第7話 ピッチャー龍vsバッター光!



左打席に俺の憧れの姉が真剣な顔をして俺の方をみていた。



さっき天見さんとサインを決めて、サインは投手の俺が出すようにした。

普段ならシグナルサインで投手がサインを出すなんてありえないが、姉はサインを出した順番をいちいち覚えようとはしないだろうから、単調にならないようにサインを出すことにした。





『姉は打つ気満々みたいな感じで打席に入っているが、あんまり積極性を感じない。』




サインを出したら、次に天見さんはキャッチャーミットをゆっくりとストライクゾーンを円を描くように動かしてもらい、投げたいコースに来た時に頷いてコースを決めるという試合じゃありえない決め方でサイン交換した。



『打つ気がないならこれで十分だ。』





バシッ!!




「ストライク!!」




ど真ん中よりやや内角気味のストレート。

多分135キロ前後のストレートだと思う。




『んー。りゅーはやっぱり何かが見えてるっぽいなぁ。初球からほぼど真ん中のしかも7割位のストレートを投げてくるなんて。』




2球目はこの結果で打ち気になるかと思われたが、あんまり変わっていないようだった。

この雰囲気も相手のスポーツ選手として実力はもちろんのこと、精神力や緊張度など総合してレベルが高ければ高いほど曖昧にしか分からない。

便利だと思うかもしれないが、分からない時は1日1回も感じられない時もある。


だが、投手として姉と対決することになって自分自身の集中力が高まっているのか姉の雰囲気がかなり鮮明に伝わってきている。



多分、姉弟ということもあるんだろうが心理戦なら俺の圧勝であった。



2球目はさっきより厳しめの内角ストレートを選択した。




そして、2球目。


指から放たれたボールは左打席の姉の内角を抉るようなボールになった。

またストレートが来たと反応した姉はバットを出そうとしたが、かなり内角ギリギリだった為にバットを止めた。



「ストライク!」



「かーおーりー!りゅーのこと依怙贔屓してるんじゃないでしょうね!?」



「してません。かなり厳しいコースでしたがストライクでしたよ。」



そう答えると俺にボールを投げ返してきた。

俺は姉とは違い、テンポよくボールをポンポンと投げるタイプではなかった。

少し間を取って相手を焦らしたり、タイミングをずらしたりして投げていた。

コントロールもまぁぼちぼちなので、四球が多い時はとにかく投手としてマウンドに上がっている自分自身でも間延びしてる感じがあった。



3球目のサインを決めようしたが、姉から雰囲気を感じることが出来なくなった。

だが、ここまで投げた2球目で決着がついていない場合は俺は投げる球を決めていた。



俺は返球を受けてこれまでよりも大分早くサインを出した。

コースも天見さんも何となくわかっているのか、円を描くスタートが俺が投げたいコースに構えていた。



キャッチャーとして天見さんの一定のレベルの高さを再確認した。




俺のピッチングフォームは少し姉に似ている。

姉はセットポジションから投げるが、俺はノーワインドアップからかなり足を高々と上げ、かなり大きな歩幅で踏み込み下半身はかなり沈み込んで投げる。




俺の選択した球は2球目と同じインコースの球。




「くっ!舐めすぎ!!」




カキイィィーン!!





