第35話 かけっこ!



「王寺さん、はじめまして。さっきの試合はお疲れ様。ちょっと話いいかな?」



「やっほっー!かのんともお話ししよ!」




スカウトしに行く途中でかのちゃんが一緒についてきてしまった。

まぁ、これからこういう事増えるかもしれないからあんまり気にしないようにしよう。



「お疲れ様。それで凛になんの用?さっきの試合で三振取ったことを自慢しにきたっちゃなかろうね?」




「女の子にそんな自慢しに来るほどちっちゃい男やないよ。」




「それなら何言いに来たん?」



やっぱり相手チームの選手がわざわざ会いに来るなんて警戒するだろう。

しかも、なんか元気いい女の子を連れてるし…。




「そんなにツンツンしなくても大丈夫っ!私はあなたをスカウトしに来たんだよー。」




いつ君はスカウトになったんだろうか…。

俺は心の中でちょっと諦めていた。




「スカウトって野球の?草野球でもやるん?」




「ちがうーーっ!白星高校って知らないー?女子野球部に特待生としてお誘いに来たんだよっ!」




俺が口を挟む前にどんどんと話が進んでいく。

逆に女の子に話を任せた方が上手くいくのか?

いや、話してるのは普通の女の子じゃないんですが大丈夫ですか?



俺がこの会話に入って話をまとめる自信が無い。

俺はただただおかしい事にならないように祈るだけだった。




「白星高校ってあの女子校の?なんかわからんこと多いんやけど説明してくれん?」




確かにこれじゃよく分からないだろう。

かのちゃんが場を乱したお陰で相手が興味を持ってくれている。




『よし。かのちゃんいい感じのパスをありがとう。』




「ふふふ。かのん様に説明まかせろぃ!」




俺は完全に諦めて近くにある椅子に座って成り行きを見守ることにした。




「えっとねー。そこに疲れて座ってるししょーが来年から女子野球部のコーチしてくれるの。あなたもししょーの野球の腕は見たでしょ?しかもね、ししょーはピッチャーじゃなくてあれだけの上手さなんだよ!」




俺はとてもかのちゃんによいしょされているが、案外いい説明の仕方に俺は思えた。




「んー…。けど白星高校って女子校よね?」

「今年から共学になったから問題なしっ!」




「なるほど…。それで凛のことスカウトしに来たってこと?あんまり信じられないんやけど。」




「そーだよね。けどね、かのんも特待生で白星高校に行くよっ!自慢だけど、5月の大会でかのんはM!V!P!だったんだよー。凄いでしょー。」




「あんたがMVP?ほんと?」




「そーだよん。あなた足には自信あるんでしょ?女の子の中じゃ負けたことないんじゃない?けど、かのん様の足元にも及ばないけどねぇー。」




「なに!?あんたに凛が負けるってこと?」




「そーだよん。ほんの少しだけ足速いみたいだけど、そんなんじゃかのんにはいつまで経っても追いつけないよ?」




「そこまでいうなら勝負せんといけんね?動きやすい格好してるし、逃げたりせんよね?」




「えへへ。いいよー?負けたら白星高校に入ってね。足が速くなるようにかのん様のパシリにしてあげようー!」




「誰も入るとか言ってなかろうもん!」




かのちゃんがここまで相手を煽り倒すのを初めて目の当たりにした。

元々こんな感じの性格だったかと思ったが、王寺さんに見えないように俺にウィンクしてきた。




「中々かのちゃんしたたかなのね。」




50m走で王寺さんとかのちゃんが勝負することになった。


とりあえず50mをざっと俺の大きい歩幅で50歩で測り、スタートとゴールを決めた。

メジャーでちゃんと測ってる訳では無いので48mから52mの間だろう。



こういうのはスタートもかなり重要だ。

フライングしただのしてないだの揉めることもある。



だから、ここは野球式でスタートを決めることにした。

近くで見ていた桔梗に手伝ってもらうことにした。




「桔梗ちゃん話はわかってるよね?スタートは桔梗ちゃんがセットポジションで、盗塁と同じで左足が上がった瞬間スタートにしようと思うからその役やってくれる?」




「なるほど。いいんじゃない?これなら遅れても文句言えないしね。」




そして、スタートラインに2人がついた。

俺はゴールラインのところで2人のどちらが早いか判定する。



スタート付近でなにか2人が話しているようだが俺には聞こえない。

男がいない所で女二人で話す内容なんて聞かない方がいいこともあるだろう。




クラウチングスタートじゃなく、一塁ランナーと同じ構えからのスタートだ。

2人のスタートの位置は結構離れていて桔梗のことが見やすい位置に陣取った。




そして、桔梗がセットポジションに入った。

あの子はブラックジョークというか悪戯が好きというかまた分かりずらいおふざけをしなければいいが…。






5秒。





10秒






15秒






20秒






25秒







30秒







35秒に差し掛かろうとした瞬間、桔梗の左足はあがった。



2人は集中力を切らしてるんじゃないかと思ったが、俺の目から見てややかのちゃんの方が早くスタートを切った気がした。




王寺さんも女子にしてはかなり足が早い方だった。

だが、かのちゃんの足の速さは野球とか関係なく女子中学生なら全国トップクラスだろう。



ゴールした時には少し差が開いていた。

足の速い者同士で競争して、この差はかなり大きな差だろうなと思った。




「凛が同級生に負けた…。」



「いぇーい!かのんの勝ちー!」




王寺さんはかなり凹んでいた。

凹んだのと疲れたのとで両手で膝に手を当てて俯いていた。



かのちゃんは勝ったことを純粋に喜んでいた。

最初からスカウトとか関係なく足の速さで勝負したかっただけなのでは思った。




「あー悔しいぃ!あんたかのんとか言ったよね?次は絶対負けん!」




「無理だと思うなぁ。かのんは足だけじゃなくて野球も上手いからなぁ。」




「くぅ…。この女めちゃ腹立つんやけど!」




「なら白星に来て勝負しよーよ!後はししょーにお話聞いてねっ!ばいばいっ。」




「おいっ!かのーん!!!」



王寺さんはかのちゃんのことを呼んだがそれを無視してダッシュでどこかに消えてしまった。

それを桔梗と玉城さんがやれやれという感じで後を追って行った。




「王寺さんごめんね…。彼女はおてんば娘だから俺も高校では苦労させられると思う。」




俺は思わず苦笑いしながら、本音を王寺さんに話した。

それを聞いて王寺さんも思わず苦笑いをしていた。




「ふふ。大変やろうね。けど、あの子は足だけじゃなくて野球も上手いんよね?」




「そうやね。だから、白星高校にいい条件で特待生として迎えられる。」




「よね。それで凛のことスカウトするってホントなん?」




「もちろん。その為にこうやって話に来たけど話がぐちゃぐちゃになっちゃって。」




「あの子に振り回されたのは凛とあんただったんやね。スカウトの話ありがとう。ちょっとだけ考えさせてもらってもいいんかね?」




「ゆっくり考えてくれたらいいよ。ちゃんとした話は白星高校の監督から行くと思うからそんときにちゃんとした話聞いたらいいよ。」




「分かった。それじゃチームメイトの所に戻るけん、機会があればまたね!」




「一緒に野球できることを楽しみにしてるよ。それじゃまたね!」




俺は王寺さんと別れ、後は天見さんに任せて来てくれることを祈るだけだった。




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