第85話 ストラックアウト!
「そんなに身構えなくても大丈夫。ちょっと俺の話くらいしておこうかなと思ってね。スカウトする人がどんな人か分からないと話しずらいよね?」
俺はとにかく相手を緊張させたり、怖がらせないように一緒に話を持っていくことにした。
「まず1個だけ確認したいけど、話さないんじゃなくて話せないんだよね?」
俺は自分の雰囲気を読む能力を十分に使って相手の心情とかの動きをずっと確認していた。
完全の拒否とかだと話したくないということも有り得るかなとも思ったが、雪山には好意的な雰囲気だったし、俺には警戒はしているが拒否ではなかったから多分何かしらの理由で話せないのだろう。
「…こくこく。」
氷のように大きなジェスチャーで2回頭を縦に振った。
多分大きくリアクションすることでそうなのか、そうじゃないのかを伝えようとしているのだろう。
「わかった。理由は聞かないから安心してね。俺はね、近いというか遠いというか本格的に野球をしてたんだけど、辞めちゃってね。特に理由があった訳では無いんだけどね。自分で言うのもなんだけど、物凄い野球が上手くて日本一にもなった。それをある人に買われてこうやってコーチすることになったんだよね。」
俺の話を興味深そうに聞いてくれている。
今は話を聞いてくれるだけでいいのだ。
「その能力を買ってくれた人は俺の姉で、多分知ってると思うけど東奈光っていう元プロ野球選手で、今は女子プロで大暴れしてる人ね。野球辞めた俺に選手としてじゃなく、女子高校野球のコーチをやれって言われて今に至るんだけどね。」
上木さんは少し驚いた表情をしていた。
多分、姉のことは知っているだろうし、誰しも女子選手なら女子プロ野球選手になりたいと思ったりもするだろう。
最も先に行っている選手が俺の姉だと俺自身は自信を持って言える。
「え!東奈くんって東奈光の弟なんッスか!?」
声がデカすぎるのも問題だなと思っていた。
隠れて話を聞いているのはわかっていたが、隠れていたので何も言わなかったが、こうも声がでかいとこっちまで聞こえてきて話しずらい。
「はぁ…。まぁ、そんな感じの男が女子野球部のコーチをしてるって訳だね。選手達にはできるだけいい指導をしようとしてるけど、なかなか難しくてね。けど、みんな俺の話をしっかり聞いて練習してくれてるから助かってるよ。」
「…こくこく。」
少しだけニコリと笑ってくれた。
多分大変だと言うことを分かってくれたのだろうか?
「さっきバッティングみたけど、雪山が言ってることが確かならピッチャーなのかな?4番でエースって言ってたけど…。」
「…うーん?」
YesでもNoでもないなんとも言えない首を傾げるジェスチャーだった。
「んーと、ピッチャーは出来る?」
「…こくこく。」
ピッチャーは出来るけど、元々ピッチャーじゃないのか?
「元々内野手?」
「…ふるふる。」
「なら外野手?」
「…こくこく。」
「和水って外野手だったんッスか!?」
もう雪山のことは無視しておくことにした。
彼女は元々外野手だったがピッチャーになったのか、それともピッチャーやってて外野になったのかわからないがとりあえずは外野手兼投手ということにしておこう。
「1番得意なことはなにかな?打撃が1、走塁が2、守備が3、投球が4にするから得意な順番で数字で俺に教えて?」
「…1…3…4…2」
1番得意なのが打撃で、1番苦手なのが走塁。
投球が3番目で守備には自信がありそうだ。3番目とはいえ、もし彼女がよければ球を受けてみたい。
「上木さんのピッチング見てみたいんだけど、俺に受けさせてもらえる?」
俺は単刀直入に球を受けてみたいと言ってみた。
ここまでは結構話がスラスラと進んでいたので、球を受けさせてくれるくらいはOKしてもらえると思っていた。
「………。」
彼女は立ち上がって、ある方向を指で指していた。
その方向にはストラックアウトがあって、そこに向かってスタスタと歩いて行ったので俺も黙って後ろをついていくことにした。
「ストラックアウトか。ビンゴタイプでパーフェクトならメダル5枚。ビンゴ5列以上なら4枚、4列なら3枚、3列なら2枚、2列なら1枚。1列だと何にもなしか。」
たまにあるバッティングセンターのよくあるストラックアウトという遊び?
