第11話 力比べ
一瞬驚いた様な顔をしたが、直ぐに嘲笑を浮かべる。
「ほう…トール…神話最強と謳われるトール様が何故こんな所に?」
ニヤニヤ笑いながら返すカルムに、トールは刺さる様な視線で返す。
「まぁ、あなたが諦めていないなら少しは面白くなるでしょう。来なさい。またピンボールの様に弾き返してあげますよ。」
最後まで皮肉たっぷりだ。
「……。その挑発、あえて乗ってやろう。ただし、後悔しないことだ。」
ハンマーを下段に構える。その構えは前の姿と同じだが、少し何か違う雰囲気があった。
「雷歩…」
そう呟いた瞬間、カルムの前から後ろへと稲妻が走る。その姿が見えたのは、全てが終わった後だった。
はるか遠くの岩盤に叩き付けられたカルムは思う。
(何が…起こった…)
必死に、しかし冷静に頭を回転させる。
(私は確か…対象に吹き飛ばされ…)
視線を下にずらす。
そこには、ぽっかりと空いた自分の腹と、滴り落ちる腸があった。
(なるほど…通りで…身体が動かないわけだ…)
状況確認を終えると、その状態にした張本人が舞い降りる。
「やってしまった…何が目的か聞く予定であったが、その体では何も聞けないな…。」
少し悲しげな視線を感じる。
カルムは自分の前に降り立つ1人の少女が、死神のように思えた。
「お主には感謝しておる。本来の自分を取り戻すことができたのと、中々に強かったからな。」
名残惜しそうに俯きながらトールは語りかける。 しかしその返事は弱々しい笑みだった。
「ふっ…早く…やりなさいよ…」
ぼそりと呟く。
「お望み通りに。」
ハンマーをバットの要領で構える。
「さらばだ。あの世で、また戯れようぞ。」
「楽しみに…してますよ…」
静かに目を閉じる。その直後、トールのハンマーが横にフルスイングされた。インパクトの瞬間、カルムの体は後ろの岩ごと消し飛んだ。
*
「これで、家族の元に帰れる。」
少し、しんみりとした気持ちがトールの心を覆う。
「ふわぁ~疲れたぁ~。」
しかしそれは緊張からの解放とともに消えてなくなった。前の荘厳な表情から一変、ほっとしたような顔がトールの顔に表れた。
「よーし!かーえろ!」
トールの足に黒い稲妻が宿る。その一秒後には、大量に巻き上げられた砂埃しか無かった。
*
「もう7日ですねぇ…。」
またいつもの如く3人がコタツに入りミカンを頬張りながら心配する。
「いや、もう帰ってくるぞ。」
「ほんとですかぁ?」
次のみかんに手を伸ばそうとするが、その手は突然のインターホンに止められた。
「私が出る。」
ドアに向かうスレイヤーの足取りは、どこか嬉しそうだった。
扉が開く。その姿を見たスレイヤーは優しく微笑み掛けた。
「おかえり。」
「ただいま。」
トールはそれと同じ様に微笑んだ。
リビングに入るやいなや、
「えっと~…誰ですか?」
カリンは困惑の表情で出迎えた。
「まぁそうだろうな。改めて、自己紹介させて貰おう。我はトール。カリンにとっては…シャーリーか?」
まだ疑惑を拭いきれていないようだ。
「ほんとに…シャーリーちゃん?」
「そうだ。一応子どもの方にも戻れるぞ。」
トールの体が眩い光に覆われる。
「これで元通り!」
そこには見慣れた姿のシャーリーが立っていた。
「それはそうと…」
視線が1人の男に移る。その先には、まるで1人だけ違う空間にいるかのように熟睡するゲンジがいた。
「アレス、こいつしばいていい?」
シャーリーが問いかける。
「…。」
彼女は静かにうなづいた。
シャーリーが拳を思い切り握りしめる。
「おぉきろおおおぉぉ!」
それをゲンジの頭に向かい重力と共に振り下ろした。低く鈍い音が部屋に響き渡る。子どもの姿になっても力は変わらず強かった。
「グホッ」
間抜けな声が聞こえる。
「あぁ…痛ってぇ…。あ?おぉ!シャーリー戻ったか!!」
なんの悪びれもなく駆け寄ってきた。
「無事で良かったぜ…。ん?なんでそんな不機嫌なんだよ。」
「お前の胸に、聞いてみろ!」
追加でもう1発、腹を殴った。
「ううわ…!うぅゎ…ぅぅゎ…!」
吹き飛ばされながら気絶するゲンジの姿は、どこか既視感があった。
「そうだ、スレイヤー。1つお願いがある。」
「ん?」
床に突っ伏す人形を放ったらかし、コタツに入る。
「1度私と手合わせ願いたいのだが。」
キョトンとした顔をするスレイヤー。
「おいおい、随分と唐突じゃねぇか。一体、どうしたってんだよ。」
「今回の件で自分がどこまでスレイヤーに届いたのか試したくて。」
「…。いいけど、やるなら本気で行くからな。」
「お願いします。」
「外に出るぞ。」
*
~???~
なんやかんやでやって来たのは、何処かの孤島の草原。
