第8話 ピッチャー光vsバッター龍!



姉はウキウキとマウンドで投球練習をしていた。

姉はプロに入って明らかに技術の進歩があった。



高校までは自分の身体能力と才能と努力でのし上がってきていたが、プロに入ってから精神的な強さと

投球術や本当の意味で野球を知ることが出来たみたいだった。



そういうことが身についたことで、簡単に言うとプロの投球が出来るようになっていた。




「香織、サインは任せた。」




「サインって言っても姉弟の勝負なら光さんが出した方がいいと思うんですが…。」



「いや、私が出したら多分球種をまず読まれると思う。誰に似たのか勝負で勝つためなら何でもしてくるから、香織が出した方が打たれないと思う。」




「うーん。まぁ久しぶりのバッテリーですし、頑張ってサインだしますね。弟さんのテストであってもしっかり抑えましょう!」




結構長い時間マウンド上で話をしていた。



サインなどは元々じっくりと練習など決めて練習実践、試合で難なく使えるようにしていくものだ。

それを急造でサインなどを決めるとなると難しいものである。

サインは凝ったものは使えない。



今は試合じゃないからまだいいが、試合となるとサインミスからのパスボールやワイルドピッチが増える。



ピッチャーとキャッチャーがグダグダだと野球がそもそも成立しない。




そして、1打席目となる打席に向かっていった。

俺は今では一般的な右投げ左打ちだ。

左打ちになったのは姉の影響なのかどうかは覚えてないが、バットを握った頃から左で打っていたような気がする。




姉は用意万端で、俺が使っていたバットまで持参してきていた。

というよりもいつこの道具持ってきたんだ?



………。




俺は考えることをやめた。



白星女子校の野球グランドも元々の男子野球部の名残が少し残っていた。

元々両翼97m、センター116mの球場だったみたいだが、女子野球仕様で新たにフェンスが設置されていた。

ものすごく立派なフェンスではないが、フェンスなんてこんなものでいいだろうという感じのフェンス。



「もちろんりゅーは元々あった男子用のフェンスが基準ね。元々あったフェンスと今のフェンスの間にフライでボール入れたら外野フライね。」




「おい!打球によっては普通に長打なのに何言ってるんだ!」



言いたいことを言うと、姉は聞く耳を持たずにマウンドの土をならしていた。



実際、今こうやってテストをされているが、適当に三振してたらコーチとしての相応しくないと思わせれば済む話なのだが、なぜこんなに本気でテストをやっているのだろう?