基本はアウトコース高め、真ん中、低め。
真ん中高め、ど真ん中、低め。
インコースの高め、真ん中、低め。
この9個の的を12球くらいですべて抜ければパーフェクト。
ストラックアウトは1回200円でバッティングメダルが1回300円で1000円分買うと5回分できるみたいだ。
もしパーフェクトを取れるなら、800円分お得になるのだが…。
「このストラックアウト独特だな。16マスもあるし、最初の球数が4球で2球当てればプラス4球。次も2球当てれば、また4球追加。最大20球投げられるのか。」
コントロールがダメな人にはすぐに終わってしまうストラックアウトみたいだ。
とりあえず4球中2球のペースで当て続けられれば続けることが出来るが、簡単に計算しても16マスが14.12.10.8と消えていくから当てにくくなるのは当たり前だから最初4球中2球当てるのと、16球から20球に増やすときに当てる数は10マスに減っているし、そもそも12球目まで投げてずっと2球ずつという訳でもない。
マスは12球投げたら最低でも6球は確実に消えてるけど、12球中10球当てていたらマスは6個しかないし、そこで2球当てないと20球目までは投げられない。
パーフェクトを取らせる気があるのかないのかよく分からない難易度になっている。
的はこんな感じに並んでいる。
①②③④
⑤⑥⑦⑧
⑨⑩⑪⑫
⑬⑭⑮⑯
救済措置なのか、②③.⑤⑨.⑧⑫.⑭⑮のところは枠で繋がっておらず②③の間に投げると2枚抜きで2つ一気に消えるようになっているのだろう。
にしても、①④⑬⑯の内外高低は鉄の枠で囲ってあり狙うのが難しいところを尚更当てずらくしている。
⑥⑦⑩⑪の真ん中も1個ずつ枠が付いているが、真ん中付近だからそこら辺狙っておけばどこか抜けるのでそこまで難しいということは無い。
「もしかしてこれやるの?」
「…こくこく。」
そういうと200円を入れようとしたが、俺がそれを止めて変わりに200円を入れた。
「まず俺がやってみてもいい?一応投手もできるからね。コントロールには自信ないけど。」
やや苦笑いしながらお金を入れるとニコリと笑って邪魔にならない位置に移動して俺の事を見ていた。
ついでにいうとそのさらに後ろからは4人の女の子がまじまじとこちらを見ていてやりずらい。
「プレイボール!」
男性の声でプレイボールを宣告させれて、ストラックアウトの上の表示に4個のボールのマークみたいなものが出てきた。
俺から見て①⑤⑨⑬が右バッターのアウトコースで、インコースが④⑧⑫⑯。
ドシッ!
俺はまず真ん中付近の⑥⑦⑩⑪を抜いて4球で終わらないようにしておくことした。
最初の4球で、⑥⑦②を抜くことができた。
3球目で⑦を抜いた瞬間、残り1球が5球に増えていた。
カンッ!
「んー。軟式だと少し球がうわずるな。」
5.6球目を真ん中付近の枠に当ててしまってあとが無くなった。
ドシッ!
追い込まれたので少しだけ作戦を変えて2枚抜ける枠の少ないところを狙った。
「お、2枚抜き。」
⑤⑨の2枚抜き。
また残り1球のところから5球に増えた。
そこから少しづつ制球が定まって⑩⑪を連続で抜いて真ん中4つの枠は全て抜き終えた。
9球投げて、残りはこんな感じになっている。
①●③④
●●●⑧
●●●⑫
⑬⑭⑮⑯
カーン!
コーン!
