第12話 告白
「カリン、私の過去って気になるか?」
「は?」
ラーメンをすすりながら藪から棒に聞いてくるスレイヤー。唐突すぎて普段出さない声を出してしまった。
「まぁ…気になりますけど…。」
「……そうか…。」
少し哀愁を纏った顔で彼女は言う。気まずい、カリンは少なくともそう思ったであろう。2人の間に流れた静寂は、ゲンジとトールの会話と環境音を際立たせた。
「ゲンジ、払っといてくれ。私はカリンと先に外出てるから。」
「おう。」
すっくと立ち上がり、そのまま外に出る。彼女に着いていくと、人気のない裏の路地に出た。
「今からゆっくり話ができるとこに行くけど、カリンちゃん歳いくつだっけ?」
「18です。」
「じゃあ、ソフトドリンクのみだな。」
スレイヤーが空中に指で円を描く。その円の軌跡は徐々に紫に光り始め、その中心からワームホールが出現した。
「どうぞ。」
少し疑いの念をスレイヤーに送る。
「心配すんなって。今回は戦うとかはねぇからよ。」
「分かりました…。」
恐る恐るその穴に脚を入れる。脚を入れたら最後、身体ごと引っ張られ…
「うおぉわぁああぁ…」
とても少女とは思えない悲鳴と共にその場から姿を消した。
「全く…やれやれだな。」
スレイヤーも、後に続いた。
*
「…ぁぁぁぁああああ!」
強烈な浮遊感が全身を襲う。その感覚は20秒ほど続いた。前方に光が見える。その光に突撃し目を開けば、ピアノジャズが流れるバーに転がり着いていた。
「おや、変わったお客さんが来たものですね。」
「…ぅ、ぅあ…」
真っ青な顔をゆっくりと上げる。目の前に立つ男はサラサラなグレーの髪を垂らし、こちらに手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
「あ…ありがとうございます…。」
手を取り、立ち上がる。男の顔に浮かぶ笑顔はとても柔らかく、しかしどこか妖しい雰囲気を醸し出していた。
「新しい家族ですか?」
「あぁ。」
既にスレイヤーは私の後ろに立っていた。
その店に客はいない。夜に客が誰一人いないバーを奇妙に思いつつ、カウンター席に座った。
「ウイスキー、ロックで。」
慣れた様子で男に注文するスレイヤー。
「あなたは?」
初めてこういった店で注文するのに少しドキドキしながら口を開く。
「コ、コーラお願いします。」
「かしこまりました。あ、私のことはマスターと呼んでくれればいいですよ。」
「あ、はい。」
くるりと振り向きドリンクを作り始める。グラスに琥珀色の液体が注がれ、氷と共にかき混ぜられる様子を2人でじっと見ていた。
「お待たせしました。」
それぞれの前にウイスキーとコーラがサッと出される。
「ごゆっくり。」
そういうとマスターは奥の部屋に消えていった。
「…なぁ、カリン。」
「何ですか?」
しばらく立ち塞がった沈黙の壁を先に破ったのはスレイヤーだった。その声は彼女にしては珍しく、酷く落ち込んでいた。
「もし、私がカリンの敵だって言ったら、カリンは私を殺すか?」
「…?」
あまり状況が分かっていないカリン。
「つまり、こういう事だ。」
一気に飲み干し、席を立つ。
「ふぅうぅうああ…。」
徐々にスレイヤーの姿が変わっていく。角が生え、翼が生え、悪魔の姿になった。
「私の名前はアスモダイ。そしてこれが、私の本当の姿だ…。…どうだ?私のことが憎くなったか?」
カリンは変身って本当にあるんだと思いながら、わざとらしくため息をつく。
「スレイヤーさんって、案外そう言うとこ弱いんですね…。…あなたが、たとえ私の敵の一族だとしても、スレイヤーさんはスレイヤーさんです。悪魔は問答無用に皆殺しだなんて言うほど私は血に飢えちゃいませんよ。」
「それは…本心か…?」
「本心です。そして…私は知りたいんです。私の両親を殺したのは誰か、何故殺したのか。私は、真実が知りたい。」
まっすぐな視線でスレイヤーを見つめる。
「そうか…。」
また人間の姿に戻るとドカッと椅子に座り、
「良かった~!!これで私が敵になったらどうなってたんだろ。あぁ~良かった~!」
「なんならずっと前から知ってましたよ?」
「え?いつ?!」
「スレイヤーさんが助けに来てくれた時。すごくベルゼと仲が良さそうじゃなかったじゃないですか。」
「あっ…スゥ~…」
結構おちゃめな所もあるようだ。
「…カリン、実は私ずっと怖かったんだ。自分の正体を明かしたら、今の関係が壊れてしまうんじゃないかって。…ありがとう。」
「…これからも、よろしくお願いします。」
「あぁ。」
