第18話 2面少女

 電灯がポツポツと配置された廊下を2人は歩んでいた。ヒンヤリとした空気は、カリンの緊張をより一層高めていく。

 「お主大丈夫か。震えておるぞ。」

 顔は青ざめ腹を抑えながら歩くその姿は、先程の狂戦士ぶりとはまるで真逆だった。

 「だって…、何が出てくるか分からないじゃないですか…。もしかしたら、ぐちゃぐちゃの化け物が出てくるかも…。」

 トールは「はぁ…」とため息をつき、カリンに囁く。

 「歯ァ食いしばれ。」

 「へ?」

 トールの腕が鞭のようにしなり、彼女の背中を

バチーン!!という轟音でぶっ叩いた。カリンの慎みの欠けらも無い叫びが廊下全体に響き渡る。

 「あああああああああああぁぁぁ!!!」

 トールの手の平が背中にジンジンとくっきり残っているのが分かる。苦しみ悶絶する最中、こんな痛みを与えてきた張本人は何事もなかったかのように手を差し伸べてきた。

 「ほら、立て。」

 顔を歪めながらも手を掴み何とか立ち上がる。トールは涼しい顔で問いかけてきた。

 「どうだ。緊張は解れたか。」

 カリンは少し睨み気味で答えを返す。

 「そんなこと…。気にする余裕ありませんよ…」

 トールはフッと鼻で笑い、こう呟く。

 「それでいい…。」

           *

 日光は部屋全体に行き届き、部屋中に草花が生えている。穏やかな風が流れる部屋の中央には、長く白い髪を垂らしている少女が1人ペタンと座っていた。

 「どうしましょう…。お姉様。」

 彼女は静かな空間で1人呟く。そのか細い声は、自分のうちに眠るもう一人の自分を呼び覚ました。

 「あぁ?!そんなの前みたいにぶっ殺せば良いじゃねぇか!お前のその立派な鎌はなんのためにあるんだよ!!!」

 同じ口が先程とは真反対な荒々しい口調でがなり立て、もう半身を奮い立たせようとするが、その片割れは怯えるだけだ。

 「で、でも…。もう私は…、だれも傷つけたくありません!だって可哀想ですもの!」

 「かあ~!だからお前はいつまで経っても私より弱いんだよ!いいか!お前と俺は文字通りの一心同体!お前が弱かったら俺が困るんだよ!」

 「うぅ~…ごめんなさい~…。」

 ギャーギャーと忙しなく感情が入れ替わる一人喧嘩は扉が開く金属音に止められた。

 「わぁ!来ちゃいましたよー!!」

 「覚悟を決めろ!やるしかないんだよ!!」

 

 「なかなか悪趣味な扉だな。」

 「なんか、檻みたいですね…。」

 まるで怪物を閉じ込める檻のような、厚く錆びた扉を開く。花が咲き乱れた広い空間の奥には、1人の少女が鎮座していた。

 「すいませーん!私達奥に進みたいんですけど何か知りませんかー!」

 「やめろ。」

 「痛てっ。」

 大声で少女に呼びかけるカリンの頭を軽くはたく。

 「もし敵だったらどうする。不用意に近づいたら危ないぞ。」

 「でも、敵じゃなさそうですよ?」

 少女の眼は、酷く怯えていた。脇に抱えた大振りの鎌をスラリとした躯で抱き抱え、涙目でこちらを見つめてくる。

 「教えてくれるだけで良いんです!今からそっちに行くので!待っててください!」

 少女に向け、歩み出す。しかしじわじわと近づくその足は、少女の叫びに止められた。

 「あ、あのっ!ダメです!通っちゃダメです!帰って下さい!」

 腹の底から絞り出された訴えにカリンとトールは耳を貸さずにはいられなかった。

 「何故だ。何か都合が悪い事でもあるのか。」

 何かを見透かすような目で問い詰める。少女は立ち上がり、足をプルプルと震えさせながら答えた。

 「と、とりあえず!通っちゃダメなんです!通ろうとすれば、し、死にますよ!!」

 久しぶりに腹の底から出した渾身の叫びを、少女は酷く後悔した。

 (あぁ何言ってんの私~!)

 (何してんだ代われ!)

