第9話 橘桔梗!



「姉ちゃんおはよう。」



「おはよーん。」



姉は早起きして朝から化粧をしていた。

多分、なにか仕事あって出かける予定なのだろう。



「あ、りゅー。明日学校終わったら桔梗を家に連れてきて。昨日の約束ちゃんと守らないとね!練習見てあげようと思って。りゅーも手伝ってもらうからそのつもりで。」




「はいはい。桔梗ちゃん連れてきたらいいんやね?多分喜んでくるから誘いやすくて助かるよ。」




ご飯を食べようとすると俺のご飯がなかった。

ゆっくりと姉を見ると、舌を出してごめんねポーズをしている。

姉の分だけじゃ足りずに俺の分の飯まで食べられてしまった。



「ごめんごめん!ママのご飯食べる事あんまり出来ないからつい食べちゃった。これでなんか買って食べて。」



そう言われると100円を渡された。



「100円じゃおにぎり一つも買えないんやけど!」



そうやって朝からあーだこーだしていると、いつものように蓮司が俺の事を迎えに来た。




「あ!光さん!お久しぶりです!」



「蓮司!久しぶりやね!サッカーやってるんだって?サッカーでも頑張るんだぞっ。」



蓮司も姉に懐いていた。

女性としてでは無く純粋に姉のような存在として尊敬してるといつも言っていた。



「それじゃ、いってきまーす。」



結局姉から1000円を確保して、近くのコンビニで1000円分の食事やおやつを買っていった。




そして、昼休みに桔梗の所に姉からの伝言を伝えに行った。




「桔梗ちゃん!ちょっとこっちきてー。」



他のクラスの女子を正々堂々と呼びに行った。

俺と桔梗と蓮司は3人は昔からの付き合いで親友同士というのが学校の友人達の中でも常識になっていたので、なんにも恥ずかしがることもなかった。




桔梗は未だにちゃん付けされて呼ばれることにとても不満みたいだが、俺がそんなことを気にしていなかったのでちゃん付けされなくなるのは当分無理だろう。




「桔梗ちゃん、明日練習?」



「うん。練習。」



「んー練習なのか。どうしようかな。」



「どうかした?遊びにならいけない。」



「姉ちゃんが桔梗を明日呼んで来いって言われてね…。」

「明日暇。龍の家に行けばいい?」





「………。暇なら良かった!明日放課後に家に来てくれたらいいよ。ちゃんと練習道具持ってきてね。」




俺は言いたいことが沢山あるがあまりにも早すぎる返事だったので、もうあえて無視して話を先に進めてしまった。







次の日の放課後。



ホームルームで先生の宿題をやってこいという、毎日聞いたセリフをいつものように右から左に通り抜けた所でさっさと家に帰ろうとした。




「龍。道具はあるから一緒に帰ろう。」



どれだけ楽しみだったのか俺の事を逃がさまいと桔梗が教室の前で俺の事を待っていた。



「そうやね。久しぶりに2人で帰ろうか。」




俺と桔梗は前に話した通り、なかなか気まずい。


桔梗がなにか俺に文句のひとつでも言えば謝ったり話ができるのだが、わざわざ俺から脈絡もなく野球辞めてごめんねとは言いづらかった。



「ねぇ、今もしかして何か悩んでたりする?いつもボケてるけど今日は特にボケてる気がする。」




桔梗は少しはオブラートに包んで話すということを覚えた方がいいかもしれない。

けど、こんな口のきき方は俺や蓮司にしかしてないのかもしれない。

桔梗のことは昔からよく分からなかったが、思春期真っ只中の今だと尚更よくわからなかった。




「そうやねぇ。ちょっと一昨日に色々とあってどうしようかなと思ってて。」



「蓮司には話した?」



「いや、まだ誰にも話してない…。」



「私が気づく位だから、蓮司もきっと気づいてる。だから蓮司にはちゃんと話すか相談した方がいい。すっごい馬鹿だけどそういう事だけはちゃんとしてるから。」




「あぁ、分かってる。どうしても困ったら桔梗ちゃんにも相談するよ。」




「ん。わかった。」




そう簡潔に桔梗は答えるとこの話は終わり、姉のことをずっと質問してくるようになった。



そうこうしてるうちに俺の家の前まで着いた。

何も考えずにそのまま家の中に桔梗のことを連れ込んでしまった。




「おかえりー、桔梗のこと家の中に連れ込んじゃってー。おねぇちゃん妬けちゃうなぁ」




横にいる桔梗を見ると少し顔を赤らめている。

そんな桔梗を見ていると少しは俺の事を…。




と思ってはいけない。

この少し顔を赤らめているのは姉の言葉の内容ではなく、姉の言葉にだった。


どういうことか分からない人もいるだろう。



俺のことなどどうでも良くて、姉におかえりと言われ、話しかけられているだけで赤面しちゃうピュアな女の子なのだ。




「あー!桔梗ちゃん!久しぶりねー。すっかり大人っぽくなっちゃって。」



そこに母さんまで現れてしまった。

女性3人に囲まれそうになりそうだったので、先に練習場に行くことにした。




女性陣はまだまだ話しているのだろう。

来るまでの間ジャージに着替えて体を軽く動かしていた。




2人とも練習着に着替えて練習場にやってきた。

仲良さそうに話しながらストレッチをしたり、怪我防止の為の筋肉トレーニングのやり方を教えてたりしていた。



結構時間がかかりそうだったので、俺は打撃練習の為にマシンにスイッチを入れてスピードをいつもの145キロにセットして打撃練習を開始した。


マシンの打撃練習であんまりやるのが好ましくないのが、マシンのタイミングで1.2.3のタイミングで振ること。

マシンはあくまでも補助的なものでしかないと思っている。

145とか150キロのストレートを打つ練習にはなるが、試合ではもちろん変化球も投げられるしタイミングをずらす為にピッチャーも工夫してくる。


何も考えずに来るストレートに対してフルスイングするのはあまりいいことでは無い。




マシン打撃は目的をしっかりともってやるべきである。


速い球にフォームが崩れてないか、理想のフォームで振れているかの確認。


あえて自分の苦手なコースに設定して、そのコースをしっかりと打ち返せるようにする。


外野フライ、内野ゴロを意図的に打ち分ける。



1番俺が気にしているところは、素振りでは完ぺきなフォームで振れてる人がマシン打撃でヒットやホームランを打とうとすると、打つことに脳のメモリを割かれてさっきまで良かったフォームがあっさりと崩れてしまう。

