第20話 ハジマリ

 スレイヤーとクルエラはガラス張りの廊下を歩いていた。

 「で?お前はどうするんだ?」

 「何が?」

 「こっから先だよ。お前戦えねぇのにどうすんだ。絶対死ぬぞ。」

 「ああ~、まあ透明人間にでもなって君の戦いぶりを観察してるよ~。」

 クルエラは気の抜けた様子で答える。そのふやけた声は彼女のやる気をことごとく示していた。スレイヤーは呆れた様子で突き放す。

 「いいか。ぜっっったいに!足だけは引っ張んなよ!!」

 「はいはい」

 果てしない廊下の果て。辿り着いた所は扉の前だった。その扉は酷くさっぱりとしていて全く無駄がない、正に無地と言える形をしていた。

 「ワクワクしてる?」

 ドアノブに手をかけ、ニヤリと笑い答えた。

 「もちろんだ。」



 扉の先、新品のシャツのような白に覆われたその部屋の中央に、一人の男が立っていた。

 「じゃ、私消えるね。」

 「おう。」

 クルエラの姿が徐々に薄くなっていく。数秒後にはもう気配も感じられない程になっていた。

 (よし…)

 ツカツカと歩み寄っていく。背を向ける男は、まだこちらの存在に気づいていない。距離が詰まっていく。十数メートルの距離になってもまだ気づかない。これ程まで鈍感となると、さすがに期待はずれとしか言い様がない。嘆息をつき、歩みを進める為に脚を前に運んだその時、スレイヤーは異様な殺意を覚えた。これまで感じたことの無い、歪んだ思い。何かが来る事を予感し、反射的に顔を傾ける。次の瞬間、黒く輝く何かが顔の側面を掠めていった。空気の流れも何も感じない、全くもって不気味な攻撃。

 「成程……やりますね。」

 振り向かずに喋る男。その後ろ姿は言うようも無い気持ち悪さを醸し出す。

 「おら、こっち向けよ。人と話す時は目と目を合わせろってママに教えて貰わなかったか?」

 「私に母親は居ないんですがね…。まぁいいでしょう。」

 足を揃え、ゆっくりとこちらへ顔を合わせる。お世辞にも大きいとは言えない身体の上に乗っかる顔は痩せこけており、眼鏡の下にある目玉は赤く血走っていた。不健康とは正にこの身体の事を言うのだろう。

 「あなたが、スレイヤーさんですね?」

 大人しい声に載せられた言葉。姿だけでも不気味に思ったが、見た目に不釣り合いなその柔らかな声色はかえって気味悪さを増幅させた。

 「そうだが。それがなんだ。」

 男は小さく笑い、袖を破き始めた。ブカブカだった白衣は段々と短くなっていき、隠された右腕が顕になっていく。

 「っ!お前、その腕キメェなぁ…!」

 スレイヤーの引き攣った笑みをよそに、男はこう言った。

 「さぁ、コンマ1秒でも早く始めよう!」

 赤黒く、脈打つその腕はビキビキと音を立て、鋭利な黒刃へと変貌した。


「殺り合う前に教えてもらおう。お前の名前は?」

 「ゲルニカ。」

 スレイヤーは両手に持つダブルバレルショットガンに、1発1発丁寧に弾を込める。

 「OKゲルニカ。それじゃあ…」

 臨戦態勢になった銃を向け、スレイヤーはこう叫んだ。

 「LET'S LOCK!!!!!!!」

 

 2人が同時に動き出す。先手を打ったのはゲルニカだった。ただの科学者とは思えない太刀筋で手に生えた刃を振り回す。しかし、その腕に血が付くことは無かった。袈裟、切り上げ、全ての技が見切られ最小限の動きで避けられる。そして、胴体を狙った突き。やはりそれもスレイヤーの身体に傷を付けることは出来ず、そのうえ避けられ懐に潜られてしまう。前へ進むエネルギーを利用して、肘鉄。ゲルニカは為す術もなく、後方へ吹き飛ばされる。

