第19話 天地
2人の少女と2つの鋼が荒々しくぶつかり合う。激しく散らばる火花の中、笑う少女は甲高い声で憤怒を浮かべる少女に話しかけた。
「ねぇなまえなんていうのー?」
その美しくお淑やかな見た目とは全くもって釣り合わない天真爛漫さは彼女の眉間のシワをさらに寄せさせる。
「うるせぇ!その見た目で高ぇ声出しやがって、気持ちわりいんだよ!!てめぇこそ誰だ!」
鎌が下から、少女の顎を突き刺そうと振り上げられる。が、それは煌びやかに光る鉄槌に食い止められた。両者、互いに後ろへ飛び退き睨み合う。
「わたしはねぇ、シャーリーっていうの!」
暴力の権化のような鉄の塊をだらんとぶら下げ微笑む彼女、その声に吐き気を催しながらも少女は渋々自分の名を答えた。
「クソっ、気持ち悪ぃ。」
「あなたはー?」
「…フレイだ。」
「フレイちゃんっていうんだ!よろしくね!」
「…もういいか?俺はお前を黙らせたくてウズウズしてんだ。」
「うん、もういいよ!レッツ殺し合い!」
その瞬間、シャーリーの雰囲気が一気に転換する。今までは遊びだったと言わんばかりのプレッシャーがフレイを包み込んでいく。その圧倒的なオーラは、彼女がその場から動かざるを得ない程だった。
「死にやがれ…!」
耐えきれなくなり、一気に距離を詰め袈裟斬りにせんと得物を斜めに振り下ろす。しかし手応えはない。振り下ろした刃は、空を切り裂いていた。
「ちっ!どこ行きやがった!」
「ここだよ。」
声の方に目を向ける。そこは────上空。しかもハンマーは既に目の前まで肉薄していた。
(こいつ!)
「おやすみ。」
フレイの頭が、鉄槌にかち割られると確信すると同時に、彼女は死を覚悟した。脳内で目まぐるしく駆け巡る妹との思い出。それは憎たらしくも、美しく、かけがえのない日々の記録。
──あぁ、もっと2人でいたかったな
無念、怒り、悔しさを噛み締め、恐怖のままに目をばっと閉じる。ハンマーが自分の頭蓋を叩き潰す感覚は…やってこなかった。
…まだ死んでない。
目を静かに開けると、自分を押しつぶそうとしていた物は、それが髪に触れる寸前で止まっていた。間もなくハンマーは頭から素早く離れ、持ち主は退屈そうな顔で呟く。
「やめだ、やめ。こんなの初見殺しも甚だしいわ。」
シャーリーは、既にトールへと戻っていた。フレイは、死なずにすんだという安堵より、一時の気分で自分の生死が決められたという屈辱が勝っていた。思わず声を張り上げ、怒鳴り散らす。
「何故殺さない!!!」
ハンマーを肩に置き、キッパリとトールは応える。
「我はお主の『本気』が見たい。いきなり潰すのも寝覚めが悪いし、何より退屈だからな。」
「………」
「さぁ、来い。我を殺めてみせよ。それとも、お主の実力はそんなものなのか?」
その言葉がフレイの理性を一瞬で消し飛ばした。頭の中が憤怒と憎しみで覆い尽くされる。
「…良いだろう。望み通りに殺してやる。」
真紅の鎌が、赤黒く変色する。
「ただし、楽には死なさん!!!」
空間に咲き乱れていた草花が枯れゆき、周りには荒野だけが残った。
「貴様に見せてやる!俺という存在を!!!!」
パンと合掌。フレイの瞳に、黒が宿る。
「黒雁鎌座!!!」
叫び、呼び出す、禁術を。忌まわしき自分自身を。フレイから拡がる泥のような液体は空間全体を暗黒に染め、トールの周りには無数の刃が浮かびあがる。刃達は刃先をトールに向け、今にも飛び出してきそうだ。
「細切れになれ!!」
鎌を、一振り。そして周りの刃はそれに呼応するようにトールに襲い掛かる。四方八方から斬りかかってくるつむじ風は確実にトールを仕留めようと死角から執拗に攻めてくる。
「素晴らしい!その調子だ!!」
迫り来る刃をひらりひらりと避けまくり、その笑みがこぼれる表情からは余裕が感じられた。トールが刃を避ける度に間合いが遠のいてゆく。
「逃げんな!!!」
それに続くようにフレイが追随する。瞬時に2人の距離が詰まり、重い鋼の塊同士が金属音を響かせぶつかり合う。ギリギリとした鍔迫り合いの中、2人は────笑っていた。
「楽しいだろう?『命懸け』といのは。」
「うるせぇ!さっさと続けるぞ!!」
両者が弾かれ、同時に仕掛けた。鎌とハンマー、2つの凶器が上段から振り下ろされる。再び鍔迫り合いとなるが、フレイがトールを抑えこむ力を不意に緩めた。
「あっ…!」
トールの体勢が前方向に崩される。顔には分かりやすくやられたと書いてあるような表情だった。
