第4話 コーチ打診!



「失礼します。」



姉は勢いよく扉を開くとそこには明らかに偉そうな女性の方と、気難しそうな男性が座っていた。

そして、その向かいの席に座っていたのはどこかで会ったことのあるような顔の女性が座っていた。



「お久しぶりです。光さん。」



「香織、久しぶり!元気そうでなにより!」



明らかなお偉いさんの前の席に座っていたのは、姉が高校時代にバッテリーを組んでいいた天見香織さんが座っていた。



「私は今年の4月から白星高校で女性野球部の監督兼数学の教師に採用されることになりました。光さんは特別コーチでスカウトされたと聞きましたけど…。」




2人の話を聞く限り、監督が教員免許を持っている天見さんで特別コーチは姉。

特別コーチという言い方だと付きっきりのコーチと言うよりもたまに練習を教えにくるという感じなのか?



「こほん。お二人とも話に花を咲かせるのはいいですが、こちらのお話を聞いてもらってもいいですか?」



そう話を切り出したのは偉そうな男性の方だった。



「先生お久しぶりです。いつの間にかこんなに偉そうになられたんですね。おめでとうございます。」



姉はあんまり心が籠ってないいい方だった。

その後の2人の話を聞くに、天見さんも姉も高校の時に国語を教えて貰っていたらしくその時に面識があるらしい。

その先生が高校を変えて教頭先生になっていた。




姉はよく怒られていたらしく、居眠りしていた罰として朗読させられたことがあったらしいが、朗読中に立って教科書を読んでいたのにも関わらず立ったまんま居眠りしていたらしい。



姉と話すとよくあるあるだが、本題から話が逸れて大切なことを聞き忘れて親から怒られていたのはいつも俺の方だった。



「ごほん!本題を進めないといつまでたっても終わりませんよ。」



話がそれにそれて、それを流石にもう1人の偉そうな女性の方に咎められていた。



もう1人の偉そうな女性の方は、この高校の理事長だった。

ここでやっと本題が進むと思っていたがこの理事長さんは姉の大ファンらしく、本題を話すと思ったら少しずつ話が脱線し始めてきた。



俺はこの場になぜ居るのかわからなくなり、バレないように脱走しようと思っていた。



「あ、あの。自分はなぜここにいるんでしょうか?用が無いようなら退出しても大丈夫ですか?」



あまりにも居心地が良くなったので、勇気を振り絞ってどうにか脱走する為の口実を手に入れようとした。



「何言ってるの?今日はりゅーの為にこの場を開いたんだから無理に決まってるでしょ?」




無理だった。




「それじゃ、出来れば本題を話してもらえれば嬉しいのですが…。」




「そうだったね。ごめんね?けど、私達もあんまり詳しくは聞いてないんだ。」



俺はとにかく頭が疑問符まみれだった。

明らかに呼び出さした側の理事長さん達も分からないとは一体どういうことなのか…。




「私は特別コーチになることは出来ません。その代わりに連れてきました。」




『おいおいおいおい!!この流れはやばい!!』




「姉ちゃん、代わりってもしかして…」



「そう!私の自慢の弟の東奈龍です!弟をコーチとして使ってあげてください!」





やっぱりとんでもない事になってしまった。




冷静になって分析する事にした。

男子のコーチ自体は別に珍しくともなんともないし、寧ろまだ女性野球の監督コーチは男性のが断然多かった。




俺は今中学2年生だけど、もうすぐ3年生にはなる。



だから、どうした?

3年生にはなるがコーチがどうのこうのは関係ない。



「あ、あの…。コーチの話はまだいいんですけど、女子校というのは流石にきついんですが…。」




俺は、姉が持ってきたコーチの話の方はもはや断れないと思っていた。

だからこそ、女子校という男子禁制のところを盾にして逃げることを思いついた。




「今年の四月から箱崎白星女子高校は、箱崎白星高校と名前を変え、男女共学になることになりました。なので来年の入学なら問題なく男子の貴方も入学は出来ますよ。」




はい。終わりました。

俺はそうですかという言葉さえ言えずに魂が天に昇って行くのが分かった。




「東奈さん、私達はコーチを貴女にお願いしたいのです。それを代わりに弟さんがコーチというのは流石にちょっと…。」



相手は流石に難色を示した。

俺は今野球を辞めた身であり、そんな得体の知れないやつがコーチになるなんて話がまかり通る方が一般的に考えておかしい。

しかも、それがまだ中学2年生の子供相手じゃ尚更だった。



俺の魂はすっかり身体の中に戻ってきていた。

もう向こうからあれだけ難色を示されたらここから覆ることは無い。



「そうですよね。自分3ヶ月前に野球を辞めてしまって、コーチなんて無理だと思います。」




「今は野球をやっていないんだね?それだと尚更コーチなんて無理だと思うけどね。」



理事長も教頭先生もどちらも難色を示していた。

姉もこれには流石に諦めていると思い隣を見てみた。



明らかに諦めたような顔をしていなかった。

さっきよりも自信満々のような顔をしていた。



「お言葉ですが、野球の実績だけで言うとうちの弟よりも沢山経験を積んでいる選手はそうはいません。こんな事を言っても判官贔屓と思われるかもしれませんが、私が4年目から一軍に上がれるようになったのはまだ当時小学生の弟のおかげでした。」



