第13話 逆転
朝、ズッ…とコーヒーをすする音ともにアナウンサーのくっきりとした声が聞こえてくる。
『今日未明、桐賀市矢留町の住宅街で数十人の遺体が発見されました。警察は身元の特定を急ぐと共に…』
テレビを流しながらゆったりと過ごすスレイヤーとは対照的に、体をプルプル震わせる2人。
スレイヤーはわざと穏やかな声で2人を問い詰める。
「随分と派手にやったねぇ…。何があったんだ?」
ゲンジとアレスから見たスレイヤーは、まるで金剛力士像のような迫力がある。
ビクンと肩を跳ねさせ、怯えるふたりの顔は風邪でもひいたのかのように真っ青だ。
「スレイヤー、あまり怒らないでやってくれ。
…実は、シードカンパニーの手下に不意打ちされそうになってな。それで仕方なく応戦したという事だ。」
トールがすかさずフォローするが、スレイヤーの見るからに不機嫌そうな顔は依然として変わらない。
「そうか…。」
彼女は深く溜息をつきながら席を立ち、太もものホルスターに拳銃をしまい外出の準備を始める。
「どこか出掛けるのか?」
「少し調べたいことがあってな。」
振り向きもせずドアに手を掛ける。
外に出る直前、スレイヤーはこう言い放った。
「1つ言っておく。やるなら、人目につかない所でやれ。もしバレたらもう私たちはここには居られなくなる。いやだろう?もし次こんな事があったら、もうゲンジとアレスの分のご飯は作らねぇからな。」
バタン!と怒りを露わにしながらドアを閉め、彼女は何処かに行ってしまった。
暫くの静寂。張り詰めた糸のような緊張感。
トットットッというスレイヤーの足音が聞こえなくなった途端、今回の虐殺の犯人達は
「…あ~、死ぬかと思った。」
「……。」
萎れるようにテーブルにへたりこんだ。
「いつもこんな感じなんですか?」
「…い~や、いつもはもっと怖い。
例えるならベットで隠れてやってたゲームがママにバレる時ぐらい怖い。」
ゲンジはふにゃふにゃな声で会話を続ける。
「そうだ…お前ら今日は予定あるか…?」
「今日はトールさんに射撃の練習に付き合ってもらおうかと。」
「そう…?じゃあ俺たちは久しぶりにアレスと2人で出かけるから…。行くぞアレス…。」
「………。」
ふやけた様子でゆっくりと2人は玄関から出る。その移動する姿は、まるでカタツムリのようだった。ドアが閉じきり、トールとカリンが2人になった時、
「…私達も始めましょう!」
「よかろう!」
特訓は始まった。
*
~11:36~
スレイヤーは近くの商店街に来ていた。ここの商店街、廃墟との間の距離は意外と近く、よく買い物などで利用している。しかし今回の目的は買い物でも食事でも無い。彼女の中にある大きな疑問、それを晴らしに来たのだ。余談だが、今日の彼女の運勢ランキングは12位だ。
「さてと…何処だったかな…。」
キョロキョロと見渡しながら歩く。その姿は傍から見たらただの迷子だ。そして、それに目を付ける男は少なからずいる。見た目が17歳で迷子、格好の的だ。さて、彼女が標的になった場合、ナンパ師かスレイヤー、どちらの運が悪いのだろうか。
「こんにちはお嬢さん。何してるの?」
スレイヤーの肩に手が掛けられる。振り向くと、そこには1人の男が立っていた。一瞬警戒したが、その男からは強者のオーラは感じられず、すぐに解いた。いかにも数々の女性を弄んできたという顔をしている。嫌悪感を抱きつつ無愛想にそっぽを向き、その場から離れようとする。しかし何処から現れたか、さらに2人の男がスレイヤーの行く先を塞いだ。
(今日はついてねぇな…)
心の中で嘆息する。
「何の用だ?」
彼女がいくら強かろうと、見た目は麗しくか弱そうな少女。その可憐な容姿からは想像もできない男勝りな口調に男達は驚いた表情を見せたが、直ぐにニマニマとした笑みに戻った。
「ちょっと友達にドタキャンされちゃって…暇だから誰かとお茶したいなと思ってね。」
その下心丸出しな笑顔に、呆れながら返答する。
「お前らみたいに弱い奴ら私興味ないから。じゃあな。チャラ男共。」
舌打ちしながら前の男達を押し退け抜け出そうとするが、2人が壁をさらに強固にした。
「んだよ…。」
ボソリとつぶやく声が聞こえる。話し掛けてきた男に再び向き直ると、その顔は怒りで震えていた。
