第84話 推薦!
「ふぁ…。おはよ。ねむねむ。」
この光景前にも見たような気もする人もいるだろう。
だが、俺が席に着く前はいつも氷が眠そうに俺の事を迎えてくれるのだ。
寮生だから早く起きて学校に行かされるので、俺よりもいつも早く学校に来て起きてても眠そうにしてるか、夢の中で気持ちよさそうにしている。
「おはようッス!!東奈くん居るッスかー!?」
朝から1番会いたくない1番うるさい女の子が現れた。
雪山がうちのクラスに俺を訪ねてくるなんて始めてだったからこそ嫌な予感がする…。
「昨日氷とスカウト活動という名目のデートしてきたって聞いたッスよー。その噂を聞き付けてウチもいい選手知ってるから見に行くッス!」
「え。普通にヤダ。」
「なんでなんッスか!ほんとにいい選手ッス!」
雪山のことが嫌いとかそんなことは一切ないし、素人ながら白星に特待として連れてきたのも俺だが、高校に入ってトレーニングの成果か身体能力ばっかりよくなって、野球が上手くなってる様子がない。
最悪、陸上部とか球技以外のスポーツのところに推薦してあげた方がいいんじゃないかと思い始めていた。
「ウチのいた草野球チームの最強のエースで4番ッスよ!野球始めたのもこの子から誘われたからッス。だから、一度見に来て欲しいッス。」
「草野球チームの選手を見に行けというのか…。」
軟式の部活出身なら見に行ってもいいと思っていたが、流石に草野球チームの選手を見に行く程俺も暇じゃない。
「正式に断ろうとしてるッスね!けど、和水(なごみ)のプレーを1度見てほしいんッス…。」
雪山は練習中、地味な練習をさせ続けるとフラストレーションが溜まるのか、たまに俺の言うことを聞かないこともある。
その度に怒られてバテ上がるまでハードトレーニングをやらされている。
「東奈くん。いいっちゃない?凛も沙依のお馬鹿さには困らされとるけど、こんなに真剣にお願いしてるなら騙されたと思って行ってみたらどう?凛も付き添うけん。」
廊下から俺に大きな声で話しかける雪山の後ろから凛が助け舟を出してあげていた。
2人は同じクラスで案の定というか凛は困らされてばっかりらしい。
「まぁ凛がそこまでいうなら行ってもいいんやけど、凛も行くん?」
「うーん。凛もスカウトどんな感じか見てみたいし、野球初心者の沙依がそこまでいう選手ってみて見たくないと?」
確かに野球初心者の雪山が俺に推薦してくる選手は気にならないといえば嘘になる。
しかもそれが草野球チームの女子中学生だとなると、全然お眼鏡に叶わないか、逆に何か訳ありのすごい選手という可能性もなくはないか…。
「それじゃ、今日見に行くか?」
「無理ッス。練習は明後日なんで明後日でオナシャス!」
「こんなに勢いよく来たら今日だと思うだろ…。」
俺はさっきまで行く気もさらさらなかったが、凛の説得で楽しみまでになっていたが、内心ガッカリさせられた。
「じゃーん!!今日予定ないならししょー!かのんに付き合うのだ!」
「そーだそーだ!予定ないなら私達に付き合えなのだー!」
凛と雪山の予定が今日じゃないと知ると、廊下の死角からかのんと美咲が生えてくるように現れた。
「今日はやたらモテるな。それで二人は何用でここまで来たん?」
「かのん様がいい選手見つけてきたよー。知りたいよねぇ?なら放課後ついてくるのだ!」
「そーだそーだ!ついてくるのだ!」
「美咲はただの付き添いかよ…。」
かのんはいつものことだから、こうなってしまうと断るのはほぼ不可能なのであっさりと了承してしまうのがいい。
にしても付き添いがうるさい美咲というのも気にはなるが、美咲はちゃんとしてるからかのんの暴走を止めるのに役に立ちそうだから連れていこう。
「ちっちっちっ。龍くん、私のこと侮ったらいけないんですよー?私もいい選手見つけて来たから、かのんの選手見に行った後に見に行こう!」
この2人はわざわざ探しに行ったのか?
美咲は探しに行ったというのも分からなくはないが、1週間休み2日目だから昨日見つけてきたのか?
「2人ともそんなに早くどうやって見つけてきた?」
「かのんは勘だよー。」
「私は友達に沢山聞いて回った!」
美咲は友達が多そうだからそれは納得できたし、かのんの勘っていうのも妙に納得出来るが、それにしても勘で選手見つけてきたってどうやったんだろう?
「2人とも選手の名前は分かるよね?ちょっと教えて貰える?」
「なら最初は私からね!前嶋柚季(まえしまゆずき)ちゃん。昨日練習見に行ったけど、いい選手だったよ!トータルバランスがいい選手で外野手。」
前嶋柚季か。
俺のスカウトメモにも名前はあったが、スカウト対象の選手では無かったからここ1年でなかなか成長出来たのだろう。
「かのんはなごみちゃんって子!鋭いスイングでばかすか打ってたねー。桔梗とかのレベルではないけど、かのんと同じくらいは打てそう?」
かのんが冷静に分析するのも珍しい。
しかも、打撃能力はかのんと同じレベルということは高校でも4割近くは打てそうということか?
「なるほど。けどいい2人の情報は助かる。是非今日見に行こう!」
「あ、かのんの見つけたなごみちゃんは無口なんだ。だから、あんまり凄んだり責めたりしたらダメっぽい?かのんも昨日は苦労したんだから!」
「かのん、なごみって言ってたッスけど、うえきなごみとか言わないッスよね?」
雪山がなごみという名前を聞いて露骨に反応してきた。
そういえば和水って言ってたけど、もしかして同一人物?
