第17話 蹂躙②
怪物2人が暴れている間、カリンとトールは突っ立っていた。加勢の必要がない。次々と血と肉が飛び散っていく中、カリンはそう思った。だが、自分達だけがターゲットにならないというそんな甘っちょろい戦場があるなら苦労はしない。1人の兵士がこちらの存在に気付く。
(右の奴はともかく、左の奴は弱そうだ。)
そう思った。この暗い絶望の中に1つの明かりが見えた気がした。カリンに向け、駆け出す。
「うわ、来ましたよ。」
「我らのことを舐めておるのか?まぁいい、丁度いい機会だ。我の、そしてお主の実力を見せつけてやろうぞ!!」
「おー!」
*
先程の兵士を筆頭に次々となだれ込んできた。よく観察し、敵の情報を盗む。ここでトールは兵士の装備に違和感を覚えた。装備が、ライフルではない。それぞれが剣や槍、とても現代の軍隊とは思えない得物を持っている。どうやら、向こう側は変わり者が多いらしい。しかしいくら武器の達人で、歴戦の猛者だろうが、例外を除いて神の前では無力。なんの意味もない。
「貴様ら覚悟しろ。裁きの…時間だ!!」
集団目掛けハンマーをぶん投げた。質量の塊は十数人を巻き込み壁に突き刺さる。ぐちゃぐちゃに壁に潰れた死体は、一種の芸術なのではないかと疑うほど美しい。しかし完成の余韻に浸っている時間はない。ぐるりと取り囲む40人は間髪入れずトールを切り裂くために攻撃を仕掛ける。
明らかな殺意を持った数々の凶刃はトールの首を落とそうと襲いかかってくる。それらは彼女の胸を、身体を貫き、首を体から斬り離す────かと思われた。
トールの全身が輝き始める。その光のシルエットはみるみると縮み、かつての幼女の姿、シャーリーがその場に現れた。
「さぁ!ぶっ潰してあげる!!」
小さくなったことにより兵隊の狙いは外れ、刃は空を斬る。それにより生まれた隙に平面360°に素早く足払いし、全員ではないが、12人の男の体が宙に浮いた。
「来い!」
その一声はシャーリーの変身と入れ替わりで巨大化したハンマーを呼び起こし、肉に埋もれた鉄塊は幼い神の手に戻る。しかしその轟速の勢いを完全に抑えるにはシャーリーのその姿は小さすぎた。だが、これははるか昔の戦いからの直感なのだろうか。彼女はそれを逆に利用した。両足を軸に、受け止めた勢いを使い遠心力で回転する。その狂気のメリーゴーランドは浮いている兵士達を1人、2人、5人、9人、12人と巻き込み壁へと吹き飛ばす。兵士達が壁に激突する瞬間、グチャッと人の体が壊れる音が聞こえてきた。あと、28人。正面から同時に刺突を仕掛ける2人を頭から叩き潰し、そのまま振り向かず後ろへ重力に任せ振り下ろす。背後から斬りつけようした3人はまとめてひき肉となった。続いて4人が四方から波状的に攻めてくる。ハンマーを起こす暇はない。誰かから武器を奪うしか。
1人目、振り下ろしてくる剣を素手で掴み青空へ力ずくでぶん投げる。兵士は剣だけ残し、どこか遠くに飛んでいってしまった。シャーリーがこれを狙ったかどうかは知らないが、武器を手に入れることに成功。材質は分からないが、しなやかで軽く、それでもってチタンで造られているような丈夫さも持っている。かなりの逸品だ。使わないという手はない。間合いに入ってきた2人目の喉に突き刺し引き抜く。その時彼女はジャラジャラとした金属音を柄の中から聞いた。
(これ、中に鎖がある!)
無邪気な、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものような笑顔を浮かべる。その顔は、兵士達の目には悪魔の笑みに見えただろう。
3人目はまだ少し遠くにいる。兵士は油断していた。武器を持っていたとしても、まだあいつの間合いではない。愚かだが、そう思っていた。シャーリーは柄にあるロックを外し、鎖を伸ばす。全長7mはあるだろうか。彼女はそれをカウボーイのように頭上で回し、風切り音が鳴り始めた時、兵士に向かい解き放った。刃は弾丸のように直進していき、男の脳天に突き刺さる。クイと引っ張ると、金属音とともに素早く鎖が戻っていき、噴水のように血が吹き出す。死にゆく男の顔は驚愕に満ちていた。恐らくこの機能は誰も知らなかったのだろう。
「まだまだいくよ!」
鎖を四方八方、鞭のように振り回す。半径7m、近づいてくるもの全てを斬り伏せていく。刃は加速し、もう人の目では捉えるることはできない。兵士の首が次々と落とされていく中、逃げ出すものが現れた。当然といえば当然である。しかしその逃走が叶うことはない。すぐ後ろでは、他の化け物が仲間を蹂躙している。やるか殺られるか。このふたつしか兵士の選択肢は残されていなかった。
数々の悲鳴が聞こえてくる中、1人の兵士が地面を力強く踏むにじる。足は子鹿のように震え失禁するほど恐怖していた。
が、魂までは屈していなかった。立ち上がるその後ろ姿は、ただの兵士ではなく、戦士としての背中だった。
やれることをやる、彼の故郷の家訓だ。息を潜め、足音を消す。背後に静かに回り込み、完全に化け物の背中を捉えた。あいつはまだ、気づいていない。