それがちょっとした事であっても、試合でその弱点が露見した場合に確実にそこを突かれる。





カキィィーン!




いつものようにフォームをしっかりと確認しながら、今日はとにかく真芯を捉えて内野ゴロ、外野へのライナーを交互に打ち分ける。




「ふー。今日は調子いいな。」




ある程度の球数を打っていたら姉は桔梗に対して色んなトレーニング方法を教えていた。

主には筋肉トレーニングだろう。

女性だから男性に負けないように筋肉を付ければいいという訳じゃないといつも言っていた。


筋肉をつけないといけない部位はもちろんあるが、プレー自体にあまり影響しない怪我を防止するための筋力トレーニングもある。




そういう細かいところからしっかりと教えて貰っているみたいだ。


姉はほとんど怪我をしたことがない。

結構ハードなトレーニングをしているが、野球の技術以外のトレーニングにかなり時間を割いている。


野球が上手くなる為にハードトレーニングをしてもそれで怪我して野球出来なくなるのは本末転倒。


どんな時でもしっかりと練習が出来る下地を地道に作って、それを維持するためのトレーニングも必要だと。




「りゅー。ちょっと桔梗に投げてあげて。」




「はいはい。」



桔梗が右バッターボックスに入った。




橘桔梗。


右投げ右打ちのポジションはファースト。

小学生2年の時に蓮司と俺が野球に誘ってそこから野球を始める。

小学生の軟式で全国大会優勝した時にもレギュラーとして出場。


主には6番ファーストとして出場し、小学生までは女子の方が成長が早いのと、俺と蓮司がかなり贔屓して練習に付き合ってあげて全国大会優勝チームでもレギュラーを守り続けていた。


今は分からないが、当時は打撃センスがかなり光っていた感じがした。

打撃フォームが豪快でややアッパースイングだった。アッパースイングでもボールへのコンタクト率も悪くなく、当たれば結構飛ばす感じだった。



あのまま成長しているのであれば、かなりの長距離打者になっているだろう。



そして、桔梗の打撃投手として四隅にストレートを散らしてみた。




カキイィーン!



ストレートはかなり高い確率で打ってきた。

投げている感じかなりのローボールヒッターになっている感じか?

女性野球の中ではかなり身長の高い桔梗が攻められる場所といえばまず低め。


長身のバッターは低めに弱いとよく言われているが、それを桔梗も低めを攻められたのか、元々低めを打っていた記憶が無いが…。



10球位ずつで休憩というか、姉がその都度桔梗に対してなにかアドバイスをしていた。



次の10球はツーシームやカットボールなど、ストレート系の変化球を交え、ストレートもさっきまでは女子としては速い120キロ出ていないくらいで投げていたが、ストレートを125キロ辺りまで上げてみた。




「………。」




なかなか苦戦しているみたいだ。

女子中学なら115キロならエースになれるだろう。125キロじゃかなり高いレベルじゃないと居ないだろう。



だが、空振りをすることはなかった。

カットボールにはかなり打ち損じていたが、ツーシームにはいい反応を見せて1球ホームランになったであろう打球を打たれた。



「りゅー。ちょっとだけ投げて。」




桔梗を指導したあと、姉に対して同じような投球をした。

いつもとは少し違うアッパースイングで次々と俺の投げる球を快音を残して打っていく。



これが何回も繰り返して、遂に俺の球数も100球近くまでになってきていた。

その間何回も姉の指導が入っていたのと、6割くらいの力でしか投げていなかった為そこまで疲れてるわけでもなかった。



桔梗はとにかく真剣に指導を受けて、しっかりと実践しようと頑張っていた。


俺も最初に変な癖があるなと思っていた箇所が少しだけだが改善させてきていた。

更に練習していけばこの癖も直せるだろう。





「龍。最後は好きなように投げてみて。」




俺は一瞬姉を見た。

全力でいけという感じの表情ではなかった。

そこそこに投げてあげてという感じだった。




俺は高速スライダー、ナックルカーブの2つの変化球と130キロ位のストレートを織り交ぜて投げた。



ここで気づいたが、桔梗は選球眼がかなりよくなっている。

力をセーブしているので、結構際どいところのコントロールが効くためストレートとボールの出し入れをしたが、ボール球に反応はするがバットがきっちり止まっている。




「ラストねー!」



最後に選んだのは高めの135キロくらいのストレート。




カキィーン!




打球は上がらなかったが、俺の頭の上を越す完璧なヒットを打たれた。




「龍、手加減したね。本気を出されても打てなかっただろうけど、いい練習になったよ。ありがとっ」




桔梗は珍しく俺に頭をぺこりと下げて、姉と楽しそうに話をしていた。




俺も今日はまぁまぁの投球数だったので、クールダウンをしながら記憶の中の桔梗よりも更に大きくなったのを実感した。





「みんな頑張ってるんだな。」




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