「先から黙って聞いていたら…ムカつく女だ…。この俺が…弱いだって…。もう1回言ってみろよ…。」
スレイヤーはこの程度の挑発にお顔真っ赤になるナンパ師に嫌悪感を覚え、更に罵倒する。
「あぁ何度でも言ってやる。お前は…
よ!わ!い!」
その言葉を聞いた男はすぐさま殴りかかってくる。実は彼、ボクシングを齧っており、その強さは周りに認められるほどだった。ノーモーションの右ストレート、常人ならばまんまと喰らい気絶してしまうだろう。しかし相手は人間ではない。そのパンチは、スレイヤーに人差し指で受け止められた。
「だから言ったろ?弱いって。」
そのまま指を押し戻し、男を離す。男の顔は屈辱で更に赤くなっていた。
「おいお前ら何してる!この女をぶっ殺せ!」
ペタンと座り込みながら怒りを喚き散らしまくり子分に指示を下す。男達はその指令をきっちり守り、スレイヤーに後ろから飛びかかった。
「こんなか弱い女の子に数の暴力ぅ?ったく…
男らしくねぇな!」
後頭部へ飛びかかる拳を頭を下げて避け、男達の顔面がスレイヤーの真横に来たと同時にその位置に拳を合わせる。男達の顔に見事それは命中し、2人はノックダウンした。ゆっくりと残っている男に歩み寄り、顔をズイと近づける。
「私を誘いたかったら、私の家にいる家族を説得してから来い。出来たら見直してやる。」
腑抜けになった男をその場に置き去りにし、スッキリした表情でその場から離れた。
*
~11:48~
「あ、ここだ。」
遂に辿り着いた目的地。そこは西洋の図書館のような格好をした古本屋だった。ドアノブに手を掛け、中に入る。
「おーい、クルエラー。居るんだろー?」
整理されていない棚を通り過ぎ、中央に佇むカウンターに向かって歩む。
「…んー?なーんだー?」
その下から細い腕がにゅっと出て来る。そのまま顔、体が順に這い出てきた。
「相変わらず汚ぇな。ちょっとは掃除したらどうだ。」
ショートの赤髪の少女は、ダボダボのパーカーを着ており、余った袖でボリボリと頭を掻きながら答える。
「これがー私のー流儀なんですー。口出しむよ~。」
クルエラはよいしょとゆったりとした椅子に座り直し、スレイヤーに訪問の理由を尋ねる。
「さて、数年ぶりに顔を出してどうしたんだい?もしかしてうちの本を買う気になった?」
「ちげぇよ。少し聞きたい事があってな。最近私の家族がシードカンパニーに狙われている。何かそっちの世界で情報は無いか?」
それを聞いたクルエラはこめかみに人差し指を当て、何かを思い出そうとする。しばらくした後、いきなりぴょんと飛び跳ね、口を開いた。
「数週間前、デーモンが襲ってきた時スレイヤー派手にやったでしょ?それがたまたまシードの幹部の目に入って、その体をどうしても調べたいみたい。ちなみにその家族も例外ではないよ。」
その衝撃的な真実に頭を抱え、さらに尋ねる。
「さらに動きは…?」
「うーん…」
その思考の時間は、2人同時に鳴った携帯の通知によって遮られた。
「「?」」
すぐさま確認すると、画面にはニュースが映し出された。
『速報です。国が以下の3名を超特別危険人物に認定しました。氏名は、カリヤ・ゲンジ、シリア・シャーリー、シリア・キリマ、ネロ・カリン、以上4人の人物は無数の武器を所持しており、国家の乗っ取りを計画していると見らます。尚、匿ったものも同罪とし、警察は、有力な情報を提供した者には相応の報酬を用意すると発表しており、受付は今日11:55から開始しています。』
「…おい、今何時だ?」
ゆっくりと時計の方に目をやる。その目に映った時間は、11:59。
「逃げるぞ!!」
クルエラの手を引き、ドアから出ようとする。窓から外を見ると、そこにはライフルを構えた無数の兵士が並列していた。
「早すぎねぇか!?」
「あー…どうしようかねー?んー?」
クルエラは間抜けな声を出し、呑気にブラブラしていた。
「強行突破する?」
ハンドガンを取り出すスレイヤーを見たクルエラは不敵にふっふっふっと笑い、ドヤ顔をスレイヤーに向けた。
「もっといい方法がある。」
「と言うと?」
「私にも実は能力があってね。特別に見せてやろう。」
両手を大きく広げパンと手を叩くと、クルエラの周りに青い円が浮かび上がった。スレイヤーに手を伸ばす。
「捕まって。早く。」