スレイヤーの空になったグラスと、カリンの未だに口をつけてないコップが重なり合い、絆の音色を奏でた。
「どうやら、丸く収まったようですね。」
奥から頃合を見計らったようにマスターが出てきた。
「まぁな。美味しかったぜ。ごちそうさん。」
「ご馳走様でした!」
少し高めのお代を置き、席を立つ。
マスターはお辞儀で私たちを送り出した。
「さぁ、またワームホールだぞ!」
「うぇぇ~…絶対吐いちゃいます~…。」
またも脚を無理やり引っ張られる感覚を感じながら、またのお越しをお待ちしておりますという声と共に穴の中に消えていった。
*
「なぁトール、帰りにコンビニで甘いもんでも買ってくか?」
「ふっ…良い考えだ…。」
帰り道、3人は薄暗い夜道を歩いていた。しかし、何かが違う。異様に暗いのだ。今は午後8時、家の電気のひとつでもついているのが普通だが、光りは電灯の心許ない光だけだった。
「…分かるか?」
「当たり前だ。」
多数の人の気配を感じる。振り向くと、その影達はまるで操り人形のようにザラっとゲンジ達の前に整列した。
「誰だ。」
黒いスーツに身を包んだ男たちはただ黙っている。
「喋るか斬られるか、選べ。」
依然として沈黙を貫いている。しかし、集団の中に1人だけいつの間にか消えていたことはゲンジでさえ気づけなかった。彼らの背後に回り込み、ナイフで背後から音を立てずにトールを刺そうとする。
「愚かな。」
既にトールは気づいていた。いつの間にか手に握られていたハンマーを男に振り下ろす。
ドチャッ。
「虚に乗ずるは卑怯者の証。」
肉を潰す音が、静かな空間に響いた。
「ゲンジ、我は先に帰る。何か欲しいものはあるか。」
「あー、大福があったら買っといてくれ。無かったらシュークリーム。」
「分かった。アレスは?」
「………。」
「同じもの、だそうだ。」
「じゃあな。」
トールが去った後、未だに両者は動かずにいた。
「このままじゃ埒が明かないな。」
先に動いたのはゲンジだった。
「OKアレス、今日のオススメは?」
「…どれも今日は絶好調。でも、強いて言うなら今回は数が多いから片手剣両手持ちがいいと思う。」
「サンキュー。行くぞ!」
「了解。」
アレスが飛び上がる。身体は左右に別れ、それぞれが刀剣へと姿を変える。2つの刀はクルクルと宙を舞い、ゲンジの手に収まった。
「覚悟しろよお前ら。最近ストレス発散出来なくて溜まってたんだ。付き合ってもらうぜ。」
50対1、たった1人での大量虐殺が始まった。
スーツの男たちはそれぞれ拳銃を持っていた。しかし、当たらなければ意味は無い。弾の林をくぐり抜け1番前に立っていた男の喉元を突き刺す。その後、刀を突き刺したまま体を一回転、周りにいた十数人をノックダウンした。
「はっ!やっぱもろいな!人間は!!」
男から剣を抜き、一人一人の体と首を切り離していく。その動きは荒々しいが、確実に標的を仕留めていた。次々と命を刈り取っていくゲンジ、遂に敵の数は残り1人となった。
「お前が最後か?」
最後の1人に目をやる。しかし、その者は既に戦意喪失していた。怯えからか、膝が震えている。
「おいお前、どこから来た?」
男はそのまま動かない。ゲンジが歩いて近づいていく。
「大丈夫だ。命までは取らない。アレス、もういいぞ。」
武装を解除し、刀は再び少女の姿に戻った。安全だと分かった瞬間、産まれたての小鹿は泣きながらベラベラと喋りだした。
「うっ、う~…すいまぜんでした~…僕はただこの仕事を完遂したらお金が貰えるって聞いて…それで~…」
男の顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃだ。
「…誰の差し金だ。」
「シードカンパニーですぅ…」
その名前を聞いた瞬間、ゲンジの眉間にシワが寄る。アレスはそれを心配そうに見つめていた。
「…そうか、ありがとう。」
「もういいですか…?」
「あぁ、もういいぞ。」
「じゃあ、私はこれで…」
そそくさと男は立ち去ろうとする。
「ところで」
「はい?」
「俺はお前みたいにベラベラと情けなく仲間を売るやつは大嫌いなんだ。」
死体から拳銃を奪い、銃口を向ける。
「…へ?」
その言葉が、男の最後の言葉となった。その場には、なんとも言い難い空気だけが残った。
「シードカンパニー…。懐かしい名前だ。」
くるりと振り向き、電灯もついてない暗闇にゲンジとアレスは歩み出した。
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