第21話 修羅の戦
ゲルニカは、その場から全く動けずにいた。自分の前に立つ圧倒的な存在感を放つ『何か』は口角を上げ、自分の全てを見透かすような妖しい視線をこちらに向けている。
(勝てる気がしない…。しかし我が理想のためには…!!)
目の前の怪物へ駆け出す。地を駆けるその素早さは一気にトップスピードへと達し、太刀筋も姿も見えない。そしてそのまま最高速度を保ったまま突っ込んだ。すれ違いざま、2人の座標は交わり、室内には重く響く金属音と黒の閃光だけが残る。ゲルニカは肉を斬った感触は感じることは能わず、怪物にはかすり傷一つ付けることもできなかった。渾身の斬撃を防がれたことは少なからずともショックを受けただろうが、彼にはそんな事よりも、更に悲惨なことが起きていた。
彼の顔には
(まさか…これは…何を、された…)
────一筋の線が走っていた。次の瞬間、ゲルニカの躰が、顔が、まるで崩れるジェンガの様にバラバラと音を立て崩壊していく。下半身が離れ、四肢が零れ墜ちる。怪物は、冷ややかな目でこちらを見つめていた。
(がぐっ…)
しかし、体は壊れても、まだ心は壊れていない。散らばった身体のパーツが、ゲルニカの固い意思の下に集結し再び元の形へと戻っていく。その様子を口角を上げながら見守る怪物は、完全にゲルニカの姿が戻った時、三つある口を開き笑いながら語りかけた 。
「「「お前、色んな奴らから魂奪ってんな。」」」
まだ誰にも明かしていない事実を見抜かれ、ゲルニカは驚きを隠せない。
「それが…どうかしたんですか…。」
嘆息をつき、怪物は続ける。
「「「い~や?ただ面白いと思っただけだ。そのバカみたいな理想以外はな。」」」
「ッ…!」
怪物は顎に手を添え、その緋色の眼を凝らしゲルニカの心を覗く。
「「「ん~なになに?…『私がスレイヤーの力を使い世界に新しい秩序をもたらす』…か。」」」
ゲルニカの理想を全て語り終えた瞬間、ブハッと吹き出し腹を抱えて爆笑し始めた。
「「「おまっ…!下らねぇ!ホンットに下らねぇ!!!!なんだよそれっ!今どきガキでも思い付かねぇよ!!!」」」
怪物は笑い、貶し、ゲルニカの全てを否定する。これまでの苦労、選択、彼のこれまで。全てを。彼は、これまでに感じたことも無い屈辱を味わっていた。そしてその怒りは頂点に達し、怪物に直接感情をぶつける。
「糞アマが……」
こいつはここでぶち殺さなければならない。ゲルニカはその強い使命感を抱き怪物に自分の全てをぶつけた。幼い男児を攫い、自分に取り込んだ機械の力、部下に命令し抵抗力を無くしてから取り込んだ少女の焔の力、そして自分に埋め込んだエネルギー増幅装置。それらは合わさり、絡み合い、重い金属音を響かせながら形を作っていく。それは巨大な砲へと変わり、眩く、美しいエネルギーが先端から覗いている。
「」
指元の堅い引き金を弾き、蓄積された熱と光の塊を放出する。
「「「この世界の王に、お前は…いや、人間なんぞは相応しくない。」」」
放たれたエネルギーの塊は触れるもの全てを消していく。しかし、一つだけ、たった一つだけ消せないモノがあった。
「「「王になるのは、この俺だ。」」」
掌を突き出し、光線を迎える。光が怪物の掌に触れた時、それは泡沫の様に消えた。
「ァッ…」
ゲルニカの顔がみるみる青ざめていく。怪物は、野生動物が獲物を追い詰める時のようにじわりじわりと歩み寄る。
「「「お前の力、なかなか使えそうだ。しかし人間が持つにはあまりにも勿体ない、まさに宝の持ち腐れ。だから、私の一部にしてやる。」」」
その時、ゲルニカは違和感を覚えた。スレイヤーの力を追い求め数十年。世界中の文献、記録を漁りスレイヤーの正体を探ってきた。
「ど、どういう事だ…」
脂汗を垂らしながら怪物に問う。
「「「あ?そのまんまだよ。お前の力を奪うんだよ。」」」
しかし、相手の力を奪う能力などは、世界中のどんな文献にも載っていなかった。
「ス、スレイヤーにそんな力はない!!その怪物の姿も!どんな古い記録にも載っていなかった!!」
その叫びを聞いた途端、怪物の動きが止まる。
「お前は一体…何者なんだ!!!!」
怪物は狂気を孕んだ笑みを浮かべ、答える。
「「「さっすが学者!勘だけは鋭い!!いいだろう!冥土の土産に教えてやる!!」」」
指をゲルニカの額に置き、静かに口を開いた。
「「「私の名前は『エニグマ』。
─────この世の略奪者だ。」」」
「まさか…!スレイヤーの力も奪ったのか…!」
怪物の指先が、ゲルニカの頭蓋に食いこんでいく。
「ガッ…!ァッ!!」
「「「だいせいかーい。あの世で指くわえて見てろ。私がこの世界を奪う様を。」」」
やがてそれは頭を貫き、激しい血液の噴水を放射させる。そして彼の頭脳は、怪物に全て喰らい尽くされた。
「「「ふふっ…あーはっはっはっはっ!!!!」」」
高笑い。勝者の雄叫び。怪物はゲルニカから奪い取った力に酔いしれていた。
「「「やっぱり私の目に狂いは無かった!!なんて素晴らしい魂だ!」」」
全てを終えた怪物はその姿を変え、再びスレイヤーの姿に戻る。床に落ちたショットガンを拾おうとすると、後ろから気配を感じた。
「スレイヤー…どういう事?まさか…冗談だよね?」
クルエラは酷く怯えた眼でこちらを見詰めていた。震える瞳孔には少しでも信じたいという純粋な心を感じる。だが、怪物はその純情を、虫けらの如く捻り潰した。
「冗談な訳あるか。私はエニグマだ。もうお前らの知っているスレイヤーは居ない。私は全てを奪い創り変える。私の理想の世界にな。」
震える右手。その小さく弱々しい掌には、ナイフが握られていた。
「っ…!」
覚悟を決め、スレイヤーに向け突進していく。
「阿呆が」
怪物の腹に突き立てようとするナイフを避け、バランスを崩し今にも転けそうなクルエラの鳩尾に膝蹴りを叩き込む。
「ガボッ…」
溢れ出る吐瀉物。苦しみに悶え眼に涙を浮かべるクルエラ。
「楽にしてやる。」
頭に突き立てられた冷たい銃口。クルエラはただどうして…どうして…とつぶやくばかりだった。もう彼女には、抗う気力も立ち上がる力さえ湧き起こらなかった。
「じゃあな。」
引き金が弾かれる。鼓膜を乱暴に破こうとする銃声が鳴り響き、脳漿が辺りに飛び散った。そして、頭部が消し飛んだかつて人間だったモノは、ゆっくりと、糸が切れた人形の様に、地面に倒れ込んだ。
「ふぅ!さて、あと少しだ。」
屍を跨ぎ奥に進む。目の前にそびえ立つ自動ドアが開くのは、怪物にとって檻から開放されたような開放感を覚えた。
「あ~やっと終わった!!もうあの気持ち悪い家族ごっこも終わりだ!!ほんっとキツかったわ…マジで…。」
エニグマは自分の胸に手を置き、自分に向かって嘲笑いながら挑発する。
「おい見てるか?もうすぐ合わせてやるからよ。そこでただ黙ってみてな。先代さんよ。」
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