第22話 四角いビーム
なんでも言えない高揚感が体の中を占領していく。あのナショナルダービーに比べたらお客の数も歓声も何分の1だろう・・・それでも少し懐かしい感覚が駿馬の中で蘇ってきた。
「(ごめん、ちょっと緊張してきた)」
「(そうなのか?あのハヤテオウが・・・)」
「(何があのだよ。デビュー戦なんだぞ)」
「(そうだったな。大丈夫だ、フラワーに報告するんだろ?)」
「(そうだぞ。牧場に帰ったら顔スリスリしてもらうんだ)」
「(ああ。好きなだけしてもらえ)」
ハタテオウのたてがみを軽く撫でた。元の世界でもデビュー戦のハヤテオウは緊張していたのだろうか。そんな気配は無かったけど、当時は未熟で読み取れなかっただけだろうか。
ここに飛ばされてきたことは不本意だし、未だにゲームの世界に入り込んだのか、長い夢の中にいるのかよく分からないが、ここに来なかったらハヤテオウと心の会話をすることも、愛子に会うこともできなかった・・・愛子さん?
駿馬は返し馬からゲートのほうに向かうところで、客席の前方に愛子の姿を視界の左隅に捉えた。もし、このレースに敗れて白金ファームに借金を返済できなければ、フラワースマイルを売却しなければならない。
フラワーを売れば借金を返済できるだけでなく、残る差額でスマイル牧場を維持できるという。しかし、そうなれば二度とスマイル牧場に戻ることも、愛子に会うこともなくなるだろう。ハヤテオウ、フラワースマイル、そして愛子とともに、ここで未来を切り開くんだ。そして、再びあの舞台へ・・・
昂る駿馬の気持ちを横から邪魔するように「調子はどうや」と声をかけられた。ダッシュマイケルに跨った秋野勝利だ。
「なんや無視か。つまらんやつやな。なあ、ハヤテオウくん」
「ちょっと週ちゅさせてくれ」
「えらい怖いな。リラックスも大事やで」
余計な会話を遮るために、意図的に少し距離を離した。元の世界でも返し馬や対機場で無駄に声をかけてくるジョッキーはいた。普段どれだけ仲が良いジョッキーでもレースではライバルであり、道中には様々な駆け引きがある。
ただし、競走馬を無事にゴール板まで送り届けるという最低限の仕事がある。大事なオーナーや生産地、調教師、ファンから競走馬をの命を預かるのがジョッキーなのだ。その自負があるからこそ勝利を目指すことはもちろん、安全のために集中力と判断力を研ぎ澄ませていくのだ。
待機所で全てのライバル馬、そして騎手たちとすれ違う。秋野を除き、無駄話をしてくるジョッキーはいなかったが、やはりグランドシャークの騎手からはすれ違いざまに刺すような視線を感じた。何だろう、このただならぬ気配は・・・駿馬が一瞬かぶりを振ると「(なんだ、お前が神経質になってどうするんだ)」とハヤテオウが心に話しかけてきた。
「(神経質になんてなってないぞ)」
「(あのグランドシャーク・・・パワーがすごいみたい。気を付けたほうがいい)」
「(え・・・なんで分かるんだ?)」
「(何となく・・・ダッシュマイケルは異常なスタミナ)」
「(数字が見えるのか?)」
「(分からない。四角いビーム・・・混乱してきた)」
「(わるい、わるい)」
これもトレーニングの時にハヤテオウが教えてくれた体力ゲージと同じ『ダービーミリオネア』の世界での特性なのか。他のジョッキーと競走馬はどうなんだろう。いや、今そんなことを考えている場合ではない。確証は無いが、4つのパラメータを表す菱形のゲージのようなものは想定できた。
待機所でダグを踏んでいる間、駿馬はハヤテオウから心の会話でライバルたちの情報を端的に仕入れる。なんとなくだがスピード、スタミナ、パワー、メンタルが分かるらしい。メンタルに関してはどう影響するのか分からないが、大きなメリットだ。
情報をもとに素早くレースをシミュレーションし直した。少し早めのペースで行った方がいい。末脚には自信を持っていたハヤテオウだが、脚をためて直線で爆発させれば勝てる甘い競馬にはならないと駿馬の勝負勘が伝えていた。
「(ハヤテ、前目に付けるぞ)」
「(命令するな1)」
「(命令じゃない。指示だ)」
「(・・・はいよ)」
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ナンデモ電機ステークス 出馬表
1-1 グランドシャーク 6牡
1-2 アイドルハンター 4牝
2-3 ハヤテオウ 2牡
2-4 ホソマッチョ 7牡
3-5 パワフルウーマン 6牝
3-6 メシノタネ 10牡
4-7 サンクスギフト 6牡
4-8 ミスダイナマイト 5牝
5-9 クラダシキング 7牡
5-10 オヤマノタイショウ 8騸
6-11 ダッシュマイケル 5牡
6-12 アラフォーチャン 7牝
7-13 ブラックアロー 8牡
7-14 ケンショウマネー 6牡
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