第24話 裏
懐かしい。カリンは不思議にその言葉を心に浮かべていた。だが不思議なことに、理由は分からないがふつふつとした、いや、激しい怒りが、彼女を支配していた。
「おいおいどうしたんだよそんな怖い顔して。」
仕草、口調、全てが今までと同じだ。しかし、3人の本能が、目の前のコイツはスレイヤーではないと感じていた。
誰でもないし、誰か分からない。だが、直感で何かがやばいとは、誰もが思った。
一筋の光が走る。ゲンジだ。彼は咄嗟に本能で行動した。居合でナニカを無力化しようとする。
しかし、
「やっぱバレるか。」
その刀は、指先で食い止められた。
「…てめぇ、何者だ。クルエラは何処だ!!」
刀身を押し付けたまま問う。───は眉一つ動かさず答えた。
「殺した。あとお前らに用はねぇ。さっさと失せろ。」
指をそのまま横に振る。するとゲンジの身体が見えない力で引っ張られ、壁に激突した。
「よォ、久しぶりだなぁ。カリン。」
ゆっくりと歩み寄ってくる。悠然と歩を進めるその姿は、カリンにとって恐怖そのものだった。
「カリン、逃げろ。私がここで食い止め…
「逃げねぇとは大した玉してんな。」
後ろだ。しかしいつ移動した。風も音も気配も感じなかった。
「…!」
トールが咄嗟にハンマーを振る。……の頭を狙うが、それは軽々と掌にで受け止められてしまう。
「寝てろ」
僅かな風圧がカリンの顔を掠める。その瞬間トールの身体が遥か後方に吹き飛んだ。2人ともピクリとも動かないが、血は出ていない。気を失っているだけのようだが、
「やっぱ渋てぇな…。まぁいいや」
「…ど、どうしたんですか。なんで、こんな、こと…。」
声を振り絞り、蚊が泣くように問う。
「おお、知りたいか?知りたいのか?ああいいぜ。それじゃあ取っておきの秘密を、お前に教えてやるよ。」
怪物はカリンに近づき、────抱きついた。その感触は、はるか昔に忘れた………
「私の名前はエニグマ…。お前の母を殺した犯人だ。」
慈愛に溢れた、母親の感覚だった。
考えるよりも先にカリンの手が動く。リボルバーを取り出し、化け物の頭に銃口を突きつけ引き金を弾いた。だがその銃弾が血に濡れることは無かった。
「はは!いいぞ怒れ怒れ!ハハハハハハ!!」
再び現れた場所に向け乱射するが、化け物は現れては消え、現れては消えを繰り返し、結局全ての弾を撃ち尽くしてしまった。
銃を捨て、右手をかざす。
「クソ野郎がぁ!!!」
掌に浮かぶ赫の光玉。人の倍ほどあるそれは圧倒的な熱を放ちながら、解き放たれた。───が。
「こんな子供騙し、今更効かねぇんだよォ!!!」
エニグマが拳をその玉に突きつけた瞬間、小さな太陽は消されてしまう。眩しい光が抜け、再び元の光景が現れる。しかしそこには、カリンの姿は無かった。
「…ハハッ」
エニグマのこめかみに押し付けられたのは、指だった。銃をかたどった指が、エニグマの頭を押さえつけている。
「…何のつもりだ。それで俺に勝ったつもりなのか。」
口角が上がり、カリンは嘲笑う。
「バン」
その瞬間、1発の銃弾がエニグマの頭を貫いた。
「1発だけ、弾丸を作った。初めてやったけど、案外できるものなんですね。ま、今更解説しても意味ないですが…」
皮肉の言葉をかけるが、エニグマはピクリとも動かない。
「地獄で苦しめ…クソ野郎…。」
嫌悪と共に唾を吐き捨て目を逸らし、ぐったりとしている二人に近づく。
「ゲンジさん…!トールさん…!」
それぞれの首に手を当て、脈を確認する。
トクン…トクン…
その鼓動を感じると、カリンはホッと自分の胸をなでおろした。そして彼女は、その油断が故に、後ろからゆらゆらと近づく影に、気づくことは出来なかった。
後頭部を鈍く、重い感覚が襲う。
「ガッ…!」
「…さすが、あいつの血を引くだけはある…。
昔の俺だったらやられてた…。」
エニグマは右腕でカリンの首を掴み上げた。ギリギリと引き絞る音が聞こえてくる。
「がぁッ…!」
「だが…だがこれで終わりだ。俺の復讐も。忌々しい歴史も!何もかも!!全てが今日で終わる!!!」
もう片方の腕が変形し、ワニのような巨大な口に変形した。
「お前を母の元に連れてってやるよ。」
口が、カリンの頭に噛み付こうとする。カリンは気を失っている。確実に、不可避の攻撃。しかし頭部が消え去ったのは
──────エニグマの方だった。
地面にエニグマの首が転がり、彼の足にぶつかる。
「…汚らわしい。」
侮蔑、嫌悪、その目にはあらゆる感情が篭っている。その男はカリンに歩み寄り、横たわる身体に手をかざした。
「逃がせ。」
呟くと同時にカリンの身体が何処へと消えた。
「てめぇ…」
(やはり逃がせるのは1人だけか…)
振り向き、槍をエニグマに向けた。整った青少年の顔と真っ直ぐ瞳は憤怒に染まっている。
「クッ…ハハハハ!!なるほどそういう訳か!
あぁ、おもしれえ…。
まさか、まさかお前だとはなぁ!!
クルエラァ!!!」
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