第83話 久しぶりのスカウト!



球場の外から氷と練習を見ることにした。

ちょっと女子野球でも手狭かなと思うくらいの球場でみんなキビキビと練習をしていて、1年生らしき子達は球場の外で素振りをしたり、走らされたりしている。




「ねぇコーチ。野球って持久力の要らないスポーツだよね?なのになんであんなに走らされるの?氷走りたくないんだけど…。しょぼん。」




「筋力面で言えば野球には直結しないかもね。走り込んでボールが飛ばせるようになる訳でもないし、足も早くなる訳でもない。」




「そうだよね?ならどうして走らないといけないの?」




「俺のコーチとしての意見とすれば、練習前にこんなに長距離を走らせたりしても意味無いかなとは思う。長い距離を走る筋肉が鍛えられたり、心肺機能は鍛えられると思うけど、野球に生きてるかといえばそうではないかな。けど、練習後の走り込みというかランニング?は重要だと思うけどね。適度に汗をかいて自分の体のバランスがどうだとか、その後にしっかりとストレッチをすると疲労回復もできるし、体のケア的な役割もあると思うかな?」




俺が淡々と説明していると後ろで氷のお母様もうんうんと納得したように頷いている。




「けど、氷は少しは走り込みしないといけないかもね。そもそもの持久力とか体力が足りてないと思う。打撃練習、短距離走、守備練習、筋トレをローテーションで次々やっていって体の使う部位が違えば前の練習で疲れたところは休憩できるよね?そうなったらまた全力でやってもらうの繰り返し。それをやる時に、ある程度の持久力と体力がないとそもそも練習についていけないかもしれないよ?」




俺は別に脅すわけでもなく、氷に必要なことを伝えておいた。

野球のプレーを上手くするだけなら長い走り込みもいらないけど、練習をゆるーくやる訳でもないからその時に必要な物が体力とかになるのを教えたかった。




「んー。まぁめちゃくちゃ走らされると思ってたけど、それじゃないならいいの。にこにこ。」




今は冬のトレーニングのことは言わないでおこう。

彼女たちはそのことを考えて憂鬱になられても困る。




「んで、この中の選手に氷のお好みの選手がいるってことでいいよね?」



「うん。そうだよ。誰かわかるかな?」




ここに来てから15分くらいしか経っていないが、氷が気に入った選手と言うからざっと見てるが、よさそうな選手という意味では2人は候補がいるけど、このふたりがそうなのか?


それともまさかグランドの外の選手?

まぁ氷のことだから無くはない気もする。




「うーん。居なくはないけど、俺にはその片鱗がまだ見える選手はいないかなぁ。」




「氷もそう思う。」




「え?」




「その選手はまだその能力を見せてないからちゃんと見ててね。ぐっ。」




俺にファイトポーズをしてまだ答えを教えてくれないつもりだ。

久しぶりにスカウトらしいことをしてるが、1度しっかりやり切ったことが自信になってるし、野球選手を見抜ける力を養えた。




それから更に15分見たが、最初にピックアップした2人以外は誰もピンとは来ていない。

もしかしたらその2人のどちらかがほかの分野でも一流なのかもしれないが、今現在ではわからない。




1人は俊足の外野手で、凛と同等くらいの足の速さで肩もそこそこ強いし、打撃はまだトスバッティングしかし見ていないけどスイング自体は綺麗だけど少しだけ打ち損じが気になる。

トスバッティングはほぼ芯できっちり捉えられて普通の練習で、俺が気になるほどの打ち損じはあんまりいただけないかもしれない。



もう1人はピッチャーで、左投げのかなり角度を使って投げてくるピッチャーみたいだ。



ベース板ギリギリに軸足を置いて、投げ込む時にも踏み込む足が真っ直ぐキャッチャー方向ではなく左バッターに向けて投げるような感じで踏み込んで、そこからサイドスローでななめの角度からホームベースの角を掠るようなストライクを投げ込んでくる。



いわゆるインステップで投げる変則サイドという感じ。

左でもアンダーの海崎選手とはかなりタイプが違っていて、完全に左バッターを殺しにいっている感じの投げ方で、右打者の時はどうするかが気にはなる。




「あの二人しか考えられないなぁ。って言っても氷がわざわざこんな遠くまで俺を連れてくるってことなんだろうからなぁ。」




夏実や美咲とかに紹介されたならあの二人と言ってもいいけど、これが氷やかのんとかプレースタイルが独特で周りが理解しずらいタイプだとこんな普通の選手を選びそうではない気がしてならない。



ふとかのんが俺に選手を紹介してきたらどんな選手を連れてくるのかとても気になった。




「違うと思うけど、あの2人じゃないよね?」


「違うよ。指ささなくてもわかってるよ。」




氷はこういう真剣な表情をするときがたまにある。


いつものほんわかというかボケっとした氷はどこかに行って、違う人格と入れ替わっていると言っても信じるかもしれない。




「逆に質問するけど、俺が目をかけた2人は誰だと思う?それと、目当て以外の選手でもう1人選ぶなら誰選ぶ?」




「あの足の速い外野と、左のサイド。」




間髪入れずに、俺の気になった選手を当ててしまった。

というよりも彼女はこのチームのことを最初からよく知ってるのではないだろうか?