「お…おう…。」
少し戸惑いながらもクルエラの手を掴む。掴んだ瞬間、視界が真っ白になる。
「ま、ただここの屋上に行くだけなんだけどね。」
「なんだよ!」
ツッコミと同時に2人は光の粒子となって消えた。
強い風が吹いている。間違いなく屋上の様だ。
「でー?ここからどうするー?」
「どうしょっかなー…」
深く悩み、動きが止まっていた所を狙ったかのように
ババババババババ
「うるさ。」
「ちょっスレイヤーあれ!」
「は?」
アパッチヘリが現れた。下に取り付けられたミニガンは2人に向けられている。
「うーん流石にやばいな。」
「やばいね。」
銃口が回り始める。
「走れーーーーーーーー!!!!!!」
再びクルエラの手を掴み、全力で疾走する。電動ノコギリの様な銃声を置き去りにし、土煙だけを残し、クルエラを引っ張る形となり2人はスレイヤーの家の方へと駆けていった。
*
「さぁ、そろそろ帰るか?」
「賛成、もう飽きた。」
「お前なぁ…。」
2人が訪れていたのは大型のショッピングモール。ゲンジの両手には大量のブランド物の紙袋が握られている。
「意外とオシャレに興味あったんだな。」
「機械でも、心は乙女という事は知っておいた方が良い。」
「そうですか。」
他愛もない会話を続け、2人は施設を出ようとする。しかしその和やかな時間は目の前に広がる光景により逆転した。
「そこの2人!そこで止まれ!!」
自動ドアの前に立っていたのは、1人の軍人だった。その後ろには無数の兵を従えている。
「うわぁ…なんじゃこりゃ。」
「マスター、これみて。」
アレスはゲンジに携帯の画面を見せる。
(なるほど…)とゲンジは深くうなづき、アレスの手を引き反対方向に走り出した。人混みの間を素早くすり抜けて行くさなか、アレスは問う。
「マスター。戦わないの?」
「ここで戦ったらこの謎の誤解はさらに深まる。だとしたら今最善の策はここから全力で逃げることだ。」
「理解した。」
先程の自動ドアとは反対方向の方へと向かう。違う駐車場に出て暫く警戒したが、敵と思しき人影は何一つ見られなかった。と、ここであることに気づく。
「どうやって帰ろうかな?」
行きに乗ってきたバイクはこことは対照的の位置にある。ここから隠れ家まで走るには少し遠く、発見されれば戦闘は避けられない。ゲンジが悩んでいる所をアレスが口を挟む。
「心配しなくていい。バイクのコンピュータぐらいはハッキングしてこっちに持ってこれる。」
「まじ?すげぇ。」
「ちょっと待ってて。」
アレスが目を閉じ、微動だにしなくなる。それはハッキングの開始の合図だった。1分たった頃、目を開け、ゲンジに完了の報告をする。
「今終わった。もうすぐ来るはず。」
「ほんとぉ?」
「疑ってるなら目を凝らして。」
目をすぼめる。すると遠くからマットブラックに染まったスポーツバイクが見えてきた。
「お、ほんとに来た。」
2人の前にバイク止まり、それに乗り込んだ。
「ほら、早く動かして。」
「わーったよ。飛ばすからしっかり掴まってろ。」
甲高いエンジン音を鳴らし、隠れ家への道を急いだ。
*
高速の世界の中、ハンドル右腕部に取り付けられた携帯を操作しスレイヤーの携帯へと電話をかける。
「もしもし、スレイヤー。」
『なんだ!』
電話ごしに聞こえた声はいかにも焦っていた。
「どうした。何があった。」
『大急ぎで家に帰ってんだよ!』
「奇遇だな。俺もそうだ。」
『お前今どこだ!』
「あと家まで10分くらいだ。お前は。」
『私の方が早く着くな!もしアイツらが私を追って背中を見せてたら容赦なく斬りつけてやれ!!』
「任せろ!」
そう言い残し、通話終了のボタンを押した。変わらず時速200kmを超える速度で爆走しする2人。家が見える様になった時まで何の異常もなく走っていたが、ここである異変に気づく。先に見つけたのはアレスだった。
「マ、マスター!あれ何?!」
珍しくアレスが声を張り上げている。指さす方に視線をずらす。
「な、なんじゃありゃあ!!」
2人の目に映ったのは、昼頃に南に昇ったサンサンとした太陽と…
廃墟のマンション上に浮かぶ
2つ目の太陽だった。
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