第22話 解放
真っ直ぐに、ただひたすらに直進する。その道は、今までのゲンジ達が歩んできた人生とはまったくもって正反対だった。
「…アレス、これが終わったら、お前はどうする。」
ゲンジは顔も見せずに語り始める。それをアレスは、顔色ひとつ変えず返した。
「どうしようも何も、私はマスターの武器です。私の行き先を決めるのは、あなたですよ。
『マスター』。」
「…そうだな。」
暗い道に一筋の光が差し込む。どうやら出口が見えたようだ。
「終わらせるぞ。アレス。」
「はい。」
2人の眼は、覚悟により彩られていた。
光の向こう側、そこには等間隔に柱が建てられた、まるで神殿の様な空間が拡がっていた。
「脱走兵の分際で人を待たせるとは、いい身分になったものだ。」
その水が薄く張られた空間の中央には、黒曜石のように黒く輝く髪を腰まで垂らし、腰に提げた刀に手を置き鎮座する1人の女がいた。
「久しいな。ゲンジ。」
女は妖しい笑みを浮かべ、こちらに話しかけてくる。
「…あぁ、久しぶりだな。アレス。」
なんとも言えない微妙な空気が生まれる。
「で?あの時逃げ出した様な腰抜けが、何故今更のこのこと帰ってきた?死にたいなら楽に死なせてやるぞ。」
ゲンジは腰に提げた相棒を抜き、切っ先を目の前にいる、もう1人のアレスに向けた。
「俺は…俺は、過去を切り捨てに来た。ここでお前を超えて、俺は自分の止まった時間を進める!!」
「ほうそうか、そうなのか!ならもう御託は要らない!さぁ、殺し合おう!」
アレスの日本刀の刀身がチラリと光を放つ。その瞬間、ゲンジの体が後ろに吹っ飛んだ。幸い、咄嗟に防御し、その攻撃を受け流しはしたものの手に平はプルプルと震えていた。
「どうした。まさか数年経っても飛ぶ斬撃も見切れないとは言うまいな。」
「少し…びっくりしただけだ…。」
のそりと起き上がり、深呼吸で全身の力を抜く。
「今度は、俺の番だ。」
フッとゲンジがその場から姿を消した。足音も、風切り音も聞こえない。あるのはその凄まじい移動速度で生み出された風圧のみ。
「…少しは成長したようだな。」
刀は抜かれ、眩しい蒼に彩られた刀身が現れた。
「だが、まだ甘い!!」
アレスは後ろへ振り向き、突きを繰り出す。それは虚空を貫いたように見えたが、
「殺気を隠せていないぞ。」
「チッ…!」
両者の刀は、火花を散らし激しくぶつかり合っていた。
ゲンジは一点に集中された力の芯をずらし、アレスの体勢を崩す。
「ほう…!」
体が前に倒れ込む。すれ違いざま、がら空きの後頭部が顕になる。千載一遇。
(逃す訳にはいかない!!)
ゲンジの一振り。それは完全にアレスの頭を捉えていた。刃がアレスに届く───その直前、下からの蒼い閃光がそれを遮った。弾かれ、思わず仰け反ってしまう。
お互いが間合いから逃れる。しかしその間の空気は相変わらずヒリついたままだ。正に一触即発。
そんな息が詰まりそうな空気の中、ゲンジが重苦しそうに口を開く。
「…もう、小細工は無しだ…。真正面から、お前をぶち破ってやる。」
「あぁ、私も、そのつもりだ。さぁ来い!
ゲンジぃ!!!!」
踏み込み、飛沫が上がる。その一踏みで舞い上がった雫が落ちる瞬間、2人の魂が────純白と蒼の刀身がぶつかり合った。力比べがしばらく続いたが、2人同時に弾き、息を合わせたかのように同じタイミングで次激に移る。1つのズレもなく剣撃を繰り出す様は、まるで息のあったダンスのようだ。そしてそのビートは、さらに加速する。
次第に速度が上がっていく。目の前のアイツを越すために。前より速く。もっと速く。もっともっと。もっともっともっと。剣の軌跡が輝き、火花が舞い散る光景はイルミネーションの様に美しい。
そして、遂にこの舞踏は終わりを迎える。限界まで高めた速度、2人は完璧な均衡を保っていたがそれを僅かに────純白の光が超えた。
蒼の軌跡は弾かれ、大きく仰け反った。すかさず足払い。アレスの身体が宙に浮く。ゲンジは蹴りの勢いそのままに回転。速度を保ち、刀を横に振り抜いた。すんでのところで防がれるが、浮いた体を吹き飛ばすには余りにも充分過ぎた。
「…っらァ!!!!」
大木のような柱を次々と貫き、アレスの身体が吹っ飛んでいく。そして5本目でようやく止まった。
息を切らし、重い体を引きずり、確認しに行く。最後に崩れた柱の下には、アレスの気絶した姿がある。はずだった。
「いない…。」
もぬけの殻、そこには瓦礫以外に何も無かった。
ふと左に気配を感じ、反射でその方向に振り向く。────アレスがそこに静かに、佇んでいた。
「やるじゃねぇか。」
顔を笑顔で歪め、全身から血を流し蒼の瞳でこちらを睨んでいる。
「…もう。」
刀を逆手で持ち、高く掲げ、
「自分を殺す必要はねぇな。」
自身の腹に突き刺した。
「なっ!何してやがる!!」
血が、腹から勢いよく吹き出す。 その真紅の噴水は数十秒続いた。全ての鮮血を吹き出し倒れ込む寸前。アレスの身体が、操り人形の様にピタリと止まる。
血の池の波紋が全て止まった時、突き刺された刀とアレスが、共鳴するように脈打ち始めた。ドクン、ドクンと心臓のように響く鼓動は、言うようも無い不気味さを感じさせる。
彼女の顔は笑みを浮かべながら俯き、瞳は光を失い、微動だにしない。だが、ゲンジには、聞こえるはずのない彼女の声が聞こえた。
『ヤットオワル』
その声を認識した瞬間、アレスの心臓を中心に赤黒いオーラが空間を包み込んだ。そして、その胸に突き刺さった刀が、ゆっくりと引き抜かれていく。
ズズ…ズズ…と少しずつ刀身が顕になる。光沢を放つその鋼は、先程の鮮やかな蒼ではなく
───邪悪な、禍々しい赫に染っていた。
完全に引き抜かれたそれは、自然とアレスの手に収まり、持ち主を呼び起こす。
彼女も又、真紅に染っていた。
傷口は、塞がっていない。が、彼女はぽっかりと空いた胸を気にもとめずこちらに切っ先を向け、こう言った。
「最終ラウンドだ。」
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