第16話 虐殺 ①

 ここは深い深い森の中。人間の痕跡がなにひとつないこの獣道はそれはそれは穏やかで、この先に非道な研究施設があるとはとても思えない。野鳥が優雅にさえずる中、スレイヤーが口を開く。

 「分かるか?カリン。」

 こちらを見ずに会話を振ってくる。唐突すぎて何も分からないまま聞き返してしまう。

 「な、何がですか?」

 スレイヤーはある樹木の枝の間を指さし、赤に点滅する監視カメラを示した。

 「…っ!」

 「そうだ。私達は見られている。そして、それは同時に敵地に入ったってことだ。心の準備をしておけ。じき着くぞ。」

 真っ直ぐ進んでいく。間もなく暗いトンネルが見えてきた。入口は真っ白なコンクリートで、それは森の背景とは酷く似合っておらず、不自然だった。

 「あ、そうだ。カリン、最近敬語に戻ってるけどどうしたんだ?やっぱまだ信じきれてないか?」

 スレイヤーは歩きながらこちらを振り向き、少ししょんぼりとした目で見つめてくる。カリンはそんな誤解を解くべく、優しくスレイヤーに返した。

 「こっちの方が喋りやすいだけですよ。安心して下さい。」

 「なら良かった!」

 パッと元の明るい表情に戻り、再び前を向き暗闇の中を歩き始めた。

           *

 ここはSEED研究所本部。最奥のモニター室にある無数の画面から発せられる青白い光が広い部屋を覆う。それぞれの画面を数々のオペレーターが管理している中、1人が異常を見つけた。

 「Mr.クリト。侵入者を検知しました。数は6名。我々が指名手配させた5人と1人です。警戒レベルをあげますか?」

 SEED代表取締役社長、クリト。年齢は若く、スーツに身を包み、きっちりと揃えられた髪に鋭い目付きはいかにも切れ者という雰囲気を醸し出していた。普段は固く結ばれている口、それが珍しく口角が上がる。

 「来たか…。」

 椅子から立ち上がり、号令を下す。

 「警戒レベルは最大だ!今出れる最高の精鋭を集めろ!今回の侵入者は只者ではない!この防衛に、 今までの全てを懸けろ!!!」

 『了解!!!!!』

 檄を飛ばし、全員が動き出す。それぞれが与えられた役割を全力で果たし、その練度は並の軍隊を遥かに凌いでいた。配備が完了するまで10分は掛からない。今回集められたのは数多の激戦を勝ち抜いてきた歴戦の戦士たち。負ける気がしない。クリトは、そう思っていた。

           *

 奥に光が見えてきた。出口はすぐそこだ。これから始まるであろう戦いに昂る胸を落ち着かせ、全員が武器を構える。久しぶりに光を浴び、眩しい光が目を覆う。光に慣れ眼前に広がる戦いの舞台を直視する。目の前には数十人の兵士が待ち構えていた。どれも並の実力ではない。全員がこちらに銃口を向け、刺すような視線で6人を見つめている。