まぁ姉が見張ってる中で適当にやったりしたらどうなるかは考えたくもないので、とりあえずは大人しくテストをこなしておこうと思っていた。



「りゅー!1打席目の勝負行くよ!」



俺はゆっくりと頷いて左打席に入った。




俺には俺だけの打撃理論がある。

これが他の人に出来るとは思えないから誰にも言ったことないが、確実にそのおかげで大会でずっと最多本塁打を取ってきた。



まず、ピッチャーのことは放っておく。

キャッチャーの雰囲気を感じとり、ピッチャーをリードをするのはキャッチャーの仕事であり、そのキャッチャーの攻める気持ちや守りに入る気持ちそういうのをまず感じ取る。



1.2打席目は攻める気持ちを感じられたら、その球を狙いに行く。

その際、絶対にストレートだけは見逃さないようにしている。

ファールになってもアウトになっても確実に捉えて強烈な打球を打つ。空振りしたとしても相当フルスイングして行く。



姉は相手の得意球を狙って相手の心を折りに行くみたいだが、俺は違う。




まず叩くのはストレート。

ピッチャーの基本となるのはストレート。

その基本となる球を出来るだけ強烈な打球をうつことで、ストレートを投げるのを躊躇させたら変化球を打てばいい。



ストレートを意識させられることで変化球がいきてくる。

変化球中心になれば変化球を打つのは難しくはない。



変化球を打つのは難しくないと言ったがこれはレベルの問題だと思う。

打撃のレベルが低ければ、変化球は相当有効になる。

まず変化球に対応出来なければバットに当てられることも無いし、そういうバッターには変化球中心でも構わない。




それに変化球は万能ではない。

まず、中学生のレベルでは変化球の精度の限界がある。

変化球は曲がればいいという問題じゃない。

曲がり始めが早すぎれば変化球と見切られるしスピードが遅い分ミートされる可能性も高くなる。


普通に考えれば分かるが、ストレートよりもコントロールが難しい。

コントロールミスで甘い球が来る可能性も高い。




ストレートを完璧に打って、逃げ腰になったバッテリーの逃げの変化球を叩く。

投げる球が無くなれば無くなるほど、露骨に相手の雰囲気がよく分かる。追い込まれれば追い込まれるほど、相手の投げる球まで透けて見えるような感じがする。




俺は相手の得意球を打って心を折るのでなく、最終的に投げる球を無くさせるような打撃をする。




これでも打撃論で言えばほんの僅かだが、これは天見さんに対してもやっていく。

女性のキャッチャーとの対戦は初めてだが、俺たちとは野球の経験の差があるだろうからどうなるかは分からないが。



どちらがサインを出すかはまだ分からないが、まず姉がサインを出すのはありえない。簡単なサインを出すようなら俺はファールを打ち続けてサインを暴く。




勝つというのはそれだけ手間がかかり、簡単には勝つことは出来ない。




『長い。そんなに長い時間考えるものか?』



打席に入ってからキャッチャーがサインを出しているのか、出していないのか分からないが、かなり時間がかかっていた。



姉は多分性格的にストレートを投げてくる。

だが、それを読み切ってツーシームかシンキングファスト。

それか初球からナックルカーブや、スクリューということも0じゃない。




なんて考えるが、俺はストレート系しか待たない。

ツーシームやシンキングファストなら反応して打つだけ。

変化球は完全に無視する。




初球。

低めのカーブが入ってストライク。


2球目、3球目

低めのカーブが外れてボール。


これで2-1。



バッティングカウントになった。

俺は見た試合、自分が戦った試合のほぼ全てを記憶している。

天見さんは甲子園決勝の時、連続でカーブを投げられてカーブを狙った瞬間にストレートで凡打したのを覚えていた。



多分、ストレート狙いを捨てさせてカーブ狙いにさせようとしている。

しかも、多分俺がストレート狙いをやめないのをわかっていてカーブ狙いにさせようとしている。



そうなると次の球もカーブ。

俺の読みが正しければ間違いなくカーブ。




そして4球目。

やっばりカーブ。

だが、俺はこの球を見送って2-2。



もし、三振を取りに行くならこのカウント以外はありえない。


2-3まで行って変化球で三振を取りに来るならストライクからストライクの変化球では俺は三振しない。

ストライクからボールの変化球なら俺は無理に打ちにいかないし、別に四球でも構わなかった。



そして5球目。

またしてもストライクゾーンからボールになるカーブ。

これがストライクゾーンギリギリだったが、ボールと思い見逃した。



「ボール…。」



キャッチャーの天見さんは少し残念そうにボールのコールをした。



3-2。

ここまできたらまずカーブはないと思う。

10%くらいはカーブも有り得るだろうけど。


ここはインコースの上下どちらかにストレートの可能性が高いと思う。


カーブ5連投で遅い球に目が慣れている俺に対して、インコーススバっとストレートを投げるのが1番打ち損じする可能性が高いと思うが…。




そして、3-2から勝負の1球。



『よしっ!きたっ!』




ドンピシャのインコースのストレート。




だが、そこから少し変化した。

3-2からストレートじゃなくてツーシームを選んできた。




カキイィィーン!!!