 彼女の人格が素早く入れ替わり咄嗟にフォローする。侵入者2人をこれでもかと睨みつけ、こう叫んだ。

 「いいかクソあま共!1度しか言わねぇからよぉく聞きやがれ!さっさと消えろ!ぶっ殺されたかったら話は別だがな!!」

 それを聞いたトールは、ニヤリと笑いこう返す。

 「ほう、…それでも進む、と言ったら?」

 「さっきも言っただろう。殺す。それだけだ。」

 「良い覚悟だ。構えろカリン。やるぞ。」

 「…ふー。分かりました。」

 両者、痺れるほどの緊張感が空間を覆い尽くす。一触即発のこの状況だが、ここで怒りを露わにする少女の目は再び穏やかな目に戻った。

 (バカ!おまっ…!いい所だったのに!)

 (やっぱダメだよこんなの!私が説得するから下がってて!)

 (さっきの会話聞いてなかったのか!もう始まってんだよ!!ほら来た来た来た来た!!)

 少女の目の前にはカリンが放った弾丸がすぐそこまで迫ってきていた。咄嗟に得物を横に薙ぎ、ブンという風切り音がそれを真っ二つに裂く。

安堵し、話をする為にカリンを視界に捉えようとたが

  ───いない。

 (消えた?!どっ、どこ!?)

 「ここだ。」

 囁き声が後ろから耳に入ってくる。声の方に目をやると、既に白い拳が少女の顔に向かい解き放たれていた。しかしそれはすんでのところで手の平に受け止められる。カリンは拳をそのまま押し付けながら少女に語り掛ける。

 「さすがに強いですね…。あなた、名前は?」

 「ふ、フレア…。」

 「そう、フレアちゃん。私たち、本当は戦いたくないんです。あなたが道を開けてくれたらとっても助かります。」

 「は、はい…。」

 「だからお願い。そこどいてくれませんか?」

 「そ、それは…。」

 明らかな敵意を持った視線で睨み付けてくる。

 フレアは直感した。

    もう、この人たちには話は通じない。

 そう、確信した。

 再び人を切り裂く感触を味わわなければならなくなった自分と、これから死にゆく心優しき人物の運命を嘆き悲しみ、怒りと共に掴む拳をぶん投げた。

 「出来ません!!!」

 「ッ…!」

 カリンは受身を取り敵に目を向ける。

 フレアは───泣いていた。大粒の涙を流し、ひたすらにこう呟く。

 「もう、いやだ…。」

           *

 カリンは、こう考えていた。

(私の射撃が弾かれた…。もしかしたら、勝てないかもしれない…。でもそれは私一人だけの場合の問題!2人なら…)

 「ダメだ。」

 「えっ!?」

 「お主、今2人なら、と考えていたろう。」

 「は、はい…。」

 恐る恐る、顔色を伺いながら返事をする。直後、空間に怒号が響き渡った。

 「甘えるな!!!」

 ひっ…とカリンが小さく鳴き、おののきながらもトールの言葉に耳を傾ける。

 「これから貴様は長く孤独な戦いが続く!そんな覚悟で貴様の復讐が成し遂げれると思ったら大間違いだこの愚か者!」

 「いいか。我は今回、貴様が本当の命の危機に瀕するまで一切手を出さない。1人でやってみろ。

 これが、最後の訓練だ。」

 その厳しくも優しさを感じる声色は、かつての両親を思い起こさせる。

 そして、それは逆にカリンの逆鱗に触れた。

 「そう…ですね…。分かりました。

 …殺ります。」

 フレアとカリン、2人が向き合いお互いの懐を探り合う。微動だにしない10秒間、それは永遠のように思えるほど長く、刹那ほどにも短い。

 先に動いたのは───カリンだった。

 トールとの手合わせの時とは比べ物にならないほどの集中で銃を引き抜く。そしてフルオートと錯覚する様な高速連射。全弾撃ち終わるまで、僅か2秒。5発の弾丸はそれぞれフレアの四肢、頭に飛んでいき確実に仕留めようとする。が、着弾の寸前黒い軌跡が凶弾を弾き落とした。間髪入れずにフレアが間合いを詰め、カリンの頭をかち割らんと鎌を振り下ろした。身体を捻り、避ける。刃がカリンの顔を掠め地面に突き刺さり、その周りにはひびが入ってた。バックステップで距離を取り、すかさずリロード。

 (普通の弾では歯が立たない…。だったら!)