③④を狙ったがどちらも上の枠に弾かれてまた残り1球であと1個当てないと終わりまで追い込まれた。
「当たれ!」
ドシッ
どうにかこうにか④を抜いて、球数が4球になったが結構厳しいところしか残っていない。
ドシッ
ドシッ
そう思っていたが、いい感じに⑧⑫を2枚連続抜いて残り2球から6球になって20球フルに投げられるようだ。
「まぁフルに投げられるならいいよね。」
ドシッ!
「まぁこんなもんか。」
①●●●
●●●●
●●●●
⑫⑬●⑯
軟式投げるのが1年ぶりで球を完全に制御出来ずに上の方はしっかり抜けたが、低めをしっかりと抜くことが出来なかった。
結果3ラインビンゴなので、メダル2枚ならお得になったのでいいだろう。
「少しだけ力を見せられたかな?」
「…こくこく。」
少しだけ驚いた表情で俺の方を見て慌てて頭を上下に揺らした。
思ったよりも抜いたからちょっとプレッシャーになったかなと思いつつも、逆にこれだけ見られててどれくらい投げられるかテストしようと思った。
俺は代わりに200円を入れてあげて、左肩をくるくると回している。
彼女は左投げ左打ちのようだ。
1年生には左投げが一人もおらず、1人くらい左投げが欲しいとちょうど思っていたので左投げという時点で高評価をつけてあげた。
ドシッ
カーン
ドシッ
ドシッ
「ほー。」
俺は思わず声が漏れてしまった。
上木さんはまず四隅から狙い始めた。
1番当てずらい四隅を狙うと下手したら4球で終わる可能性もあるが、そんなのお構い無しに四隅を狙った。
結果4球中3球を①⑬⑯に当てた。
2球目は④を狙って枠に当たって外したら普通はもう一度④狙うものだが、それを無視して低めの四隅を狙いに行った。
もちろん4球増えているので、次は2枚抜き出来るゾーンを狙いに行った。
5球目②、6球目⑧、7球目⑤⑨、8球目⑭⑮を抜いて快調に的を減らしていく。
●●③④
●⑥⑦●
●⑩⑪●
●●●●
8球目なげて綺麗に外枠付近をきっちりと消していた。
残り12球あるが、これはパーフェクトを取るだろうと思っていた。
ドシッ
カーン
カーン
9から12までこれまで綺麗なフォームでストレートを投げていたが、真ん中付近を狙おうとした時に急にスライダー、カーブで的を抜こうとした。
⑥番をスライダーで抜いたが、その後のカーブは枠をきっちり捉えているが、枠がある以上斜め変化する球はストラックアウトの構造上的に当たりずらくなっている。
「………。」
軽く一息ついて、投げたのはストレート。
ドシッ
簡単に⑦を抜いて4球追加した。
そこからで変化球を諦めたかと思ったが、スライダーを連投して4球使って⑩⑪を抜いた。
残り4球。
的は残り③④の高めだけ残った。
変化球をあそこに投げないだろう。
あんなとこに変化球を投げてたら完全にボールだし、球が高すぎるのだ。
ドシッ
ドシッ
「ジャーン!!パーフェクツッ!」
4球使わずに2球で③④と順番にあっさり抜いてしまった。
「おー。おめでとう。いつもこうやって的抜いてバッティングメダルを荒稼ぎしてるの?」
「…こくこく。」
200円で1000円分のバッティングメダルを簡単に手に入れられるならこれをやらない手はない。
しかも、打席でホームランの的も狙って打ってるから実際は200円で120球くらいバッティング練習出来てるのであろう。
「店長とか店員から嫌な目で見られたりしない?」
「…ふるふる。」
このお店からは嫌われたり、邪険に扱われたりはしていなさそうだ。
見た目はスポーツ少女という風貌で、ポニーテールを靡かせながら打ったり投げたりする姿はお店の看板娘というか、看板客になっているのかもしれない。
こうやっておじさん達が感心した表情で見ているところを見ると、いやらしい目で見られたりはしていないようだ。
「さっきスライダーとカーブ投げてたけど、他に何投げられる?このボールで握り見せてくれたらどんな球種かわかると思うから。」
そう言って女子用の硬式ボールを渡すと、チェンジアップとシンカー?スクリュー?のような握りをして見せた。
「これってナックルカーブ?」
その握りは俺と姉が唯一同じ握りで投げられるナックルカーブ。
そして、上木さんも俺と姉と同じ爪に当てて投げるナックルカーブではなく、爪と指の間に当てて指先で押すようなイメージの握りのナックルカーブの持ち方だった。
「これって姉ちゃんと俺が投げるナックルカーブと同じ握り。もしかしてなにか野球の本かなんかで姉ちゃんのナックルカーブの握りを真似してみたりした?」
「…こくこく。」
やっぱりだ。
どこかで姉の得意玉のナックルカーブの握りを見て、それを真似てナックルカーブを投げられるようになったのだろうか?
