第14話 怨嗟の炎

         ~11:20~

 カリンとトールはビルの屋上に来ていた。高所特有の激しい風が吹いているが、2人にとってはそよ風に等しい。

 「さてカリン。これから我とお主との特訓という訳だが…今回はただの射撃訓練ではない。」

 「はい?」

 そう言うとトールは右手にハンマーを持ち、カリンに向ける。

 「今日の訓練は『実戦』だ。」

 「ぅえ!?」

 素っ頓狂な声で驚くカリン。いきなり実践訓練をするというトールに少し狂気を見出しながらも急ぎ心の準備をする。

 「なんでいきなり実戦なんですか!?」

 緊張で声を裏返しながら問い詰めるカリンに、トールは落ち着かせるような穏やかな声で答える。

 「…実は少々お主が1人で修練しているのをを覗き見てな。お主、最近早撃ちに挑戦しておるだろう。」

 「は、はい…。」

 「お主の速さは素晴らしい。常人にはとても捉えられないだろう。精度も申し分ない。誇っていい。 ただ…使えなかったら元も子も無いだろう?そういうことだ。」

 「なるほど。」

 深く頷く。

 「それでは、やろうか。」

 「はい。」

 カリンはリボルバーに弾を込め、トールはハンマーを構える。トールの周りに雷は落ちてこない。本気ではやらないらしい。いざ始めようとしたトールは、カリンの銃に違和感を覚えた。

 「お主、銃を変えたのか?」

 その手に持っているリボルバーは前のシルバーのダブルアクションではなく、遥昔の無骨なブラックのシングルアクションだった。

 「あぁ、前の銃は早撃ちするのに向いてなくてですね…。それで試しにこれに持ち替えてみたらしっくり来た訳です。」

 「…楽しみだ。」

 


 暫くの沈黙。何処から飛んできたか、1枚の枯葉がはらはらと舞い降りてくる。聞こえるかどうか分からないささやかなカサッ…という小さな音が、訓練の開始の合図になった。

 「ゆくぞ!」

 「……」

 トールが一直線に駆け出す。しかしカリンは目を瞑り、まだピクリとも動かない。その様子にトールは戸惑いを隠せなかった。

 心に謎と迷いを残しながら突き進む。その距離は15…13…11mと縮んでいく。

 (大分速さは抑えたつもりであったが、まだ速やかったか…。)

 残り10mに差し掛かったとき、トールはカリンに決着をつけるために速度を上げハンマーを振り下ろそうとする。普通に食らえば大怪我は免れない。トールは少し申し訳ない気分になった。そして、トールの瞬き…

 ドンッ!

 コンマ1秒にも満たない暗闇から開けた時、銃弾はトールの眼前に迫っていた。身をよじり何とか回避し、受け身をとる。

 崩れた体制で冷や汗をかきながら、カリンを見る。そこには、心配そうな顔をしながらもしっかりと硝煙が立ち上るリボルバーを構えたカリンの姿が見えた。

 「だっ…大丈夫ですかぁ…!?」

 その意志と真反対の行動をとるカリンに恐怖しながらも、自己の無事を伝える。

 「あぁ…問題ない…。続けよう…。」

 今度は食らうまい、としっかりとカリンを見据える。

 「さぁ…来い!」

 「それじゃあ…本気、出させてもらいます。」

 カリンのオーラが変わり、その手はリボルバーのシリンダーに添えられた。シリンダーは赤く光り、熱の力が篭っているのを意味する。間違いなく食らったら貫通する。トールはそう覚悟し、同時に全力で相手するにふさわしい者と見出した。周りに雷鳴がこだまする。


 神速で踏み出すためにトールは脚に持てる全ての力を入れる。それは光の速度に等しく、誰の目にも留められない。しかしただ1人、カリンは違った。踏み出す直前、力を解放する瞬間を、カリンは差した。0.01秒にも満たない刹那を撃ったのだ。真紅の弾丸が真っ直ぐ、トールの胸に飛び込んで行く。それは胸を貫き彼女に重傷を負わせる…はずだった。しかし、銃口の先には既に誰も居ない。