 「お出迎えにしちゃあ、随分と物騒じゃねぇか。私たちが住んでる国では客人が来た時、飲み物の1つでも出すんだがな。ここじゃあ代わりに並んだ

くっせぇ人間共を出すのか?」

 スレイヤーが軽口で挑発する。だが、全く動じない。精神的な訓練も相当積んでいるのだろう。

 「なぁスレイヤー。こいつらに話し合いは無駄だ。早く始めようぜ。こっちは早く斬りたくてウズウズしてんだ。」

 既にゲンジの手には刀が握られている。身体を支える脚は今にも斬りかかってきそうだ。

 「…バケモノめ…。」

 思わず隊員の1人が本音を漏らす。それを聞いたスレイヤーはニヤリと笑った。

 「そう、私達は化け物だ。命が惜しいなら、通した方がいいぜ。」

 降伏を促すも、ここは防衛隊の意地がある。先頭に立っているリーダーらしきものがその要求を突っぱねた。

 「…俺たちはこんなでも、プライドがある。通す訳にはいかない。」

 「そうか…、なら仕方ない。」

 笑っていた口元がさらに歪む。バッと手を広げ、天を仰ぎながらこう叫ぶ。

 「お前ら!こいつら死にてぇんだとよ!お望み通りに、皆殺しにしてやろうぜ!!!」

 「「「おう!!!!」」」

 蹂躙の始まりである。

 先手を取ったのはスレイヤー。素早く最前列の兵隊の懐に飛び込み、腹にショットガンの銃口を突き立てる。

 「FIRST KILL!!」

 無数に広がる鉛が防弾プレートごと兵士の腸を吹き飛ばした。だが、一つ殺しただけではスレイヤーは止まらない。次は隣にいた者を屠ろうとする。しかし兵士が持っている銃は既にスレイヤーの頭を捉えていた。スレイヤーはまだ硝煙を立ち登らせる銃口を顔面に突き立てる。向けるのと、引き金を引いたタイミングは同時だった。しかし相打ちにはならない。瞬時に屈み、兵士が撃った弾は地面を貫く。後はもう、お分かりだろう。次は少し奥。兵士は必死にライフルで応戦し弾をばら撒くが、スレイヤーの素早さにとってそれは豆鉄砲に等しかった。左右に飛び回り、狙いをぶれさせる。お陰で弾は全く当たらない。片方のショットガンのリロードを挟み、踏み込んで一気に距離を詰める。男が目の前に差し迫ったときスレイヤーは兵士の頭を掴み、飛び上がり、前宙。ダイナミックな投げである。兵士は地面が揺れるほどの強さで背中から打ち付けられた。スレイヤーは腹を踏みつけ気絶して眠っている男の顔面に散弾を撃ち込む。引き金を引く時のスレイヤーの意識は、既に別の者に向いていた。2丁のショットガンを10m先にいた2人にフルパワーで投げる。投げたショットガンは、横一列に並んだ男2人の鳩尾に刺さった。蹲っている間に2人のヘルメットを掴み、石を割るように地面に叩きつける。2人の頭はヘルメットごと、鈍く、聞くに耐え難い音と共に潰れた。息付く間もなく後ろからまた新たな贄が弾をフルオートでばら撒いてくる。懸命に仕留めようとするが、照準は恐怖により全く定まっていない。そのお陰で弾はスレイヤーの体にかすりもしなかった。男は無我夢中で撃ち続け、カチンと空撃ちの音が鳴り弾倉が空だと気づく。男は正気に戻り次を装填しようとポケットに手を伸ばそうとする。しかしその瞬間、ふと後ろに気配を感じた。

 スレイヤーは、男の背後にいた。ヘルメットの後頭部に銃口を押し当てられている。男が動き出したと同時にヘッドショットで空中に撒かれた真紅の果汁は、地面をその色に染めた。

 「そっちはどうだ!」

 「これからだよ!」

 ゲンジの周り360°を1部隊が取り囲む。

 「後悔すんなよ!行くぜ!!」

 アレスは形を変え、刃渡り2mはある大剣になる。それをゲンジはバットの様に振り回し、多数の兵隊を薙ぎ払った。兵士の脚と胴を別れさせ、あらかた片付いた後、その剣は再び違う形に変わる。ナイフだ。ゲンジがそれに持ち替えた瞬間、気配が消える。兵隊は動揺を隠せない。先程まで目の前にいたのに消えた。数名、ゲンジは逃げたと思い安堵するものもいた。しかしその幻想はハンマーでガラスを打ち砕くが如くぶち壊される。1人が仲間を確認する為後ろを振り向いた時、そいつは既に喉を掻き切られた後だった。知らせようとするがその前に喉を貫かれ、声も挙げずに1人誰にも気づかれず死んでいく。2人で止まるはずもなく1人、また1人と仲間が後ろから見えない敵により殺されていく。後ろを振り向くと死ぬ。そう勘づいた兵士はその恐怖に耐えられなかった。全ての装備を投げ捨て、駆け出す。死にたくない。男の頭の中はそれ1つだった。

 「逃げるなよ。」

 男の首にひんやりとした感覚が走る。黒光りする鋭い金属が、無情にも男の喉を切り裂いた。三度姿を変え、登場したのは日本刀。ゲンジの1番の得意武器だ。踏み込み、縦横無尽、様々な方向にいる敵を斬りつけていく。まず1人目、顔を通りすがりに横に2等分する。2人目、切返しで首に一閃。2人は死んだことにさえ気づかない。3人目、逆手に持ち替えくるりと反対を向き、後ろを向きながら心臓を一突き。4から6人目、3人は縦に並んでいる。既にこいつらを肉片に変えるためのルートは決まっていた。一旦鞘に収め、抜刀の姿勢。1人が間合いに入ってきた。

 「愚かだな。」

 顔がギリギリ地面につかない前傾姿勢で駆け出す。最高速度は目に止められず、瞬間移動したのかと3人は錯覚した。3人の背後に立ち、ゆっくりと刀身を納め、金属の光沢がなくなったと同時に、3人の身体はバラバラと崩れさった。7から12人目、半円を型どった陣形でジリジリ詰め寄ってくる。ゲンジは刀をフリスビーの様に投げた。その凶悪なつむじ風は全員の首を左から順番に体から切り離す。

 「戻れ!」

 仕事を終えた凶器はゲンジの合図でクルクルと戻り、持ち主の手に収まる。

 「いい子だ。」

 1回深呼吸を挟み、心を落ち着かせ、再び刀身を隠す。しかし、休憩時間は1秒も無い。また次々と新しい兵士が現れる。だが、ゲンジはそれを既に知っていた。心を鎮め、五感を研ぎ澄まし、居合の構えをとる。先程の深呼吸は、この技のためだった。半径20m、その範囲にいる全ての兵士はたじろいだ。殺られる。直感でそう思った。直後の兵士達の行動は別れた。立ち向かう者、逃げ出す者。しかし、もう遅い。ゲンジの技は全て平等に斬り伏せる。姿が消え、時が止まる。兵士達は、斬られたことにすら気づかない。全ての物体が静止している中、ゲンジただ1人が動き、静けさの中鞘に刀を納める。チン…、とその金属音が聞こえた時には既に皆醜い肉塊に成り代わっていた。 

 


 

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