第10話 wake up

 「ただいま…」

 がちゃりとドアが開く音がする。

 「おかえり~。」

 「遅かったな。」

 2人でゲンジを出迎える。しかし、帰ってきた者は一人しかいなかった。

 「…シャーリーは?」

 スレイヤーが目を細くして問い詰める。

 「連れ去られた。犯人はカルムとかいう野郎だ。」

 その衝撃的な事実を伝えている割には、ゲンジはとても冷静な態度だった。自分の中でじわじわ焦りが出てくる。

 「なんでそんな冷静なの!早く助けに行こうよ!!」

 「まぁ落ち着け、カリン。」

 スレイヤーが私をなだめる。そして、ゲンジにこう問い掛けた。

 「お前、わざと連れ去らせただろ。」

 「ど、どういうこと…?」

 「ゲンジならそんな雑魚みたいなやつからシャーリーを守れないことなんてことは無い。ではなぜ、わざわざ連れ去らせたか。それはお前の口から話してもらおう。」

 彼は静かに語り出す。

 「…あぁそうだ。あいつは強くならなきゃならない。こちらの世界に足を踏み入れたからな。

 ライオンは子供を崖から落とすって言うだろ?それと同じだ。」

 口からの言葉は余裕そうな雰囲気を持っているが、表情は不安でいっぱいのようだった。

 「取り敢えず、私はシャーリーを信じる。1週間出てこなかったら助けに行くぞ。」

    「そうだな。」  「うん!」

           *

         ~???~

 「ん~…はぁっ!はぁ…はぁ…ここ…ドコ?」

 深い眠りから目を覚ます。自分の周りには、冷たい床に黒い天井、閉塞感を感じる無機質な壁に陰湿な空気があった。どうやら、気絶されられたあとこの空間に閉じ込められたらしい。

 「そっか…あいつに連れ去られたんだっけ…」

 そんな事を呟くシャーリー。そして、それを見つめる目が1つ。その目はあちこちにあり、ある部屋のモニターに繋がっていた。

 「被検体の様子はどうですか?」

 そこは無数のモニターの前に数々の科学者が陳列している場所だった。

 「はい、以前異常はありません。」

 「そうですか…今回の目的は対象の生体データの確保。安定したデータの為にも、もう少し様子を見てから始めましょう。」

 カメラには不安そうなシャーリーの顔が映っている。

 「お姉ちゃん、助けて…。」

 祈るようにそう呟いた。

            *

~6日後~

 しかしその願いは届かず、一向に迎えが来る気配はない。そしてその事に気づいたシャーリーはある事を想像する。

 「もしかして…ここから1人で出ろってこと?」

 顔が一気に青ざめる。

 「あの兵隊たちは余裕だけど…あの変態だよ…あいつが問題だ…。あいつを倒さなきゃここは出られない。あいつは強い。でも…」

 瞳に、決意が宿る。

 「私は倒す!変態を倒して、家族の元に帰る!」

 振り返り、右手を窓に向かいかざす。

 「来るかどうか分からないけど…来て!!」

       *

 「カルム様!レーダー上に高速で飛来してくる物体を検知しました!!」

 部屋が緊急事態を報せる赤色に光り輝く。

 「何、ミサイルで迎撃して下さい。」

 「了解!目標ロック、発射!」

 その言葉を放った直後、外から爆発音が聞こえてきた。

 「命中!…こ、これは…。」

 「どうしました?」

 「止まりません!ミサイルは命中しました!ですが、真っ直ぐこちらに向かってきます!」

 「誰の仕業だ…着弾予想地点は何処ですか。」

 「それが、対象の房です!」

 「…!まさか!」

 カルムが珍しく焦りの表情を見せる。

 「着弾します!」

 轟音が鳴り響く、まるで地震のような揺れが管制室を覆った。

 「対象の房に行ける者は直ちに行きなさい。武器を手にしている可能性が高いので十分装備を整えてから行くように。」

 その指令を放送で下した直後、廊下からはバタバタと足音が聞こえてきた。

           *

 「き、来た!やったやった!!」

 その手に戻ってきた相棒に歓喜の声を上げる。しかし、喜びもつかの間。

 「警告する。そのハンマーを下ろすんだ。そのまま下ろせば、何も危害は加えない。」

 銃をこちらに向けた集団がそこにいた。

 「ほ、ほんと?」

 子どもらしいキラキラとした目を向ける。

 「あぁ、本当だ。我々も子どもを撃ちたくない。」

 大勢と子ども1人の間に静寂が流れる。

 「ヤダ!」

 「そうか…では仕方ない。」

 深いため息をつき、隊長と思しき兵士が手を挙げ、号令をかける。

 「テーーーーーー!!!」

 「いい人なんだろうな…可哀想に!」

           *

 「遅いですね…シャーリーちゃん…。」

 いつもと同じ様に射撃の訓練をするカリンと2人その内カリンとゲンジは心配の表情を浮かべていた。

 「あと1日だからな…。そろそろ準備しとくか…。」

 ゲンジが立ち上がる。

 「いや、その必要はねぇな。」

 スレイヤーが何かに気づく。

 「…なるほど。」

 ゲンジも気づいたようだ。

 「え?何どういうこと?」

 カリンは疑問を浮かべている。

 「始まったな…。」

 遠くの空は、炭のように黒い雲に覆われていた。

           *

 銃弾の壁にシャーリーがハンマーを盾にしながら突撃していく。その鋼よりも硬い金属と超弩級のサイズにより完璧に防ぐが、さらに奥には人の壁。

 「邪魔だあぁぁぁ!!!」

 横薙ぎにハンマーを振る。兵士には一人一人に頑強なヘルメット、厚い防弾プレート、アサルトライフルが装備されている。しかし、圧倒的質量の前にはくるみ割り人形に挟まれたくるみも同然だった。多数の人間の装備と肉と骨が潰れる。その破壊の後には、金属とかつて人間だった物の塊があった。