実際曲がりを見て見ないとなんとも言えないが、ナックルカーブだけでも受けてみたかった。
後ろから見てて姉のフォームに似ているなと少し感じていた。
少しだけスリークォーター気味で投げるところは違うが、姉と同じサウスポーだし、投げる時に足を高く上げてから投げるところはかなりそっくりだ。
「もしかして、姉ちゃんのファンとか?」
「ぶんぶん!」
今日1番の頭の振りを見せてくれた。
彼女は元々野手で、何が原因かはわからないが声が出なくなって草野球チームに入ることになったんだろうか?
想像の域を出ないが、その時に投手に転向した可能性が高い気がする。
雪山が外野手というのを知らなかったのは、上木さんが投手に転向した後に雪山が草野球チームに入った可能性が高いからだ。
「なるほどね。もっと色々とプレー見てみたいけど、ここじゃ無理そうだから草野球チームで練習とか試合する時に呼んでくれないかな?その時にもっと色々と確認してみたいし。」
「…こくこく。」
彼女は分かったと頷いてくれた。
次は野球のグランドで会って能力を確認してみよう。
「みんな来ていいぞ。」
「心配したッス!和水、変な事されてないッスか?無事でよかったッス!!!」
あんだけ覗き見してて無事も何もないだろうと思って頭を1発くらい叩いてやろうと思ったが、この選手に会わせてくれたと思えば少しは許せた。
「かのんの目に狂いはなかったよねー?」
「そうだね。いい選手だと思うよ。よくやった!」
そう褒めてあげると嬉しそうにくるくると回りそのままバッティングセンターを楽しもうとしていた。
「凛は見た感じどう思った?」
「いいっちゃないかいな?コントロールめっちゃいいみたいやし、外野手ならライバルになりそうやけど、凛は負けんけん大丈夫!」
凛も高校に入ってかなり硬式にもなれて、実践でそろそろ結果が出てきてもいいだろう。
この調子で鍛えて頑張ってくれるのを期待しよう。
「ねぇ!私の見つけた選手は見に行かないの!?」
「忘れてた。美咲の選手も見に行かないと時間なくなるよね?」
「そうだよ!早く行かないと間に合わないよー!」
そういうとみんなついて行くかと思えば、雪山は久々にあった上木さんと色々と話すって言ってるし、かのんはバッティングセンターで打ち込むから行かないと言ってきた。
「結局美咲と凛と3人で行くことになりそうだな。」
「………。」
【今日はあえて良かったです!今度会う時は私のボール受けてくださいね(`・ω・´)】
携帯で書いた文章を俺に見せてきた。
「こちらこそ。今度は上木さんのナックルカーブ是非見せてね。それじゃ、また今度ね!」
上木さんはぺこりと頭を下げて、俺と凛、美咲に向かって小さく手を振った。
「なごみちゃんまたね!」
「ばいばい。」
2人もそれを無視することなくお別れを告げて美咲の推薦する選手を見に行くことにした。
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