幕間 分かれ道
肩にポツリと水滴が落ちるのを感じ、反射的に空を見上げた。円形に大きく空いた穴から見える空は、澄んだ青色が広がっているくせにパラパラと細かい雨を落としてくる。それは血で穢れた自分を洗い流すシャワーのようにカリンを濡らした。目を落とし、彼女は自分自身の手を見る。
もし、神がいるとしたら、私がもつこの力は本当に復讐の為だけに与えられのだろうか。
真っ赤に染められた手の平を、戦いのあとの余韻に浸りながらただ呆然と見つめ、疑問を浮かべた。
「おーい早く来いよー。置いてっちまうぞー。」
ハッと顔をあげる。向こうには、仲間たちが扉の前でカリンを待っていた。…そうだ。そんな事は、終わった時に考えればいい。迷っている暇なんかない。今はただ、突き進むのみ。カリンはそう自分を奮い立たせ、扉に向け歩き出した。
「今行きまーす。」
*
扉はとても分厚く、銀行の金庫を連想させる造りで出来ているが、鍵はかかっていない。ギィという音ともに鉄の塊を押し退け、先に進む。扉の内側には無機質で純粋無垢な白の1本道がつづいていた。窓ひとつない空間はとても息苦しく感じる。ゆっくりカツ…カツ…と硬い音を鳴らして進んだ数分後、何事もなく最奥へとたどり着いた。
「んだよ警戒して損したわ。」
「何かが飛び出て来て面倒なことになるよりはマシだろ。」
「そうだがな…。」
渋い顔をするスレイヤーの真正面にそびえるのは一見なんの仕掛けもないただの壁。スレイヤーがペタペタ触り何か仕掛けがないか探るが、首を傾げるばかり。そんな姿を見限ったゲンジが呆れた顔でスレイヤーをどかした。
「…俺がやる。」
ゲンジの指は中心を指し、そこから一筆書きで五芒星を描く。その軌跡は紫に輝き、若い女の機械音声が流れた。
『承認、完了しました。今日もより良い世界を創る為に、頑張りましょう。』
「すげーどこで覚えたんだ?」
「秘密だ。」
自動ドアのように壁が縦に割れる。奥の部屋は暗黒に包まれており、全くもって先が見えない。
「進むぞ。」
次々とゲンジから順に先頭から中に踏み入っていく。白い廊下には誰もいなくなり、扉は元の白い壁に戻った。
*
「へー…すげー…。」
スレイヤーらは暗闇の先に広がる光景に唖然としていた。ひんやりした空気が流れる部屋はあまりにも広大で、周りは先程とは正反対なゴツゴツとした黒曜石で出来ていた。一筋の光が差すそれぞれ三本に分かれている道の壁には、
片方は笑い片方は泣く、向かい合った2つの顔
周りに無数の武具を囲ませる剣士
様々なからくりが描かれた右手
の壁画が右から順に描かれていた。
「…どうする?」
「我はカリンと共に右へ行く。察するに、相手は2人だ。丁度いいだろう。」
「賛成です。」
「じゃ、先に行っておるぞ。」
カリンとトールが暗闇へ進む。
「私は左だな。あの腕、楽しそうだ。
ゲンジー、うっかり死ぬなよー。」
「あ、待ってよ私も行くー。」
スレイヤー、クルエラも暗黒に向かい踏み出し、姿を消す。一方ゲンジとアレスは、目の前にある階段を見つめていた。
「…選択肢は、無いな。」
「いつもの事じゃないですか。落ち込まないで下さい。」
「慰めるの下手くそか。…まぁいい、進むぞ。」
「了解。」
階段を1段ずつ登り、夜より暗い道を歩いていく。いつもならまだ見ぬ敵にワクワクしながら歩むが、今回の足取りは重かった。
「顔が暗いですよ。自分の趣味でもバレましたか。」
「…お前の事だ。どうせ分かってるんだろ。」
「はい。…ですが、もう後戻りは出来ません。私達は、乗り越えなければならないのです。もう、縛られたくはないのでしょう?」
「……わーってるよ。…サンキューな。」
「どういたしまして。」
覚悟を決め、力強く段を踏む。過去を乗り越え真の自由を勝ち取る、その為に。2人の後ろ姿は、深淵の闇の中に溶けていった。
*
~モニタールーム~
青白い光が包む部屋の中で、クリトがある3人に指示を下す。しかし命令するその声は酷く冷たく、人間としては扱っていないことを示唆していた。
「いいか。今回の侵入者は今までの比ではない。かなりの大仕事だ。だが、そんなことは関係ない。それが貴様らの仕事だ。必ず死守しろ。」
膝をつき黙ってそれを聞く姿は、主従関係をこれでもかと分からせる。
「以上だ。あぁ、アレスは少し残れ。」
右と左のモニターからの通信が途絶え、真ん中にだけ1人の顔が映っている。腰まで伸びた黒髪をたなびかせ、モニターを見つめる青い瞳は、クリトからの言葉を待っている。
「ゲンジが帰ってきた。」
その名を聞いた瞬間、眉間のシワが寄せに寄せられた。
「今、お前の部屋に向かっている。引き抜くも殺すもお前次第だ。好きにしろ。」
アレスが見つめるモニターは通信を終了し、SEEDのロゴが青い画面に浮かぶ。
彼女の握り拳には、血が滲んでいた。
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