「もう1人選ばないとだめ?…それならあのもう1人のピッチャー。」




ということはもう1人の投手ではない。

氷が気になるというなら打撃のいい選手だと思ったが、フリーバッティングとかトスバッティングを見た感じ気を引くような選手はいない。



多分、このチームは守備型のチーム?

これで打撃型だったらこのチームは福岡でも最弱だと思うくらいのレベルだ。





一時間経ってやっと守備練習。

俺の予想が当たったのか、全体的にかなり守備が上手い。

俺が見た感じは3人は白星のレギュラー基準に達しているレベルの選手もいる。



セカンドの選手は、白星でもグラブ捌きが上手く内野手としてもレベルの高い美咲に引けを取らないレベルだ。




けど、打撃がイマイチっぽくて肩もそこまで強いという感じでもないし、足はそこそこだけど、それなら美咲の方がかなり優れてるだろう。

投手もできて、打撃もそれなりのレベルで内外野どこでも守れるのはやっぱり優秀だ。





「礼!」


「「こんばんわ!」」




ノックを打っていたであろう選手の1人が、遅れてきた監督らしき人に挨拶の号令をするとそれに続いて全員挨拶をした。




監督がグランドに入ると、そのノックを打っていた選手はショートのポジションに入ってノックが再開された。





「なるほどね。」




俺はすぐにわかった。


いまさっきまでノックを打っていた選手はこのチームのキャプテンで、1番守備の上手い選手だ。


守備は俺がスカウトとして見てきた選手の中で群を抜いて上手い。

肩もなかなか強そうだし、なによりも打球への反応速度が中学レベルではない。



グランドの誰よりも早く打球に反応して、1歩目が早く、周りから見ると一瞬で打球の飛んでくるところに走り出している。



ボールを捕球してから送球するまでの速度もかなり早く、フォームも綺麗でファーストまで真っ直ぐ正確なコントロール。





俺は彼女のノックを受ける姿をじっと見ていて、なんの文句のつけようもないプレーに半分目を奪われていた。




「氷、なかなかいい選手に目をつけたな。打撃は記憶に残ってないからそこまでなんだろうが、守備に関していえば全国でもトップクラスかもな。」




「そうでしょー。褒めて褒めて。じとー。」



俺の方に頭を出してくる氷。

俺は仕方なく数回頭をぽんぽんとしてあげた。

こんな様子をチームメイトに見られたらなんと言われるか分からないな。




「とりあえず練習終わるまで待って、話しかけてみるよ。彼女の守備力なら是非白星に来て欲しいし、早く声掛けておかないとね。」




「氷もコーチにスカウトされたかったなぁ。しょぼん。」




氷と柳生だけは俺じゃなくて監督がスカウトした。

もう2人本当は居たが、その2人は残念だったが今のところ1年生たちは上手くやれている。




「ん?監督さんがショートの子を連れてこっちに来てるけどなんでだ?」




「わかんない。マミーがなにか言ったのかも?」




俺と氷の方へと2人は歩いてくる。

監督はパッと見厳しそうな監督で、選手の方は少しだけ嫌そうな雰囲気というか攻撃的な雰囲気をこちらに向けながら歩いてきていた。




「こんばんわ。君が白星高校のコーチとスカウトをしてる東奈くんかな?」




「こんばんわ。はじめまして。白星高校でコーチをやらせてもらっている東奈龍です。わざわざ選手を連れて来ていただきありがとうございます。」




「はは。君の話は去年から監督伝いに聞いていたからいつ来るかと楽しみにしてたけど、去年は来なかったようだね。」




「去年は中学生で中々小倉まで遠くて来れなかったんです。来年もしいい選手がいたらまた顔出させてもらってもいいですか?」




「それは好きにしたらいい。行く行かないは選手の意思を尊重するからね。」




この監督は見た目によらず優しそうな口調と、柔軟な思想を持っていそうだ。




「吹雪ちゃん、久しぶりだね。元気かな?」




「お姉ちゃん久しぶり。その隣のがコーチ?」




ん?

このショートの子は氷の妹なのか?




「はじめまして。氷達のコーチをしてる東奈です。単刀直入に申し上げますと、白星高校に来ていただけませんか?」




「え?いやです。」




この子は一筋縄では行かないかもしれない。

なんかこの前こんな感じの子と会った気もするが、誰だっけ?