 「まだまだぁ!」

 ダウンさせる暇も与えずゲルニカに追い付き、膝蹴りを腹に放った。速度が更に上乗せされ、ぶっ飛ぶその様はロケットのようだった。壁に激突、建物全体に響き渡るほどの轟音と共にバウンドし、その体は吸い寄せられる様にスレイヤーの下に近づく。スレイヤーはその近づいてくる胴体に、足刀。ゲルニカは再び凄まじい速度でぶっ飛んでいく。抵抗しようともせずに流れに身を任せる様は気味の悪い何かを感じさせる。が、スレイヤーにとってそんな事はまるで関係がなかった。跳ね返り、迫り来るゲルニカに再び足刀。何度も何度も、まるでサッカーの壁当てのようにゲルニカを蹴り続けた。そして20回目。構えられていたのは足ではなく、ショットガンだった。近づく胴体、十数メートル、数メートルと眩い速度で2人の距離が縮まっていく。そして、ゼロ距離。その瞬間スレイヤーは引き金を弾いた。耳をつんざく銃声、至近距離で放たれた無数の鉛はゲルニカの心臓を貫く。

 ボタボタとだらしなく流れる血液。ゲルニカは失った胸部を凝視し、

 ──────ひしゃげた笑顔を浮かべた。

 「なかなかだ…なかなかに、なかなかなかなか素晴らしいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」

 天を仰ぎ、ゲルニカは恍惚とした表情で叫ぶ。

 「私は君を探していた!!そのでたらめな強さ!人外な速さ!神さえも手を出すことが出来ない存在!やっぱり君は、『スレイヤー』だ!!!!!!!」

 スレイヤーの引き攣った顔をよそに男は続ける。

 「君を、こんな腐った世界に放っておくには余りにも惜しい…。どうだ…私と共に、『世界』を造らないか…?」

 伸ばされた左手。興奮のせいかふるふると震えるその手は、スレイヤーとの和平を求め握られるのを待っている。

 「その世界に、闘争はあるか?」

 俯き、男に問う。

 「幾らでも。」

 「そうか。」

 スレイヤーの左手は伸ばされ、

──────ゲルニカの手を握った。

 「ありがとう。早速私の部屋に行こ

 そう言い振り向こうとした時、ゲルニカの肩にスレイヤーの手が置かれる。

 「おうおうおう待て待て待て。誰がタダで助けると言った?」

 ゲルニカは一瞬キョトンとした顔をしたが、直ぐに大きく頷き納得した表情を浮かべた。

 「報酬の話ですか。無論出来る限りの要求は聞こ

 「違う違う違う。私が言ってるのはそういうんじゃない。」

 ゲルニカの言葉を再び遮り、冷酷な目で見つめる。

 「傲慢だな。ただの人間であるお前が、私の力をなんの危険もなく使えるのかと聞いてるんだ。」

 「…なるほど、分かりました。それでは何なりとお申し付け下さい。」

 深く頭を下げ、自分の中の最大の敬意を払いスレイヤーからの要求を待つ。そしてスレイヤーが顎に手を当て考え込み、しばらくした後、彼女の口が開いた。

 「本気の私に傷を付けてみろ。かすり傷でも良い。」

 「それだけ、ですか?」

 「あぁ、そうだ。」

 「分かりました…。それでは、行きますよ?」

 ゲルニカのもう片方の腕が、同じような黒い刃を生えさせた。

 「ああ少しまて、目を閉じてろ。呑まれるぞ。」

 「…?」

 言われるがまま目を閉じる。ゲルニカの視界は暗闇に閉ざされた。スレイヤーが何をしようとするかは分からない、分かるはずもない。しかし、スレイヤーから溢れ出す気配を見た時、ゲルニカは勘づいていた。『何かマズイ事が起こる』事を。

 「さて、やってみるか。」

 ショットガンを捨て去り両の掌を合わせ、指先を整え、目を瞑り何か経のような物をブツブツと唱え始めた。その一心不乱に経を唱える姿からは、ある種の狂気すら感じる。

 両手が開かれ、掌が離れる。その間からは、赤い、魂の様なものが浮かんでいた。その赤い塊は、ゆっくり、じっくりと、スレイヤーの胸に飛び込んでいく。そしてそれが完全に収まった時、スレイヤーは、何か別のものに変わっていた。

 三つの顔、六本の腕、そしてその腕達に握られている。燃え盛る焔の剣。これは、まさしく

 「──────阿修羅…!」

 目の前に立ちはだかる神は、剣同士を擦り合わせ、こう言った。

 「こい。お前の価値を見出してやる。」


 



 

 

 

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