第28話 未達
カリン自体に意識は無い。心地は、まるで泥沼に沈むようだった。今、白目を剥いた彼女の体を動かしているのは知らぬ間に刻み込まれた戦いの記憶か、執念か、それとも…。
『…』
足取りはおぼつかず、重い。だが、その一歩には間違いなく意思が宿っていた。
(見立ては当たっていた…!やはりスレイヤーの血は途切れていない!しかし…)
その体には、明らかにカリン自体の意思は介在していなかった。その姿を表すなら、ゾンビという他無かった。
(制御が出来ていない!このままでは先に体が壊れてしまう!)
瓦礫はカリンの周りに集まり、再び刃と化す。
「仕方がない…」
指を振り解き放った。刃は砂煙をあげ着弾。
(威力は抑えた!死にはしない!)
砂煙の中からは影は見えず、気配も感じなかった。ロキは胸をなで下ろした。何十年ぶりにかいた脂汗、それはスレイヤーという危険性を分からせるには十分だった。
砂煙が完全に消え、視界が開ける。緊急とはいえ、かつての友の子孫を傷つけてしまった。安堵の次に心配が矢継ぎ早に襲う。
(血は…流れていないな…)
杞憂。だが、その事実は、ロキの求めるものでは無かった。
そこにあるのは、砂礫の山のみ。
(まさか…!)
肩を捕まれ、強引に振り向かされる。ロキは金縛りに近い事態に陥っていた。握られた拳、そして腹を殴られるその瞬間までその体が抵抗することは無かった。拳は腹にめり込みそこで止まる。吹き飛ばす打撃ではなく、内側に確実にダメージを及ぼすそれは、一度に形勢を逆転させた。その場でうずくまり倒れ込む。
彼女は見つめていた。力なく横たわり、息苦しく呼吸をするそれを。
「……」
横たわる顔を、踏みつける。血反吐を吐き、為す術もない彼を何度も、何度も踏みつけた。次第にうずくまることもなくなり、ただ揺れる肉となっていく。
確実に殺すには、切断が最適だ。頭を、蹴り落とす。球を蹴るように、大きく足を振り上げる。重力と筋力、すべてを乗せたそれが、ロキの頭部に――――
「………………?」
カリンの脚は、鎖で繋ぎ止められていた。破壊しようともがくが、動けば動くほど複雑に絡み合っていく。二人を眩く照らす一筋の光は、遥か彼方から照らされていた。
『罪人といえど、彼は僕の友達だ。傷つけるものは…』
斧を振りかざし、鎧越しに伝わる敵意は彼女をひりつかせる。
『たとえ約束だとしても、許すことは出来ない。』
光がカリンを通り抜ける。すると、彼女は不思議な感覚に陥った。まるでいきなり片足が落とし穴に引っかかったような――
「――――――――――――!!!!!!!」
鎖で繋がれていた片脚、その不自由からの解放の代償は切断によって支払われた。四肢の一つが無くなる恐怖は彼女を意識の水面に引き戻し、同時に痛みを叩き付ける。痛みは、彼女の悲鳴さえも許さなかった。
「カリン。君は…強くならなけれならない。」
細かな針を刺される感触。苦痛が和らぐと同時に、彼女の意識は再び泥沼の底に落ちた。
窓から差し込む朝日、エニグマは変わらない朝を迎えた。強いて言えば、一人足りない程度。
「おはよう。ゲンジ。」
「あぁ…おはよう。」
彼は体に違和感を感じるが、それは静かに消えていく。彼女の顔に刹那の怒りを覚えるが、それも空気にまじる煙のようにぼんやりと消えた。
「トールも、おはよう。」
扉を開け、姿を現す。平穏の朝は、彼女の鉄槌により打ち砕かれた。
「エニグマァ‼」
扉をぶち破り、雷鳴が空気を揺らす。彼女の手のひらは、エニグマの首にかかっていた。
「あら、効いてなかったか。まぁ腐っても神だし、繰り返してれば耐性も付くか。」
「ずいぶん余裕じゃないか…。このまま握りつぶしてやる。」
首を握る手がギリギリと締め付けていく。しかし、エニグマは顔色一つ変えずに、指を鳴らした。風がトールの顔を撫でる。その時、エニグマが切り分けられた腕とともにずり落ちた。
「がっ…」
痛みには慣れている。しかし、切断される感覚は、どうにも不愉快だ。
「ゲンジ…!」
彼は虚ろな目で、トールを見下ろしていた。手に持つ刀は、かつて持っていた相棒ではなかった。
「全く、危ないなぁ。」
首を撫で、赤い傷口を確かめながら歩み寄ってくる。
「さ、楽にしてあげよう。ゲンジ、抑えてて。」
ゲンジの腕が、トールの首に回る。引きはがそうにも、腕が無ければどうしようもない。
エニグマがトールの額に、指が触れる。
「それじゃあ、また次の記憶でね。」
「この…クソ野────────────
その怒りは、指で潰した泡のように、弾けて消えた。
「おはよう。」
「…おはよう。スレイヤー。」
ポジティブ☆スレイヤー 弾、後晴れ @tuoi
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