「もらった…。」
立て直す暇を与えず横に一閃──それは間違いなくこの勝負の決定打になる。フレイは確信した。
「なんてな。」
トールが飛び上がった。刃は空を切り裂き、後には虚しい風切り音だけが残る。しかしフレイは不敵な笑みを浮かべた。
「かかったな!」
トールの周りを覆い尽くしていたのは、先程襲いかかってきた刃の群れ。いくら地上で素早くても、空中だったら避けられまい。彼女はそう思った。
背中に差し迫る刃はトールの背中を貫こうと真っ先に飛んでくる。だが、手に持つハンマーはそれを食い止めた。
「上手いが、まだ浅いな。」
空中で、幾重にも重なり凄まじい速さで斬りかかってくる数十の殺意の塊をトールは弾き、押し返し、受け流す。
フレイは、今まで出会ったどんな強者でもこの技で葬り去ってきた。しかし、こいつは───この化け物は、それを受け止め目の前に立っている。
「もう、奥の手は終わりか?」
トールの周りに、パリパリと紫の稲妻が纒わり付く。
「なら、そろそろ終わりにしてやろう。」
彼女の目が鋭く変貌する。フレイは、まるで猛禽類に襲われる小動物のような感覚に陥った。そしてそれは、彼女の生存本能をより貪欲に発揮させる。
(不思議だな。ここまで生きてぇって思ったのは生まれて初めてだ。)
自分自身を奮い立たせ、心で叫んだ。
(フレア…しっかり見とけ!これがお前の、
お姉ちゃんだ!!! )
この時、頑張ってと優しい声が聞こえたのは、幻聴なのだろうか。
「我とお主、実力の差を教えてやる。」
*
「雷歩…。」
バンッ!と地面を蹴る音。トールが立っていた場所には、ひび割れた地面だけが残っていた。いつ来るか分からない打撃、どこから来るか見当もつかない破壊力をフレイは山勘だけで防ごうとする。
(後ろ!)
鎌を背後に構え、背中を防御。その勘は見事的中し、後ろから激しい金属音が聞こえてきた。防げたのは全くの幸運であるということは、言うまでもないだろう。そのまま素早くターン、遠心力のまま鎌を振るが既にトールの頭部はそこに無く、既に身をかがめ次の行動へと移っていた。
(速すぎ…!)
刃を掠め、懐に潜り込みフレイの腹に全力でハンマーを打ち込む。彼女は自分の躯にこの世の物ではとても言い表せない重さを感じた。抗うことも出来ずに後方へと吹っ飛ばされる。
(くっ…ダメージはでけぇが…離れることはできた!吹っ飛ばされてる内に体制を立て直して、
仕切り直──
途端、紫の稲妻がフレイを追い越し、こう呟く。
「逃がさぬ」
(くそっ!)
先回り。そして、迫り来るフレイの背中をまるでサッカーボールのように高く蹴りあげた。背骨が折れる鈍い音と共に、ガハッと血反吐を吐く声が漏れる。高く打ち上げられたフレイ、彼女の朦朧とした意識は、空中でなんとか保とうと必死だ。しかし、残酷な雷鳴は追い討ちをかけるようにフレイの耳を貫く。先回りし、近づくフレイの腹部。狙いを定め、ハンマーを高く鉄槌を掲げる。
「さらば。」
心、力、技全てを込めて打ち落とした。フレイは為すすべもなく地面に激しく叩きつけられ
─────決着。
「ふぅ…。」
死闘の余韻に浸りながらも、トールはすかさずフレイの生死を確かめる。手のひらから伝わる人間と変わらない熱、彼女の心臓の鼓動。それを感じ取ったトールは、フッとにやけた。
「あれを食らっても、尚生きるか。…お主は、本当に怪物だな。」
胸ポケットからペンと紙を取り出し、ある事を書き出す。それをフレイの腹の上にサッと置き、カリンを起こしに行った。
目の前に横たわる眠り姫に歩み寄り、向こう側に寝返っている顔を覗くと、トールは深いため息をついた。
「全く、呑気なものだ。我らがあんなに激しい戦いを繰り広げていたのに、こんなにも安らかな寝顔で寝れるのは、大した度胸だ。」
涎を垂らし、幸せそうな顔で爆睡してるカリンの頬をぺちぺちと叩き、声を掛ける。
「ほーら、終わったぞー。起きろー置いてくぞー。」
「はっ!待って!」
人形のように飛び起き、周りを見渡す。
「フレアちゃんは?」
「寝ておる。」
「そうですか。」
トールはカリンの手を掴み、強引に起こす。
「ほら、往くぞ。」
「了解でーす。」
ずるずるとそのまま引っ張られ、奥の扉の先に進んだ。
*
静かに壁にもたれ、ひたすら傷の完治を待つフレイ。もう少しで寝落ちてしまいそうだったが、心の中でばかみたいにデカい声がそれを阻止した。
(お姉ちゃん大丈夫?!)