踏み出す。同胞のために。駆ける。故郷のために。ここで刃がかすりもしなかったのは、彼自身の豪運のおかげだろう。残り、2m。化け物の背中を斬り裂く。彼の頭はそれでいっぱいだった。しかしそのせいでシャーリーの異変に気づけなかったのはなんとも哀れな話である。刃は、元の剣の姿に戻っていた。だがこの距離ではもうその鎖では何もできまい。戦士はそう思った。小さい体を真っ二つにせんと、彼はナイフを振り下ろす。男の1回の瞬き、目を開けた時、ナイフは─────空を切っていた。
「お兄さん、卑怯だね。恥ずかしくないの?」
背中を取られていた。すぐさま化け物の顔に向かい腕を後ろに振るが、それは軽々と片手で止められてしまう。必死に腕を引き離そうとするが、全く離れない。見た目と釣り合わない剛力でがっしり掴まれおり、まるで岩を引っ張っているような感覚に陥った。そして、化け物の手には、光り輝く刀身が…
「卑怯者は、こうだ!!」
高く掲げ、頭の頂点から真っ直ぐ振り下ろす。無慈悲な刃は勇敢な若者を縦に二つに分け、誇り高き肉片へと変貌させた。
嘆息をこぼし、シャーリーはそこら中に転がる屍を、冷ややかな目で見下ろし、最上級の侮蔑を送る。
「せいぜい地獄で頑張れよ。クソ共が。」
*
「これ…できるかなぁ…。」
カリンは、不安を感じていた。仕方の無いことだ。60人の敵が自分の周りに群がっていたら誰でもパニックになるだろう。
「でも、やるしかないよね!かかってこい!」
それが聞こえたかどうかは知らないが、兵隊はまるでダムにせき止められた水が解き放たれた時のように一斉に襲ってきた。カリンは目を閉じ、深く息を吐く。周りに仕留めるべき相手を気配で、耳で感じとった。今仕留めることができるのは、6人程。そして数秒後、その6人が、射程に足を踏み入れてきた。
(今!)
目を見開き銃を抜く。前後左右、あらゆる方向に乱射しホルスターにしまった。ここまでの動作、約1.6秒。先陣を切っていた兵隊の動きが止まる。
パチン。彼女の指なりの音が鳴り響く。それを合図に12人の兵士が、操り人形の糸が切れたが如く倒れ込み、顔の見えない死体からはタラタラと血が流れていた。
(お、意外と貫通するんだ。)
カリンはそう感心していたが、そんな時間はどこにもない。まだ48人残っているのに加え、兵隊が全く怯まずに突撃してくることによりリロードの暇がないからである。生憎彼女はまだそのような技術は身に付けていなかった。しかし、カリンは焦らない。この時のために、自分の力を操る練習をしていたのだから。
「さぁ、ここらが本番だ…。」
目を閉じ、あの日々を思い出す。度重なる猛練習の中、カリンは新たな自分の力の特性を発見した。その新たな特徴とは、『どう殺すかを決めることが出来る。』というものである。
つまり、今までは相手がどう死ぬかだけであったが、これからは『自分が』どう死なせるかという直接的な手段を用いることが出来るということだ。
今の彼女の頭の中は、自分の拳の跡がついた山積みの死体で満たされていた。目を見開き、差し迫る兵隊を直視する。そして心の奥底には、この感情だけが渦巻いていた。
殺す
と。
1人目、突進してくる刃を右に避け、近づく兵士の顔面に拳を合わせ振り向く。骨が砕ける鈍い音共に兵士の体が吹っ飛んだ。背後から襲ってくる2人目は肘打ちで鳩尾を突き、ノックダウンさせ、左右から同時に攻めてくる3、4人目の頭を掴み木の実を割るかのように顔面を叩き合わせゴミのように投げ捨てた。5人目、針を刺すような正確さと岩石よりも重いカリンの拳を数回弾き、反撃にでる。その突きは並の兵士の何倍も速く。男がいかに手練かを表していた。だが、そいつの運命は既にカリンの手の中。自分を貫かんとする刃をくぐり抜け、胸を全力で殴り抜ける。それは男の心臓を吹き飛ばし、ぽっかりとデカい穴を開けた。その後も次々と兵士達を殴り飛ばしていく。腹を貫き、四肢を砕き、首を体から引きちぎっていった。返り血で染まりながらも敵を砕くその姿は、まるで鬼神のようだった。
「あと、5人!」
44人目、振り下ろされる刀を素手で掴みへし折り、その破片を男の喉に突き刺す。45、46、47、馬鹿みたいに直線に並ぶ3人を後ろ蹴りで貫く。その蹴りは槍より鋭く、まとめて腹中央に風穴をあけた。48人目、最後の1人、全滅したくせにまだ諦めないその兵士の根性は見上げたものだ。勇敢な男は、悪魔を葬るためにカリンに近づき機動力を無くすため、脚を切断しようとするが、それはジャンプで回避されてしまう。
「これで…終わりだ!!」
落下エネルギーが加えられた固く握られた拳は、人1人を殺すだけにはオーバーなパワーで振り下ろされ、男の頭部を消し飛ばした。
殲滅を終え、自分の周りには、見るも無惨な死体がゴロゴロと転がっている。
カリンの顔はとても爽やかな笑みを浮かべていた。
*
「カリン、終わったか。…これは…。」
トールが見た光景は、少なくとも1箇所は部品が欠けている死体の上に、あぐらをかいて座る、カリンの姿だった。彼女は光る汗をトールに向け、部活終わりの高校生のような爽やかな笑顔でこう告げる。
「楽しかったね!」
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