そう言うと小学生の頃に毎日のようにプロ野球選手のビデオを繰り返しみて、プロ野球選手の全ての選手のスイングから欠点から長所まで完璧にまとめたノートを取りだした。



あくまで俺が自分の目で見て、ここは明らかな弱点だと思ったのが合っているかは自分で毎回毎回確認した。


その確認の為に毎日何百球という球を打たないといけなかった。


姉が家に高性能のバッティングマシンを2台買ってくれたおかけで、それをする事が出来た。



9歳から平均で毎日300球はバッティングマシンでプロ野球の打者のバッティングフォームを完璧に真似をする練習からやらないといけなかった。


自分のフォームをビデオに撮り、それがそのプロ野球選手と同じなのを確認にして、また打つ。


その過程でこのフォームはこの球種、このコースを打つのに向いていないというのが分かった。



それを全てノートにまとめ姉に送って、それを使って出来るだけ弱点を突いて出来るだけ多く活躍して欲しいと思っていた。



姉はノートの事をありがとうと言うだけで、読んでいるかどうかは知らなかったが、いま目の前にあるノートはかなりくたびれていた。



何十回読んだだけじゃこうはならない。本当に何千回も読んで読んで読み尽くさないとここまでノートがボロボロになるはずがなかった。




それを受け取ると理事長と教頭先生はパラパラと俺の書いたノートを読んでいた。

書いてあることは分かりにくくはないとは思う。

だが、あまりにも細かいことばかり書いてあるせいでこんなに細かいことが役に立つのかってレベルなところもある。



「なるほど。これを龍くんが全て書いたのか。」



そのノートは1冊じゃなく、確か20冊くらいあったはずだが…。



「東奈さん。このノートの内容がどんなものかは私達にはわかりません。結局、どれだけ実力があってどれだけ指導ができるかが重要なのです。」



理事長の言うことが1番正しいと思った。

結局のところ選手をどれだけ上手くさせられるか。

試合に勝てるようなチーム作りを出来るかどうか。

勝てれば学校の知名度も上がって入学者も増えるし、なにより最近の女子野球の人気は留まることを知らない。

たくさんの高校が女子野球部を作り、たくさんの女子達が野球を志している。



俺には目標がなかった。

だからこそ野球をスパッとやめてしまった。

小さい頃に甲子園で姉が、龍もここの場所に立つのを待っていると言われたのを覚えてる。



最初は姉の立っていた甲子園へという気持ちがとても大きかった。

だが、野球が上手くなれば上手くなるほど段々とその気持ちが遠ざかっていた。

そして、姉の引退で野球を続ける気力が完全に無くなってしまった。




完全に硬直状態になってしまった。

姉もこうなったら引くことを忘れたような感じで、絶対に俺をコーチに押し込むことしか頭になかった。




「龍くん。君自体は白星高校で女子野球のコーチをしたいのかな?」




「はっきり言うとやりたくはないです。個人的に自分じゃ力が足りてないと思います。」




隣の姉の顔色を伺うことなくそう答えた。

相手の反応もそれはそうだろうという感じだった。

野球を続けているならまだ分かるが、野球をやめてしまった中学生にやらせることでは無い。




「ということで、お断り…。」



「もし、うちの弟がコーチを務めあげられなかったら、その時は私がコーチの話を受けます。

今年、私は女子プロ野球に挑戦しようと思います。年齢的にドラフトで指名されるのは最後の歳です。

弟が3年間ここに通って、ダメだったら弟が卒業したと同時にプロ野球を引退してコーチのお話を受けようと思います。」




姉は最悪自分の野球人生を捨ててでも、俺の事を信用している。

俺がこのままコーチを受けなくても、姉は女子プロ野球に入団するだろう。



だが、俺はどうなんだろう。

ここを断って高校に入っても野球をやろうとは思わない。




「りゅー。最後はあなたが決めなさい。理事長と教頭先生は気にしなくてもいい。あなたが本気を出せば絶対にいい結果になる。野球の才能、理解力、実力共に私よりも絶対に優れている。」




姉にここまで言わせるものがあると思うとは俺には思えなかった。




「私は東奈龍くんのコーチに賛成します。ですが、龍くんは多分今日この話を聞いてなかったと思います。そんな中学生の彼に今すぐ決めさせるのは酷では無いですか?」




困っている俺に手を差し伸べてくれたのは、天見さんだった。




「彼の経歴や実力は確認出来るだけのものは全て確認しましたが、3ヶ月で衰えてなければこの前まで大学で野球をやっていた私よりも実力は間違いなく上だと思います。そして、普通のコーチよりも手本のプレーを本人が実践することでいい見本になれると思います。」





俺は天見さんに評価されていることに素直に喜んだが、俺は更に悩んでいくばっかりだった。

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