 突撃してくるフレアの脳天にしっかりと狙いを定め…

 「貫け!」

 引き金を弾いた。空を切り裂き、突き進む緋色の弾丸はさながら流星のような輝きを放っていた。

 「…!」

 フレアは動揺していた。今まで数々の弾丸を弾いてきたが、これは始めてのパターンだった。凄まじい高熱を撒き散らし、剥き出しの殺意をさらけ出しながら突進してくる。彼女は反射的に上に飛び上がった。弾丸は真下を通過し壁に突き刺さる。

 「くそっ!」

 彼女の胸の内は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。────瞳が美しい。この美しい宝石から光が失われると思うと、胸がキュッと締め付けられる感覚に陥った。しかし躊躇なくカリンの身体を一刀両断にしようと真っ直ぐ振り下ろす。カリンの頭に刃が当たる…次の瞬間、視界が真っ白に染まりあがった。

 (!!!)

 刹那の間、フレアは戸惑ったがそのまま振り抜く。手応えは皆無。どうにか見失ったカリンを知覚しようとするが、スモークグレネードの排出音と肌を撫でる煙の感触に阻まれ、捉えることは出来ない。

しかし、

 ────いた。

 一瞬現れた影に素早く反応。バッと振り向き、斬るべき敵を見る。眼前には、拳が迫っていた。白く細いが強い意志を持つ、力強い拳。カリンだ。急激に眼前に肉薄する力の塊。体が反応した頃には時すでに遅し───

 「ビンゴ!!!!!!」

 カリンはこの一撃に、全身全霊をかけていた。この不意打ちは、2度は通じない。そう理解するのは戦闘経験の浅いカリンでも難しくはなかった。

 『壁』をぶち破り、先の景色を見る。彼女の頭は、それ以外の全てを消し去っていた。フレアの頬にインパクトする瞬間、顔面の肉、骨を打つ感触が拳から脳に送られる。拳に痛みを感じながらもそのまま殴り抜けた。フレアは、白目を剥き、ゆっくりと地面に倒れ───起き上がることはなかった。

 「勝っ……た…?」

 「しゃああああああ!!!勝ちましたよトールさん!!どうでしたか私の作戦は!完璧でしたよね!ねっ!!」

 小躍りで勝利を噛み締めるカリン。一方トールは、酷い違和感に襲われていた。

 (何かがおかしい…あの気配でこんなにあっさり倒されるはずがない。

 先程顔を出したもうひとり…!…まさか!)

 その事実に気づいた時には、既に刃はカリンの首へ必死に刀身を寄せていた。

 「カリン油断するな!!!」

 全力で、正確無比にハンマーをぶん投げる。狙いはフレアではない。彼女の首に刃が届く寸前、ハンマーはカリンの横っ腹に当たり彼女のグベッと言う鳴き声と共に吹っ飛んでいった。

 (なんとか間に合った…。しかし、あいつは…)

 ゆらゆらとした立ち姿から見えるのは、圧倒的な力の奔流。彼女から溢れる憤怒の感情がトールを舐め回す。

 「…よくもまぁ、やってくれたな…」

 ゆっくりとドスが効いた声で語り掛けてくる。

 「てめぇが親玉だな。」

 黒曜石のように黒光りする刀身が、みるみる緋色に染まりあがっていく。

 「来い。引き裂いてやる。」

 これでもかという低重心な構えは今にも飛び出してきそうな迫力を有している。トールは身震いしていた。これからこんな奴と殺し合うと思うと───

  ───ワクワクが止まらない。

 思わず口角が上がってしまう。

 「貴様何が可笑しい!!」

 「ふふっ…いや気にするな…。

 ちょっと……。」

 気絶したカリンの下にあるハンマーを手元に戻し、ダランとした構えをとる。およそこれから戦うとは思えない程の脱力。少女は魂の奥底からこう思った。こいつを殺したい、と。

 「死ね。」

 少女の姿がトールの視界から消え失せる。周りからは、足音も、空気の流れも感じられない。しかしそんな状況でもトールはダラダラしていた。緊張感の欠けらも無い、ゆらゆらとした隙だらけの立ち姿。

 今だ────

 少女はそう思った。死角から一気に畳み掛ける。首を取ることだけに全神経を注ぎ、振り下ろされる刃は残像さえも見えない。その凶刃はトールの頭と胴を真っ二つに裂こう首にふれ───

 ガイィン!

 なかった。刃が触れるほんの数cm、金属と金属による火花が撒き散らされた。刃が、ハンマーの柄に食い止められている。少女はトールを唖然とした表情で見つめた。トールはそれに答えるようにゆっくりと振り返る。

 「クソっ…化け物が…!」

 「どっちだよ。」

 浮かべる笑顔。それはまさに

───狂っていた。



 

 

 

 

 

 

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