草野球チームの選手をかのんが見つけてくる訳ない。……ないよね?
「上木和水(うえきなごみ)ちゃんって名前だった!おバカちんも知ってるんだね。けど、先に今日会わせるのはかのんだから、おバカちんの負け!」
「なー!そんなのズルいッス!元々ウチの後輩だし、よく知ってるからウチの推薦ッスーー!!!」
「おい!雪山!まだ学校が始まってないとはいえ声がデカすぎるぞ。」
「す、すいませんッス…。」
まだホームルームが始まるまでそこそこ時間があるのに、そんな時間で怒られるくらいデカい声で騒いでる雪山がいつもどれだけうるさいか分かってもらえるだろう。
「おはよう。朝から雪山はうるせぇし、みんなでこんなに集まってなんかあったんけ?」
俺たちはこれまでの事情を各々話し始めて、みんなで同時に話すもんだから分からないと怒られ、代表として雪山が殴られていた。
「ふーん。雪山の下手くそはともかく、かのんがいい打撃してるって言うならおもろい選手なんじゃねーの?」
言い方は違えど梨花と俺は思ったことは同じだったし、みんな同じように頷いてる。
「みんないつものことながら酷いッス…。けど、和水のところに行くなら一緒に行って任せてくれないッスか?お願いします。」
「いいんやない?沙依は知り合いみたいだし、連れて行って話してもらえば。」
「俺もそれでいいと思う。あんまり多くで行ってもあれだから、とりあえず最初から居た4人で行ってみるから、スカウト成功したらその時は来年の入学式を楽しみにしておいて。」
「「はーい。」」
ちょうどいいタイミングで予鈴がなったので一斉にみんな自分のクラスへ戻っていく。
あまりにうちのクラスに野球部が集まっていたので後から色々と話を聞かれてしまった。
そして、放課後。
学校が終わると同時にうるさい3人と案外しっかり者の凛が俺の元へ現れた。
氷たちと色々と談笑してるみたいなので、そこには入らずに蓮司達と少し話をしたりして時間を潰していた。
「ししょー。そろそろ行こっ!ここから博多区のバッティングセンターに待ち合わせしてるから、そこまでレッツゴー!」
かのんに連れられる形で箱崎から電車で10分くらいで博多に着くので、そこからバスに乗ってバッティングセンターを目指した。
2年生たちからは美咲、かのん、雪山は騒音トリオと言われて先輩たちを困らせるらしいが、美咲は元々そういうタイプではなさそうだがこれもコミニュケーション能力みたいなものだろうか?
中学生の時に凛をスカウトしたが、その時に役に立ってくれたのがかのんでそれからライバル視しているみたいだが、凛とかのんは少しいがみ合いながらも仲良くはしてるみたいだ。
「ここだよー。昨日色んなところに練習見に行って、最後になんとなくビビっときて入ったらなごみちゃんがいたんだー。」
バッティングセンター見つけたって本当に勘じゃないかと思いながら、店の前でたむろっていても仕方ないので店に入ることにした。
結構大きいバッティングセンターで、最近よく見る女性専用ブースのあるバッティングセンターだった。
といっても8つあるうちの2つだけだった。
女性専用ブースは何がちがうかと言われればスピードがMAXでもそんなに速くないのと、リリースポイントが女性となると身長が低いため少し低めに設定されている。
パキン!
バキン!
軟式の乾いた打球音がバッティングセンター内に響いている。
まだそこまで遅い時間では無いので、高校生や中学生はあまりおらず年齢が少し高めの人が何人かいるくらいだった。
90km/hのカーブの打席で快音を響かせている女の子がいる。
俺がすぐ目に付いたのはちゃんと目的を持って打っている感じがしたからだ。
広めのバッティングセンターでセンター方向にホームランの看板があるが、それに向かってライナーでぶち当てようとしている。
パンパカパーン!
20球の最後の一球を振り抜いた打球がそこそこ小さい看板に突き刺さるような綺麗な打球を飛ばしていた。
多分どこもそうだろうと思うが、あの的に当てるとその店の1ゲーム分のコインを貰えることが多い。
「またあの子かー。よく打つなぁ。」
「あの子はどこの選手なんだろうね?」
後ろで話してるのはここの常連さんの結構お年がいっているであろう2人組だった。
多分話を聞いている感じ、彼女はここのバッティングセンターによく来て練習をしているようだ。
「和水!お久ー!今日も調子よくかっ飛ばしてるッスね!」
「………。」
彼女は少しだけ笑顔でこくこくとうなずくだけだった。
無口ってこういうことか?と思いながらも2人の様子を伺ってた。
「和水ちゃーん!昨日ぶりっ!昨日言った通りコーチを連れてきました!」
急に俺の紹介をされてまだ心の準備をしていなかった。
「はじめまして、上木和水さん。雪山とかのんと同じ1年生で白星高校のコーチをしてる東奈龍です。さっきバッティング見させてもらったけど、かなり鋭いスイングできっちり捉えてたね。」
「………。」
上木さんは俺の事を少し警戒してるのか、雪山のやや後方に陣取った。
「大丈夫ッスよー。厳しいところあるけど、贔屓したり干したりしたりする人じゃないッス。ウチが下手くそだからめちゃくちゃ怒られてる位ッス。」
いつもはしない自虐を入れながら俺への警戒を解こうとしていた。
「みんな、一旦上木さんと2人で話させてくれないか? みんなが居ると逆に話も聞きづらいかもしれない。それでも大丈夫?あ、話はこのバッティングセンターの中で聞くから大丈夫だよ。」
一瞬考えたような顔をした後に、ゆっくりとうんうんと頷いた。
「それじゃ話してくるからみんなは後で。」
俺は無言の上木さんとの会話を始めることにした。
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