第4話 婚約者にブランド香水の匂いが気に入らないと捨てられましたが、そのブランドに勤めるエリートに見初められました! いまさら、戻ってこいなんて言われてももう遅いんです! 的なことが起きたんだろうか?

 とある商業施設の最上階にある、夜景が自慢のレストランにて。

 一組の男女が窓辺の席に座っていた。


「幸二、話ってなに?」


「ああ、紗江子……、君との婚約なんだけど、なかったことにしてくれないか?」


「……は?」


 突然の言葉に、紗江子は気の抜けた声を出した。

 今夜は二人が婚約をしてから半年を迎えた夜、そして紗江子の誕生日だった。

 婚約をしてから仕事にかかりきりだった幸二が、今まで淋しい思いをさせたことを謝りながら改めて入籍や式についての話を切り出す。少なくとも紗江子の中では、そうなるはずだった。

 

「後輩と一緒に激務をこなしてるうちにね、本当の愛に気がついたんだ。彼女は自分がどんなにつらくても、笑顔で俺を支えてくれた」


 しかし、目の前の幸二は幸せそうな表情を浮かべながら、他の女性の話題を口にしている。

 その目に、目の前にいる紗江子は映っていない。いや、映ってはいるのかもしれない。


 ただし――


「それに比べて、君は俺を気遣うメッセージの一つも、送ってくれなかった」

 

 ――嫌悪の対象として。

 幸二は深くため息を吐くと、冷めた視線で紗江子を見つめた。

 

「それに、今日だってそんなきつい臭いの香水をつけて……、本当に自分のことしか考えていないんだね」


「……」


 紗江子は口を結んで俯いた。


 メッセージを送らなかったのは、忙しい幸二の邪魔をしたくなかったから。

 無理して高級ブランドの香水を買ったのも、カッコいい幸二の隣に居てもおかしくないような、落ち着いた大人の女性になりたかったから。


 そんな言葉を口にしようとしたが、全て飲み込んだ。


「やっぱり、共に生きるなら、彼女のように謙虚で相手のことを考えてくれる子が一番だよね」


 窓の外を見つめながらうっとりとした表情で呟く幸二に、何を言っても通じるはずがないと分かってしまったからだ。


「……分かったわ。なら、この婚約はなかったことにしましょう。じゃあ、私はこれで」

 

 紗江子はそう言って席を立ち、振り返らずに店を後にした。

 向かった先は、フロアの片隅にあるトイレだ。

 

 ひとけのない化粧直しコーナーの席に座り、紗江子は鏡を見つめた。いつもよりも丁寧に化粧が施された顔を眺めているうちに、幸二の前ではこらえていた涙が込み上げてきた。


「お化粧だって……、幸二のために覚えたんだけどな……」


 そんな言葉を口にすると、涙の流れる顔には自嘲的な笑みが浮かんだ。ひどい顔だ、そう思いながら、ハンカチを取り出すためにバッグに手を入れた。すると、冷たく硬いものが、微かに触れた。


 紗江子が目を落とすと、触れていたのは香水の瓶だった。出かけるときに慌てていたせいで、間違えて持ってきてしまったのだろう。


 紗江子は瓶を取り出し立ち上がると、ゴミ箱の前に移動した。


「けっこういい香りだったのに……、無意味だったのね」


 そう呟きながら、ゴミ箱に香水を捨てた。


 まさにそのとき――


「なんてことをするんですか!?」


 ――男性の声が、頭上から響いた。


 紗江子が振り返り見上げると、いつのまにかスーツ姿の背の高い男性が立っていた。


「え……、ちょ、ちょっと、ここ女子トイレなんですけど……」


「そんなことは、今どうでもいいですよね!?」


「いや、よくないですよね!? お店の人を呼びますよ!」


「あ……」


 紗江子の言葉に、男性はようやく我に返った。


「すみません……、俺の作った香水をつけてくれている美しい人が、悲しそうな顔をしながら走っていったので、どうしたのか気になって……」


「だからって、女子トイレまでついてこないでくださ……、俺が作った?」


「はい」


 男は整った顔立ちに、穏やかな微笑みを浮かべた。


「申し遅れました、俺は香水職人をしている、神谷といいます」


 差し出された名刺には、高級ブランドの社名と、神谷誠という名前が記されていた――












 ――という話をちゃんと形にすればPV数が増えそうだな、とか思いました。

 中身の入った高級ブランドの香水瓶が捨てられていた日に。

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