「ちなみに断る理由を聞いても?」




「夏の大会1回戦で負けるような弱いチームなんてお断り。打撃の天才のお姉ちゃんをあそこまで温存して負けるなんて馬鹿じゃないの?もう一度野球を見直した方がいいんじゃない。」




あの試合の氷の使い所に関しては俺が采配をしていなかったとはいえ、やっぱり使うのが遅すぎた。

チャンスは何度もあったのにそれが出来なかった監督と俺のミスでもある。




「間違いないね。あれは完全にミスだった。けど、それを糧にしてさらに俺達は強くなる。それに力を貸してくれないだろうか?」





「コーチって言ったって結局はお姉ちゃん達に任せっぱなしでしょ?そんな人に教えてもらうことなんてないよ。」




「吹雪。それくらいしなさい。」




俺に好き放題言っている氷の妹を注意する姉。




「だってそうでしょ?お姉ちゃんもそう思ってるくせに。」




「姉妹でこんな喧嘩するもんじゃない。氷、妹だからって白星に来ないといけないなんてないよね?いやなら別にいいんだよ。彼女には彼女の行きたい高校もあるんだろうし、また他の選手を探しに行くだけだよ。」



俺は簡単にスカウトが成功するとは思っていなかった。

それは去年嫌という程分かっていたし、いまさっきの反応を見てすぐに思い出した。




「そう?コーチがそういうなら。それなら帰ろうか。吹雪ちゃんばいばい。ふりふり。」




氷も案外ドライなのか、妹なのに用が済んだらあっさりとお別れの挨拶だけして帰ろうした。




「ちょっと!お姉ちゃん!いつもそうやって興味なくなったら居なくなろうとする。」




「だって、白星に来ないんだったら吹雪ちゃんは氷の敵になるんでしょ?それなら妹でも容赦しない。野球で負けるのが1番いや。」




氷は打撃だけでなく、試合にも負けたくないのだろうし、それが当たり前だと思われがちだが難しい事でもある。




「もし、秋の大会に3回戦突破出来たら入るの考えてもいいけど?そもそもそれくらい出来ないとスカウトなんてして入る人なんているの?」




「3回戦突破?それくらい出来ると思うよ。というか氷に冷たくされてちょっと悲しい?」




「何言ってんの!?元女子校の女子野球部に男が入ってくること自体おかしくない?お姉ちゃんのことをそういう意味で心配なの。」




彼女は彼女で氷のことが好きなのだろう。

その姉を俺に取られたようで俺の事が妬ましいのかもしれない。




「氷の妹だから特別1つだけアドバイスしてあげると、スローイング綺麗だけど逆シングルでキャッチして遠投する時に肘が下がってるのが気になるかな?少しシュート回転してるかもしれないから、ちょっと気をつけてみて。」





「ふん。そんなわけないでしょ。」




「下がってたよ。コーチに言われて気づいたけど問題なさそうだから言わなかった。さっき言ってたけどコーチ曰くシュート回転しやすいから、練習ではいいけどいつか大切なプレーの時に出ないように直した方がいいってさ。よしよし。」




氷よりも少し体の大きな妹の頭を撫でている。

恥ずかしそうにしてるが、嫌そうにはしていない。





「とにかく!勝ち上がらないと入るとか有り得ないから。それじゃ。」




最初から最後まで年上の俺に対してタメ口だった。

それだけ強気というか俺の事が気に食わないのか、今年の3年生たちを思い出して少しだけ苦笑いしてしまった。




「妹の吹雪がごめんね。昔から人のこと認めようとしなくて、コーチのことも氷が言ってもダメなら入学しても一時はだめかも。…しゅん。」



少しだけ悲しそうな顔をしているが、入ってくれる可能性が少しでもあると分かって内心は嬉しそうにしている。





「はぁ。コーチもスカウトも楽じゃないな。」




2年目のスカウトも一筋縄ではいかなそうで少しだけげんなりとしてしまった。




中学生基準での評価。



時任吹雪(ときとうふぶき)。



打撃能力



長打力 20

バットコントロール 20

選球眼 不明

直球対応能力 30?

変化球対応能力 不明

バント技術 60

打撃フォーム 氷のフォームに少し似ているが、やや荒っぽさが目立つ。


守備能力


守備範囲 90

打球反応 100

肩の強さ 65〜70

送球コントロール 70〜75

捕球から投げるまでの速さ 90〜95

バント処理 不明

守備判断能力 不明

積極的にカバーをしているか 指名



走塁能力


足の速さ 60

トップスピードまでの時間 80〜85

盗塁能力 不明

ベースランニング 50

走塁判断能力 不明

打ってから走るまでの早さ 不明

スライディング 80



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