いい打球音と共にかなり高々と打球がライト方向へ伸びていく。






姉には流石に俺の投げるボールを読まれていた。

だが、別にそれでよかった。

俺が投げたのスピードを125キロ位に落とし、ツーシームに見せかけたストレートを投げた。



試合ではこんな個人的な配球は絶対にしないが、姉と弟いう勝負ならこういう駆け引きがあっても良いだろう。



姉も俺がツーシームを投げてくるんじゃないかと一瞬思ったのだろう。

最初は球速でツーシームだと思ったのだろうが、途中でツーシームじゃないと気づいても遅かった。




高々と上がった打球はライトフェンス5m手前でくらいでワンバウンドした。



打球がライナー性ならもちろん長打だが、あれだけ高々と上がればほぼライトフライで間違いなかった。




姉が甲子園決勝で相手の四番にわざと得意なコースに連続でストレートを投げて抑えたあの状況を変則的に作り上げた。



姉は最後のストレートは力技、俺は逆に力を抜いたストレートだったが。




「ふー。ツーシームが来るんじゃないかと思ったけど、ツーシームみたいなものが来たね。」




姉はやや苦笑いでそう答えた。




そして、すぐに2打席目の勝負に入った。

さっきと同じようにあんまり雰囲気が感じ取れなかったが、一瞬強い意志を感じ取った。



多分一球目からスイングしてくる。

俺の持ち玉は結構多彩にあるが、ウィニングショットというかこれを投げておけばどうにかなるという球を持っていなかった。



姉から完全にパクったナックルカーブはかなり空振りを取れるが、姉に通用するかは分からない。



俺が試合で1番多投する変化球がある。

姉が甲子園で相手を苦しめたシンキングファスト。

低めからボール球になる球を打ってくれるなら多分内野ゴロに打ち取れる。



シンキングファストを投げよう。

サインを出し始めようとした瞬間に、なにか見透かされたような感じがした。

サインを出すことを止めるのは相手に迷いを感じさせる。


シンキングファストを投げようとしてるのがバレて、それを俺が感じとってサインを止めるとまずシンキングファストは投げづらくなる。

それを分かっていてシンキングファストという手もあるが、この手の打ち損じを狙うボールは頭の片隅に置かれるとあっさり見逃されたりする。

甘く入れば打たれるだろうし、ボール球にしようとすれば見逃される。



シンキングファストを選択するギリギリ直前にサインを変更した。



初球に選んだのは真ん中付近からややボール球になる位のスライダー。



スライダーでも、キレよくスライドするように変化量が大きく曲がる球もあれば、変化量をやや抑えて速いスピードで曲がっていく高速スライダーもある。



俺は高速スライダーを選んだ。

思ったよりも球が低めに行ってしまい、そこからボールゾーンに外れていった。



だが、姉はそれを強振してきた。

そしてかなり豪快に空振りすることになった。




「あちゃー。スライダーだったのか。」




体勢が崩れるくらい強振して、ヘルメットが脱げて地面に転がっている。

それをヒョイっとという感じで拾い上げて一瞬なにかを考えたような顔をして打席に入った。



そして、2球目はボール球になる変化量が多いスライダー。

流石にこのボールを振ってくることはなかった。



打ち気は多分結構ある。

甘い球は投げたくないが、ボール球中心に勝負しても多分無理っぽい。

ここは力押ししかない。



選択したのはど真ん中高めのストレート。



140キロ以上は出てるかなり威力のあるストレート。

それを姉はまたもや強振してくるが振り遅れの空振り。



高めは危険な球になりやすいが、あまりコントロールを意識せずにただただ全力でボールを投げる為威力のあるボールを比較的に投げやすい。




さっきのスイングを見て気づいた。

4球目はすぐに決まった。

小学生6年生のクソガキだった俺がプロ野球選手の姉に向かって言った言葉を思い出した。





ブンッッ!!!





姉のバットはあっさりと空を切って空振り三振。

4球目に選んだ球はインコース高めのストレート。



姉は甲子園の時、直球系の球を投げる割合が9割を超えていた。

プロになって小手先の変化球でかわそうとして、かわせなかった。


ピッチャーとして1番重要なのはストレート。

それは速いとか遅いとかは関係ない。


遅いストレートを速く見せる投球術でプロ野球で大活躍した選手もいる。



姉は俺がキャッチャーとしてピッチャーの俺を変化球でかわそうとリードしていると思ったのだろう。



変化球が頭の中にあって、それを姉が狙っている時点で俺の投げるストレートが打てるはずがなかった。




「姉ちゃん、次の打席が最後。」




「………。」




姉からやめろと言いたくなるほどの威圧感を感じる。



それまで姉にとってはテストと姉弟の成長の感動の対決みたいな感じだったのだろう、2打席目に完全に打者としての姉を軽くひねったのがよくなかったのか、完全にスイッチが入っている。



姉はいつもニコニコして笑顔でプレーをしているが、本当のここ一番だけは異様な威圧感を放っていた。



甲子園ではそれがほとんど見られなかった。

姉にとって女子野球の世界ではここ一番の場面がなかったのだろうか?

