第29話 緑のリストリボン

 レース翌日はハヤテオウを馬房でゆっくり休ませた。次の日は放牧してフラワースマイルと自由に遊ばせたが、ハヤテオウは体質の弱いフラワーを気遣って速度を上げることなくダグを踏んでいる。


「本当に恋人みたいね。馬だけど」

「そ、そうですね」


 二頭のじゃれ合う姿を眺めながら、愛子の問いかけにどもり気味の回答しかできない駿馬だった。ハヤテオウのRRC登録は1ヶ月後だが、できるだけ早い新馬戦に出走できるように、2週間前にはトレセン入りする手筈になった。

 駿馬も時を同じくしてハヤテオウが入厩予定の朝井厩舎で、騎手見習いとして手伝いながらRRCの騎手登録試験に備える。もちろんハヤテオウの調教に関わる目的も含まれていた。


 その夜、大事なことを愛子と相談した。ハヤテオウのオーナーシップの件だ。RRCのルールによると登録騎手が競走馬のオーナーになることは認められていないという。しかし、駿馬の意思は固まっていた。


「ハヤテオウのオーナーになってください」

「あの、うちにはお金が・・・フラワーの繁殖も半年は先の話だし、ハヤテオウなら高値で付くはずだから」

「いえ、愛子さんに、スマイル牧場にお願いしたいんです。ハヤテオウがこれから好成績を上げて種牡馬になった時、フラワースマイルの子供を産ませたい」

「ああ・・・はい。じゃあ賞金は私が預かって」

「いや、スマイル牧場を大きくするのに使ってください。ここを再び大きくする。そのためなら、この世界でも頑張れる」

「この世界?」

「あ・・・プロのジョッキーとしてやりがいがあるという意味です」

「あ、はい。よろしく、駿馬さん」


 それから数日が過ぎ、駿馬は休養が取れたハヤテオウのトレーニングを再開することにした。最初はあまりやる気を出すと良くないので、スマイルフラワーは馬房に残したままハヤテオウを連れ出す。


「(なんでフラワーを連れてこないんだ。やる気が出ない)」

「(いいんだ。お前はフラワーの前だと力が入りすぎるから。また今度な)」

「(ちぇっ)」


 あからさまにやる気のなさをアピールするハヤテオウに跨ると、頭の中に見慣れないイメージが浮かんできた。四角いビーム・・・ハヤテオウが言っていたやつか。おそらくハヤテオウの能力データを表しているのだろう。


 評価基準は良く分からないが、スピードの値が突出して高い。それに比べるとパワー、スタミナ、メンタルともに半分程度だった。そしてもう1つ横長のゲージが見える。これが体力を表すパラメータか。それらが急に見えるようになった理由は分からない。ハヤテオウが成長認めか、駿馬がレースの経験を積んだからか。


 ただ、馬体に跨るだけでハヤテオウに聞かなくても把握できるというのは助かる。軽めに走らせると、やはり僅かだがゲージが減った。そして四角いビームのスピードのところが光った。おそらくスピードに効果があったということだろう。


 体力ゲージが空になるまではトレーニングできるということかもしれないが、怪我のリスクや回復との関係がよく分からない。とりあえず元の世界からの感覚を優先して、軽めの運動で引きあげた。


「あの、さっきネット販売でハヤテ君とフラワーにお揃いのリボンを買ったの」


 その日の昼食を摂りながら競馬雑誌を眺めていると、愛子が嬉しそうに話しかけてきた。


「ハヤテ君がブルーでフラワーがピンク。立髪に結んだら可愛いかなって」

「お揃いですか。それは喜ぶと思う」

「それと・・・駿馬さんにもグリーンのリストリボンを」

「はい?」

「あ、いえ、緑はスマイル牧場のカラーだから・・・」

「ああ、ありがとうございます」


 赤面しながらくるっと踵を返した愛子の後ろ姿を追いながら、おそらく二頭にリボンを買ったついでだろう・・・駿馬はそう思っていた。


 1日、1日と時間が過ぎていく。こんなにも早く時間が過ぎることは生まれてから経験がない。いや元の世界とここでは時間の流れが違うのかもしれないが、ハヤテオウとスカイフラワー、そして駿馬と愛子の別れの時はどんどん迫っていた。

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