分外野をやらなくなったのは連携が取れないからだよね?ならこれ使ってみて夏実と連携とってみて。」




俺はそういうと予め上木さんの為に買っておいた小さめのサッカーのホイッスルを渡した。




「夏実!もし、自分が取れそうなら声出して、もし取れなそうなら任せたって声掛けてしてあげて。」




「うん!わかった!」




「上木さんも自分が捕れると思ったボールが来たら、笛をピッと吹いてアピールしてみて。」




「…こくこく。」




ホイッスルを手渡すと嬉しそうに頭をぺこりと下げて、紐を首からかけてセンターまで走って行った。


俺はセンターとライトの中間くらいを狙って、センター寄りに打ったり、ライト寄りに打ったりを繰り返して連携が取れるかを確認してみた。




ピィーー!!




上木さんがホイッスルを鳴らすとすぐに夏実が後ろに進路を変えてしっかりとカバーに行けるようにしている。




「オラーイ!任せてー!」




逆も然りでしっかりと夏実が声を出すと夏実のカバーのために後ろに進路変更して、エラーしても大丈夫なポジショニングをとっている。




上木さんの守備は本人が自信があると言うだけあってかなり上手い。


打球反応は平凡な感じがするが、その後の打球がどこに飛んでくるかの目測がかなり正確で、ボールを追っている途中であまり打球を見ずに、一直線に自分の目測を信じて先に落下地点へと走っている。




捕ってから中継にボールを返したり、サードに送球したりホームへ送球してもらったりしたが、強烈な送球を投げ込んでくるというよりは正確無比な送球をワンバウンドで投げ返してくる。




ライト、センター、レフトの守備を見てみたが、一番センターが上手く、ライトもそれに負けないくらいでレフトが少しだけ反応が他に比べると良くなかった。




本庄は守備で言うことはそんなにないかなという感じ。


守備が上手いというよりは足の速さを生かした広い守備範囲と、結構無茶な体勢から投げられる体幹の強さに目を惹かれた。




2人とも守備は上手い。

本庄は肩もそこそこ強いし、送球にも問題は無いし、守備範囲がかなり広い。


上木さんは肩はギリギリ強肩と言われるレベルと卓越したコントロールの良さ、打球反応は普通だが打球の判断はかなりいい。





「守備テスト終わり!」




みんな結構疲れて俺のところまで戻ってきた。

人数が少ないからノックを打つペースも早いし、それに合わせようとしてキビキビ動くと流石に疲れるのだろう。




「みんな最近練習なかったから少し体力落ちてるんじゃないか?」



「そんなことないッス!しっかりと練習してたッス!」



雪山は元気そうだし、まだまだみんな行けそうだ。

外野をやってた夏実と上木さんは右左に走らされて流石にバテ気味だった。




2人の足の速さはもうなんとなくわかった。

ベースランニングとか盗塁とかの技術は分からないが、2人の器用さを見ている感じでは極端に下手ということはなさそうな気がする。




「走塁とかも知りたいけど、1周だけベースランニングしてもらえる?上木さんは結構走らされてきついだろうけど。」




「…ふるふる。」



首を横に振ったということはキツくないってことでいいのかな?




「なら先に本庄からベースランニングしてくれるか?」




女子のベースランニングの平均タイムは確か19秒中盤だったと思う。


男子プロ野球の超一流の足を持つ選手で13秒後半から14秒。

男子高校野球で16秒後半くらいで、全国大会出場のレギュラーとかで16秒前後くらいは走れるのではないかと思う。



かのんがチームでぶっちぎりに早くて、16秒11。

次に速いのが凛の17秒04だったはずだ。

凛よりも足の速い梨花はベースランニングの技術が低いのか、50mのタイムからするとちょっと遅く感じた。




「よーい。スタート!」



スタートと同時にかなりスピードに乗って一塁ベースを蹴って2塁へ。

本庄はスタートからトップスピードまでは相当速い。

かのんと同じレベルくらいはあるだろうか?

瞬発力という点では負けていないかもしれない。


ベースランニングの技術も悪くはないが、少し自分のスピードを制御してできていないのか膨らみが大きくなっている。




「17秒29。」



結構いいタイムだ。

中学生でこれなら高校で鍛えればもう少し速くなれるだろう。

にしてもこれより速いかのんのベースランニングの技術ってどうなってるんだ?





次は上がった息もすっかりと元通りになっている上木さんだ。


俺が見た感じだと足の速さは上木さんと本庄ではそこそこ差がありそうだと思った。

体の大きい上木さんは瞬間的な速さというよりも、その後にスピードが付いてくるという感じだ。



だから、ベースランニングは結構速そうな気がした。




スタートして最初はそこそこの速さだが、一塁蹴って2塁に行くあたりでトップスピードになって、ベース付近でスピードが落ちずにベースランニング出来ている。

ベースの回り方がかなり上手くて減速も少なく、膨らんで距離が増える感じもない。





「17秒44。」



2人のタイムはほぼ変わらず。

50m走ならまず本庄が勝つだろうが、100mならいい勝負するか?

本庄は10m.20m走だと相当なレベルの速さということが分かっただけでいいとしよう。





そして、次にやらないといけないのがピッチングとバッティングのテストだ。

ここで2人の野球少女が激しくぶつかる事になるのであった。




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