 「あっけないなぁ…。」

 残念そうにそう呟いた。

 「感傷に浸るにはまだ早いですよ。」

 無数のナイフが足元に突き刺さる。

 「カルム…!」

 「あなたを過小評価していました…。ただの少し強い子どもかと思っていましたが、これ程の力を持っているとは…。」

 変わらず落ち着いている。しかし、その目は冷たい色に変わっていた。

 「ここで殺す…というのも1つの手ですが、その手段はあまりにも早計で勿体ない。」

 左手に持っている名刺サイズの紙をシャーリーに投げ渡す。

 「この場所に来なさい。そうすれば、今より良い生活を送れるでしょう。」

 「ふーん…。」

 そこには、SEEDという文字が書いてあった。裏面に書いてある待遇はかなりのものだった。が、それをシャーリーはまるでこの世で最も要らないものの様に破り捨てた。

 「私はそんなお前らみたいな気色の悪い組織に入って贅沢するより、今の暮らしの方がよっぽど幸せだ。」

 「そう言うと思ってました…。」

 二人の間に時空が歪むような殺気が流れる。

 「しかしこんな所でやり合うのも窮屈でしょう。

 奥にちょうどいい広さの運動場があります。」

 スっと廊下の曲がり角に消える。直ぐにシャーリーも追いかけた。




 「ここなら広さも申し分無いですし、そのハンマーも存分にふるえるでしょう。」

 「早くこいよ…。」

 「お先にどうぞ?」

 安い挑発だ。しかし、どれだけ強かろうと所詮は子どもの精神。

 「潰れろッ!」

 素早く、無駄のない動きでカルムを潰しにかかる。

 「しかし、単純ですね…。」

 紫の光がシャーリーを包み込む。その鉄塊はカルムの顔の寸前で止まった。

 (またこれ…!)

 「遅いんですよ、何もかも。踏み込みも、振りも。そんなキレでは猿でも反応できてしまいますよ?」

 シャーリーの身体が弾き飛ばされる。

 「ちっ!」

 「次は、こちらの番です!」

 カルムの周りに浮かぶ無数の刃物。その向きは全てシャーリーの方に向かっていた。

 (やばいッ!)

 咄嗟にハンマーを前に構える。しかしそのナイフ達は前からだけでなく、横からも襲ってきた。

 たまらず後ろに避ける。

 「まだ油断するのは早いですよ!」

 その後ろからも来ていた。そしてその量は今までの比ではない。まるで流星群の様だった。

 「ぐぁ…!」

 さすがのシャーリーも、避けきれず何本か刺さってしまった。その痛みとカルムに向けての憎悪で、もはや感情のコントロールは効かなくなっている。

 「ぐぁぁぁぁああ!!!」

 怒りに任せた攻撃を叩き込む。だがその怒りも虚しく、また弾き返されてしまった。そして今回は突き飛ばすだけではなく、その軌道には壁のように密集したナイフが迎えていた。

 「ッぁあぁあぁぁぁああ!!」

 もはや立ち向かう気力は尽きていた。

 「学ばない人ですね。もういいです。」

 見限ったような顔で手を掲げる。その後ろには今までの量とは比べ物にはならない程のナイフがひしめいていた。

 「さようなら。」

 それは今までの拡散型ではなく、確実に殺す為の集中攻撃の型だった。体が、動かない。諦めの感情が心を包み込む。

 (私…ここで死ぬの…かな…?でも、この状況…何か似ている…)

 死ぬ寸前、シャーリーは絶体絶命の状況にも関わらず、あらゆる記憶を探っていた。

 (昔…私が…地上に来る時…この絶望感…昔の…

 自分…そうだ…!私は!!!!)

 砂埃を上げながらナイフが地面に刺さる。

 「こういうパワータイプはつまらないですね。

はぁ…掃除が大変そうだ…。」

 カルムが後ろを向くと同時に、雷が落ちる。

 「おや、珍しいこともあるものですね。」

 しかし、そのまま去ろうとする。

 「待て、愚か者。」

 「まだ生きていたのですか、しぶといです…」

 またその場に戻ろうとするその足は、その姿を見た途端止まった。

 「あなた、誰ですか?」

 その姿は、前の子どもの姿ではなく、170cm程の身長、黒く美しい髪、黒の稲妻を身に纏い、その手には先程よりだいぶコンパクトになったハンマーが握られていた。

 「私か?私、いや我の名前は、

         トールだ。    」

 

 

 

 

 

 

        

 

 

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