打った瞬間だった。


ストレートに張っていた俺が、ツーシームが来たからといって簡単にうち損じる訳が無かった。




打った打球は女子用のフェンスを越え、元々あったフェンスを越え、その後ろにある防護用のネットを越える130mは飛んだホームランだった。





バコッ…





『あ、これは…。』



防護用ネットを越すようなホームランが出るとは想定されていない学校の作りなのか、グランドの外の駐車場までかっ飛ばしてしまった。



恐る恐る後ろを見てみると、少し顔色の悪い教頭先生がいた。



「グランドに1番近い所に止めているのは私の車なんだが…。大丈夫だよな?」




俺は知らんぷりした。

わざとやった訳では無い。




姉も俺の打球を見てよく飛んだなという感じだった。

あんまり打たれたことに悔しさを感じてる感じではなかった。



教頭先生は急いで駐車場に自分の車の安否を確認しに行った。



話は戻るが、天見さんのリードを完璧に読み切った俺の勝ちだった。




そして2打席目。


1打席目変化球を連投して来たバッテリー。

ガラッと変えてストレートを押してくると考えた俺は1打席目同様にストレートを狙った。



が、狙ったストレートを俺は読みがバッチリすぎてタイミングが少し早くなってしまい女子用のフェンスを超えたが元々あったフェンスの手前でワンバウンドした。



姉が言っていた条件なら外野フライだ。

まぁ、あの打球なら外野フライでも問題なかった。




そして、3打席目。

ナックルカーブ、ストレート、スクリューなど得意な球をふんだんに使ってきた。

姉のエンジンもMAXになったのか、いい球がいいコースに決まってくると流石の俺でもかなりきつい。


相手が女性であっても4ヶ月前までプロ野球選手の球を打てというのもかなり厳しかった。



俺はとにかくボールをカットした。

あんまり打てそうな球が来ないのでとりあえずファールを打って打てそうな球を待っている。


2-2から全くカウントが動かない。



次の球で9球目。


ここまで俺が空振りしたのは一球目のスクリューのみ。

それ以外はなんとかファールにしていた感じだが、さっきの8球目のアウトコース低めのストレートは流し打ちしてレフト線ギリギリのファールだった。



バッテリーが選んだボールは…。




『ここでチェンジアップか!』



速い球にある程度ヤマを張っていた俺はかなりタイミングを崩されて、どうにかバットに当ててファールを打とうとした。



カンッ…。



鈍いというか僅かに聞こえる金属音。

完全に泳がされて打球はフラフラとショート定位置辺りにポトリと落ちた。



1打席目場外ホームラン。

2打席目姉ルールで外野フライ。

3打席目ショートフライ。



初めて姉と打者として投手として戦ったが、やっぱり女性と勝負をしているとは思えなかった。

もしこれが男だったら姉は一体どんなことになっていたのだろう?




「やっぱり、りゅーは天才だと思う。もう野球を辞めたから元天才になるのかな?

けど、高校で野球もせずなにもしないなら、女子野球のコーチとして自分自身のことを考え直してみなさい。

それで野球をまた志すもいいし、違うことを目指したかったらそこに向かって全力で頑張りなさい。

私はいつまでも姉としてりゅーのことを応援するからね。」




姉はいつもよりも真剣で一切目を逸らすことなく本音で俺に語りかけた。




「今すぐ返事は出来ないけど、しっかりと考えてみる。」




姉はその言葉を聞いて少しほっとした様子で、俺の頭に自分の使っていたタオルを掛けてきた。




「龍くん、今日はお疲れ様!昔光さんに言われた言葉を思い出したよ。 みんなから言われるだろうけど、野球をやってないのが勿体ないくらい。コーチのことは私とか光さんのことを気にせずに自分でもゆっくりと考えたらいいよ。」




こうして、姉に連れられて振り回された一日が終わった。



俺はこれからどうしたらいいのだろうか?





『今日決めることもないし、もう寝よう。』





俺は10時前の寝るには早すぎる時間に就寝した。





「りゅー!起きろー!」




と思ったが、姉に叩き起された。




「おい!もう寝ようとしてる弟を起こすな!」




俺は流石に姉に反抗したが、そんなことお構い無しに話を続けられた。




「ラーメン食べたいから一緒に行こう。」




俺は逆らっても無駄と分かっていたので、姉と2人が好きな豚骨ラーメンを食べに行った。





野球の話題は一切せずにただただ仲の良い兄弟として深夜の暴力的に美味いラーメンを2人で啜るのであった。



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