「あぁ…なんとかな…。」
フレイはボーッと、ただひたすらに自分の手に残る戦いの余韻を感じていた。最後のあの時、薄れる意識の中感じた違和感を、フレアに問う。
「お前、ギリギリで代わっただろ。」
心の内で、フレアがバタバタと慌てふためくのを感じた。
(な、なんでわかったの?)
大きくため息をつき、呆れ果てた様子で応える。
「いっつも余計なことばっかりしやがって…
何年一緒にいると思ってんだよ。
入れ替わる瞬間ぐらい分かるわ。」
ごめん…と小さく謝る声が、胸の中を埋め尽くそうとするが、それに食い込むようにフレイが被せる。
「でも、お前のおかげで、俺たちは今生きている。」
フレイは今までの、どの言葉よりも心を込め、優しく自分の想いを伝えた。
「ありがと」
1人は羞恥が、もう1人は嬉しさと恥ずかしさが1つの体の中の2つの心を覆い尽くし、姉妹のふふっという小さな笑いがこぼれた。
戦いの傷が癒えてから、しばらく寝そべっていると、ふと、自分の胸の上に軽い感触を感じた。
「なんだこれ。」
1枚の紙に達筆な文字で書かれた物、それは──
「ETERNAL…。ったく…本当にどこまでもムカつくヤツだ。」
(どうしたの?)
のそりと立ち上がり、檻の出口へ歩み出す。
「ここから出るぞ。」
(ええ?!だ、ダメだよ!殺されちゃうって!)
「安心しろ。手負いでもただの人間くらいわけない。」
(やーだ!怖い!)
「ハンバーグ食いたくねぇのか?」
(食べる!)
「じゃあ出るぞ。」
重い鉄格子を強引にこじ開け廊下を進み、大量の死体が転がる入口を抜ける。その先には
────自由が広がっていた。
*
暗い廊下の道中、トールが突然立ちどまり、ボソッと呟く。
「あやつら、無事だろうか…。」
「どうしたんですか?」
「あ、いやなんでもない。」
「ほんとぉ?」
そのまま歩みだし、カリンはトールの先を行く。
「カリン!」
「もう、なんですか!」
「次帰った時、お主は驚くだろうな。」
怪しい笑みを浮かべるトールに不信感を抱きながらも、先に進むことを催促する。
「わけのわかんないこと言ってないで、さっさと進みますよ!皆が待ってるかもしれません!」
「はいはい。」
再び無機質な空間を進む2人。トールが見たカリンの後ろ姿は、少しだけ大きく見えた。
*
だだっ広い空間の中央に、ポツンとリクライニングの椅子が存在している。その上にダランと腰掛ける男に、スレイヤーは遠くから声を掛けた。
「よう、お前がここの番人だな。」
何も無い無機質な空間、それはどことなく実験室のような雰囲気を醸し出している。中央に見える白衣を着たブロンズ髪の男は、四角いメガネを輝かせこちらへ振り向いた。
「待っていたよ。君は…スレイヤーくん、で良かったかな?」
大人しく、おっとりした声をスレイヤーに浴びせ座っていた椅子から飛び降りる。
「君の力が早く欲しくて堪らないんだ。早く始めよう。」
大きく開いた瞳孔──その目は間違いなく狂気を孕んでいる。
ブカブカな袖を破き、中から出てきたのはもはや人間のものでは無い、皮が無く肉が剥き出しになった腕。
それはドクンドクンと脈打ち、まるでそれ自身が独立しているようだった。
スレイヤーは武者震いしながらも2丁のショットガンに1発1発丁寧に弾を込める。銃口を男に向けこう叫んだ。
「Let'sRock!!!」
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