 「え?!ど、どこ!?」

 首はキョロキョロと周りを見渡し、トールの姿を捉えるべく必死に動くが、それはピタリと当てられたハンマーにより止められる。

 「焦り過ぎだ…。」

 「うわぁ!いつからそこに…。」

 「お前が撃った時だ。…流石だが、まだまだ実戦不足だ。これからも続くぞ。いずれ私に勝てるようになれば、大体の戦いは切り抜けられる。」

 「そ、そうですか…これからも、よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げる。

 「そんなに硬くするでない。逆に息苦しいわ…。あ、そう言えばお主と見たい映画があったな。」

 「え、なんですか!?」

 「ホラー映画なんだが…」

 2人きりの特訓は、談笑と共に幕を閉じた。

           *

         ~12:13~

 カリンとトールの2人はダラダラとリビングでとあるホラー映画を見ていた。その映画は典型的な展開が次々と繰り広げられる。ある意味お手本のような映画だった。

 「どうだカリン。面白いか。」

 「正直言っていいですか。」

 「どうぞ。」

 「味が無くなったガムを噛んでた方が面白いです。」

 「ふっ…、言えてるな。」

 そのままゆったりと過ごし、菓子を切らして暫くした後、

 「あ、なんか嫌な予感がする。」

 「え?」

 ドカーン!と下の階から響き渡るどデカい爆発音が聞こえてきた。

 「やっぱ!上に逃げるぞ!」

 「え?え?!」

 2人は慌てて屋上に逃げ、そこから見た光景に驚愕する。まるで世界大戦のような大量の戦車の行進にアリのような歩兵の行列、その先頭の一際目立つ所に指揮官らしき人物が立っていた。よく見るとその戦車の側面には『SEED』というエンブレム刻まれている。

 「SEEDめ…我らの家に砲弾なんぞを打ち込みおって…。」

 「うわぁ!トールさん見てこれ!」

 「ん?」

 慌ててカリンがトールに持っていたスマホを見せる。2人の顔はみるみる青くなっていく。

 「この4人極悪人につき発見されれば直ちに捕獲すべし…って嘘だろ…おい…」

 そこにはETERNALのメンバー全員とカリンの顔写真が貼られたニュースが映し出されていた。カリンは仲間を、トールはこの後を心配し思案するが、それに水を差すように指揮官らしき人物が拡声器を通しカリン達に話し掛けてきた。

 『そこの2人!君達は今、国から指名手配されている!大人しく投降すれば危害は加えない!降りてきなさい!』

 その声は少し優しさを含んでおり、聞くものを安心させるような喋り方だ。しかし、こいつらは敵である。完璧には信頼できない。

 「カリン、我は1度はあやつの言葉に嘘がないか調べる。怪しい動きがあったらビンタで起こしてくれ。」

 「りょ、了解です。」

 何か隠していることも否めない気がする。男の嘘を見破るためにトールは記憶に潜り込んだ。周りの音が小さくなると同時に、だんだんと記憶の方の男の声が近くなってくる。

 『大人しく投降しろ!危害は加えない!』

 記憶は男からの視点で再生される。視界が開けた頃、男は先程と同じようなことを宣っていた。上方、正確には男が見上げる視線の先には体に炎を纏う少女が怯えた顔で立っている。その炎の塊は、手の平から炎を練りだし、男に解き放とうとする。

 『大人しく従えば楽なんだけどな…。はぁ…撃て。殺さんようにな。』

 指示を降したあと、男は振り向き、その場から離れようとする。すぐ後ろから銃火器の発砲音と少女の悲鳴が聞こえてきた。

 トールはこの時点で激怒していた。そして、場面は移り変わる。ここは、…手術室だろうか、様々な医療器具が置いてある。手術台の上には、先程の少女が載せられていた。細い足には縫った跡があり、それは足全体に拡がっておりいかに酷く撃ち抜かれたかを物語っていた。さらに男は少女に追い打ちをかける。