「何が始まるんです?」
「大惨事大戦だ。」
カリンの横にはいつの間にか起きていたゲンジが立っていた。
「わっ、起きたんですね。」
「危なかったけどな。」
2人の視線が、向かい合う戦士に移る。
「何があったんだよ。」
「シャ…トールさんがスレイヤーさんと手合わせしたいって言ったんですよ。」
「へー…」
「それじゃあ、始めようか。」
「はい。」
トールはハンマーを、スレイヤーは西洋のバスターソードを構える。
「その剣…どこから持ってきたんだ?」
「ゲンジのコレクションからくすねてきた。」
「怒られても知らないぞ…。」
「いいんだって。」
ひとしきり会話をしたあと、先程の闘気が入り交じる空気に戻った。
「雷歩…」
トールの足に雷が集まる。
「ほう…」
その動きは音より疾く、一撃は雷よりも重い。瞬きの間に2人の距離がつまり、ガキィン!!と鉄の塊どうしがぶつかり合い火花が起きる。その衝撃は地面を凹ませ、周りに旋風を巻き起こした。
「うわぁ!」
「やばぁ!」
その中心には両者の激しい鍔迫り合いがあった。
「初めて会った時より成長してんな!」
「当たり前だ!」
そこからさらにラッシュをかける。手数が多くなったとはいえ、その威力は変わらない。その激しい雷の嵐をスレイヤーは全て剣で受け流す。
「ほらほら当たらなければ意味ないぞ!」
「うるさい!」
さらに攻撃が激しくなる。その一撃一撃はまるで流星群のような輝きを放っていた。
「もう…読めた!」
その一瞬、攻撃と攻撃の間の僅かな隙間、紙の薄さより細かいタイミングに的確に剣を突き刺し、ハンマーの取っ手を斬りあげる。
ガァン…!
「うわっ!」
攻撃に全体重を乗せていたトールは、堪らず体勢を崩してしまった。
「まだまだだな!」
素早く正確にがら空きになったトールの身体に斬撃を叩き込もうとする。
「ぐっ…!」
しかし、すんでのところ、首に刃が当たる30cm手前で受け止めた。トールが後ろに飛び退く。
「やるじゃねぇか。」
不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。
(さっきの重み…躊躇が無い…私を完璧に斬るつもりだった…)
お互いに息切れを起こしているが、トールの方は脂汗をかいていた。
「でも、守りはもう飽きた。」
スレイヤーの構えが変わる。
「斬られたくなきゃ、全力で避けろ。」
(これは…やばいッ…!)
トールは、野生の直感のように命の危険を察知する。踏み込まれる瞬間、彼女の目にはその一瞬がとても長く感じた。その感覚が功を奏したのか、
ガンッ!
またもやギリギリで受け止めた。
「まだまだ終わってねぇぞ!」
その剣は、受け止められてもなお止まることなくトールを斬りにかかる。そのラッシュはトールを遥かに凌駕していた。
(速すぎる!守るだけで精一杯だ!)
そのつむじ風のような斬撃に、一際大きい攻撃が加わる。その一撃はトールの弱った腕から得物を引き剥がすには十分だった。
「しまっ…!」
(斬られる…!)
首が身体から離れる感覚がトールの身体を覆い尽くした。思わず目をつぶってしまったが、その感覚は杞憂に終わった。
ゆっくりと目を開ける。刃は、トールの首のわずか1cm程の所で止まっていた。
「ふっ…はははははははっ!」
大笑いするスレイヤー。トールは未だぽかんとした表情から動かない。
「私が家族を殺すわけないじゃないか!それなのにお前ときたら…ぷッ…」
「わっ笑うな!本気でビビったんだぞ!」
「ひー…分かったわかったよ泣くなって〜。」
トールは、体は大きくなっても変わらないところはあるらしい。
「あっそうだ。お前がいない間にいいラーメン屋見つけたんだよ。食いに行こうぜ。」
「あぁ…うん。」
「ふぃ~…腹減った~。」
腹の虫を鳴かせながら背を見せ、ゲンジとカリンのところに歩む。
「お前俺のコレクションから盗んだな!」
「良いじゃないか壊れてないんだから。」
「そういう問題じゃねー!!」
遠くの方から口喧嘩の声が聞こえる。さっきの殺気に溢れた雰囲気とは、正反対のゆるさだった。
(さっき…斬られる直前…スレイヤーの顔が3つに見えた…)
「おーい、何してんだ置いてっちまうぞー!」
「あっ…はーい!」
3人に駆け寄るトール。
(まいっか。)
しかしそんな疑問は、また家族で暮らせる事の幸せに比べればどうでも良くなった。
スレイヤーの背中に、赤い阿修羅の刺青がぼんやりと光り、また消える。その現象に気付くものは、本人以外誰もいなかった。
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