そんなことを考察する前に、目の前には最も尊敬でき一生の憧れの取り憑かれた悪魔がいたのだ。




『いや、普通に怖ぇよ…。』




俺が悪魔に取りつかれた姉に少しビビっていたちょっと前。




『りゅー。姉弟の感動の対決なのに、さっきの4球目から嫌な雰囲気。冷たいというか冷酷?姉に対する態度じゃない。』



俺自身が気づいていなかったが、先に相手を圧倒するような雰囲気を醸し出していたのは俺の方だったらしい。



姉も弟に簡単にもうやめましょうでは済まされない感じになってきた、

ここまで来ると家族の愛だの言ってる場合ではない。



この状況に1番困っているのは天見さんだった。

テストというよりも姉と弟の野球を通しての喧嘩をしてるような感じだった。



意地の張り合いという感じではない。

俺はこの勝負には負けたくはないが、野球人としてのプライドを姉とかけることなんて言うこと自体がおこがましい。




お互いに絶対に負けたくない3打席目。



この勝負は3打席で1安打打てれば姉の勝ちなんだろうか?

こういう個人的な勝負はあまりにも曖昧すぎる。

3打席勝負なら投手のが有利だと思う。

何故かと言うと四球出したらやり直しになることが多いからだ。

3打席で2つ四球をとったらバッターのもちろん勝ちだと思うが、個人的な勝負で三振かホームランだ!みたいな勝負だと四球は軽視されやすく、やり直しとなったとしたらバッターは流石に不利すぎると思う。




3打席目。


ちょっともう辞めようと言いづらい雰囲気だった。

姉はかなりの威圧感を放っていて、狙っている球が分からなかった。



キャッチャーとしての俺ならこの場面、あえてのインコースの高めのストレート。



相手のことを恐れていたり、初球に打たれたくないと思った時はまず逃げの変化球を選択することが多い。


ストライクからボールになる変化球を投げれば、振って凡打してくれたら最高。空振りでもラッキー。見逃されてもOK。


そうやってカウントを悪くして結局四球。

下手に勝負すると痛打される。



だからこそ、さっきの打席で抑えたインコース高めのストレート。




姉は狙ってたのか反応したのか分からなかったが、かなり鋭いスイングで少しだけ甘く入ったインコース高めのストレートを打ちにいった。





カキイィィーン!!!




勝負は一瞬で決着が着いた。





パチィン!!




強烈な打球は俺の顔面を目掛けて飛んできたが、俺は顔に飛んでくるボールに対して慌てることなく最短でグラブを出してしっかりとキャッチした。




「ふー。危ね。」



プレー中は落ち着いていても、何だかんだピッチャーライナーはかなり危険なため、しっかりとキャッチした後に大きく息をついた。




「りゅー!大丈夫!?」



さっきまでの鬼に取り憑かれた姉は居なくなっていた。



「大丈夫大丈夫。それよりもプロ野球であんまり打撃の練習やってなかったのによく打てたね。」




「練習はしてたよ。周りは超一流のピッチャーばっかりだったから投球練習がてら打席に立たしてもらったりも沢山したしね。」




投手の姉に俺の球がそんなに通用しない訳だ。

それでも一つ三振取れたから御の字ということにしておこう。




「よし、投手テスト終わり!」




「姉ちゃん、打撃テストはバッティングマシーンとかないの?」




「何言ってるの?私と勝負するに決まってるでしょ。」






そりゃそうですよね…。





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