 『うーん…手足が邪魔だな…。切り落とそう。』

 そこで記憶は途切れた。

 また声が遠くなる。そして完璧に聞こえなくなった頃には、既に現実の世界に戻ってきていた。

 「ど、どうでした…?」

 見た限り、向こうに動きはないらしい。しかし、トールの中でこいつらの処分は決まっていた。

 「カリン、あいつらを殺せ…。」

 「え?今なんて…。」

 「殺せと言ったのだ!あいつらは我らのような特異な力を持つ者を捉え、痛ぶるつもりだ!」

 トールの憤怒した顔、怒髪が天を衝くとは正にこの事だとカリンは思った。

 「分かりました…。しかし見間違い可能性も有ります。1度聞いてから、殺るのでもう少し待って下さい。」

 「あぁ…分かった…。」

 確かな返事を聞いた後、カリンは男の方に向き直し、問う。

 「あなた達の目的はなんですか!?何故私達を捉えようとするんです!?本当の事を言ってください!」

 できる限り大きな声で、必ず届くような声で問い掛ける。それはしっかりと男の耳に届き、答えが帰ってきた。

 「私たち以外誰も居ないし、まぁいいか。」

 男はしまいかけていた拡声器を取り出す。

 『私達の目的はお前らみたいな異常者を捕まえ!害が無いように加工し!保管する!

 その力を研究し、国に役立てる!

 国に役立てれるのだぞ!!光栄だろう!!!』

 まるで自分が正義かのようにつらつらと男は述べる。

 「それは違う!少なくとも私達に危険な意思はない!それに、一人一人に生きる権利はある筈だ!!!」

 カリンは声を張り上げ反論するが、男は更にその上に被せる。

 『間違っているのはお前らだ!思想どうこうじゃない!貴様ら異常者は生きているだけで危険なんだよ!私達はそれの駆除係だ!さっさとこっちに来い!!!』

 その返答にカリンは絶句し、憤慨し、同時に絶望していた。どうして人は、こうも恐ろしく、醜く出来上がるのだろうと。トールの言う通りだ。こいつらは、今私達が滅ぼさなければならない悪だとカリンは確信した。もう、罪は確定した。

 「私達は正義の味方だ!悪役は貴様ら…

 「もういい、喋るな!貴様如きが正義を語るな!!お前らは必ず殺す!苦しみの中で殺してやる!!後悔の念に苛まれながら地獄に堕ちろ!!!」

 久しぶりに自分の感情をさらけ出す。その言葉と共にカリンの怨みは既に限界を超えていた。

 両手を掲げ、下にいる全員が燃えながら苦しむ姿を思い浮かべる。その姿が鮮明になればなるほど、手の平に浮かぶ火の玉は大きくなっていく。

 「またか…。穏便に済ませたいのだがな。撃て、決して殺すなよ。」

 鶴の一声で戦車15両、歩兵214人からの一斉射撃が始まった。その砲弾の流星群はたとえどんな強者でも1人なら木っ端微塵だが、今は、2人である。

 「させぬ!!!」

 雷の壁が、砲弾銃弾の雨あられを受け止める。長くは持たないが、時間稼ぎには十分だ。手の平に収まらなくなった小さな太陽は、地上に地獄を生み出す為に今にもこぼれ落ちそうだった。狙うは最も怨みが積もっている場所、男の頭上だ。今でも苦しんでいるであろう連れ去られた同類の者の無念を背負い、腕を振り下ろす。

 「灼け死ねぇええええぇぇ!!!」

 ミニサイズと言えども二階建ての家と同じ程の大きさのその焔の塊は、カリン達に背を向けた男のすぐ後ろに着弾し熱風を広範囲に放ち──消えた。

 「もう…終わりました。トールさん、戻りましょう。」

 「…分かった。」

 カリン達はそのまま立ち去り、中に戻り、階段を降りるためにドアを開ける。後ろからは、醜い人間の断末魔がこだましていた。

             *

 地上は正に焦熱地獄だった。先程の熱風は気のせいではなかった。男はそれを痛感していた。衣服に付着した火の粉は、払おうとする男の手を無視しどんどん燃え広がっていく。見渡すと周りの兵士は既に炎に包まれていた。その炎は一瞬で消し炭にするものではない。苦しませるため、無限に思える地獄の中で死んでいくように調整された炎だった。男は恐怖し、後悔した。あいつは、あいつの力は目覚めさせてはいけないものであると強く思った。そしてそれを止めるべく動き出す頃には、 既に男にとっての地獄が始まっていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

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