第26話 謁見
眩しい陽の光が、カリンとファエルを照らす。その光は階段の頂点から差し、2人を祝福しているかのようだ。
「もう少しだ。」
光は一段昇る度に強くなり、遂には彼らを完全に包み込んだ。直後、徐々に光が治まっていき、先に広がる光景が見えてくる。
眼前には、かつて人類が思い描いた理想郷が拡がっていた。木々が生い茂り、鳥がさえずり、暖かい日が差す。
「平和…ですね…。」
だからこそ、心配だ。
「ここには結界が張ってある。例えアイツであろうとこれは破れやしない。」
「そうですか…。」
森の中を進んでいく。地上とはまるで空気が違う。この空間自体が浄化されているような、そんな爽やかさがカリンを覆う。そしてその感覚は森を進むほど強くなっていった。
「これ、持ってろ。」
「…?これは…」
押し付けられるように渡されたのは、一枚のカード。自分の名前と顔写真、連絡先が印刷してある。
「通行証だ。部外者は基本、これが必要だ。面倒だがこれがないと追放どころじゃ済まないからな。なくすなよ。」
「…いつ作ったんですか。」
「…この世には、知らない方がいいこともある」
「じゃあ、それで納得してあげます。」
「それでいい。」
森を抜けると、目の前に1つの巨大な門が現れた。
「待ってろ。」
ファエルは駆け足で門番に近寄る。何か話しているが、その声は全く聞こえない。
(何処で…間違えたのだろう…)
ふと、疑問がよぎる。あの時の声に、従わなかった時か、エニグマを信じてしまった時か、復讐を誓った時か、それとも…私が生まれた時か。穏やかな空の下で、彼女の目元には大粒の雫が浮かび上がっていた。うずくまり泣きじゃくるカリンの姿は、
ファエルに彼女も哀れな一人の人間だと悟らせるには充分であった。
ポンと、肩に手を置かれる感覚が伝わる。
「…お前のせいじゃない。」
既にカリンの足元は、涙で湿っていた。
「「通行証を拝見。」」
2人の警備が声を揃えて要求してくる。鎧に包まれているため顔は見ることは出来ないが、声の調子から厳格であることは間違いないだろう。通行証を受け取り、2人は道を開けた。巨大な門をくぐる。
その中は、巨大な廊下が続いていた。長く、大きいその廊下の奥には、巨大な扉が見える。廊下を進んでいく最中、荘厳な顔でファエルは口を開いた。
「お前はこれから、天界の王と謁見だ。作法は僕を真似ればいい。」
廊下の最奥、二人は扉の前に立つ。カリンは分厚い扉の向こう側から発せられるプレッシャーをひしひしと感じ取っていた。
『入れ』
その声はあまりにも重く、果てしない威厳と権力を直感で分からせる。
「…失礼します。」
ゆっくりと焦らすかのように扉が開かれる。光が溢れ、二人を包み込んだ。
光が収まり、徐々に視力が戻っていく。
神の王は、純白の空間に鎮座していた。鎧を装着しており中の顔を見ることは出来ないが、正に威厳という言葉が最も似合う姿だった。後ろを振り向くが出口は無い。恐らく転移か何かの類だろう。
ファエルは膝をつき、胸に手を当て頭を下げていた。カリンもそれに続き同じ姿勢をとる。
「只今戻りました。王よ。」
『上から見ていた。アレを対処するほどの兵力はまだ即時に動けなかったのだ。許してくれ。』
「滅相もございません。」
王はカリンに向き直り、顔をまじまじと見つめた。
『君は、カリンだね。やはり、似ているな…。懐かしい…。』
その口ぶりは、を知っているかのようだった。
「母のことを…知っているのですか…?」
王は少しの間黙り込み、ファエルに指示を出す。
『…ファエル、少し席を外してくれ。2人で話がしたい。』
「御意。」
ファエルがだんだんと白いモヤになっていく。数秒後には、その空間は王とカリンの2人だけとなっていた。
『はぁ、疲れた…。』
すると、王は身につけていた鎧を脱ぎ始めた。鎧の頭が取れ、顔が、体格が顕になる。
「部下の前では威厳を保たなければと思ってな。ああいう時はこれを着るようにしているんだ。」
その顔は、想像とは遥かに───幼かった。鎧と比べ十分の一程の身長しかない。声も、先程とは真逆だ。少年、そう呼ぶには充分だった。
「自己紹介が遅れてすまない。私の名はゼウス。天界で神を統治する役割をしている。」
「あ、あの、今おいくつなのですか…?」
「うーん、だいたい100年ぐらいだが…君の時間で言えば、10歳ほどだな!」
驚きを隠せない。自覚は無いが、カリンの表情には開いた口が張りついていた。
「前は君の母だけにこの姿を見せていたのだが、彼女は最期に、もし子供に会う時が来たら君を怖がらせないでくれと言ったんだ。…まさか本当に会う時が来るとはな。」
その言葉を聞いて、カリンは胸が苦しくなった。涙が浮き出てくるが、必死にそれを抑える。
「…すまない。思い出させてしまったな…。
さぁ、座ってゆっくり話そう。」
パンと手を叩くと床からソファが湧き出てきた。地上にあったものと似ている。
「こっちの方が馴染み深いだろう?」
王に続き、カリンもその隣に腰をかける。座り心地はとても良く、カリンの心に久方振りの安らぎを与えた。
「母とは…どういう関係だったんですか?」
ゼウスは目を閉じ、静かに語る。
「君の母親…マリアとは、親友の様なものだった。もういないが、私の両親はとても厳格な方でね…。娯楽がなかった私にとって、マリアは唯一の心の支えだったんだ。…しかし、」
彼の頬には、涙が滴っていた。
「ある日、彼女は『もう会えない』と言って、その日からはもう二度と姿を見せることは無かった…。彼女が亡くなったことを知らされた時は、流石に簡単に立ち直ることは出来なかった。」
「…母は、天界には居ないのですか?」
「スレイヤーの魂が行き着く場所は、天界でも地獄でもないんだ。だが、それがどこかは…私にも分からない。安らかな場所である事を祈るよ…。」
沈んだ空気が辺りを覆った。
「さ、そろそろ本題に入ろう。私はまた鎧を着替えてくるから、少し待っててくれ。」
ゼウスが席を外し、机の上に置いてあった菓子に手を伸ばす。その手がクッキーを掴むと同時に
────カリンの体は、地の底に堕とされていた。
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