第21話 メインレースへ

 第4レースまで終わり、いよいよメインレース『ナンデモ電機ステークス』に向けたパドックの周回が始まった。直前の芝1600メートルの『あすなろカップ』では白金ファームのサンフェスタという馬が勝利していた。ヤネは小幡騎手だ。


 ウィナーズサークルからいそいそと検量室に引き上げて、後検量をパスした小幡騎手に「おめでとうございます」と声をかける。「ああ」と返って来たものの笑顔はない。すでに勝負モードなのだろう。


「や〜危うく振り落とされそうになったわ」と大きな声で言いながら秋野勝利も検量室に戻って来た。メインレースに乗るジョッキーで『あすなろカップ』に騎乗していないのは5人しかいなかった。つまり9人は400メートル短い同じコースをほんの数十分前に経験した状態でメインに臨める。これは経験上、大きな差だった。


 しかし、駿馬も元の世界で当日の最初の騎乗で勝利したことは何度もあるし、その1つはハヤテオウの新馬戦だった。手渡された3番の赤いゼッケンを被り、メインレースの前検量を済ませた時に、ちょうどグランドシャークの騎手とすれ違いになった。駿馬より目線は10 cmほど低かった。軽く会釈だけしたが、被りっぱなしのゴーグルの奥からギロッと睨まれた気がした。


 女性・・・確か有馬芳という名前で性別までは分からなかったが。ちょっと違和感のようなものがよぎったが、とにかく集中しなければ。駿馬は元の世界でも毎回やっていた思考のルーティーンをしてから係員の号令に従ってパドックに向かった。


 ハヤテオウを引いていたのは愛子だ。専属の調教助手や厩務員がいないため、騎乗以外の全てを愛子に任せるしかないが、独立レースではオーナーなどが直接パドックで馬引きをするケースは良くあるという。実際、愛子も手慣れたものだった。


 出会ってたった1週間ではあるが、愛子もフラワースマイルとともに、ハヤテオウに水やカイバをやりながら、ハヤテオウによく話しかけていたのだ。もちろん駿馬のように心の会話はできないだろうけど、ハヤテオウには伝わっていたはず。「止まれー」と号令がかかり、ハヤテオウに近寄り跨がる。別れ際に愛子が「ハヤテの人気すごいわよ」と言ってきた。


 この世界でのデビュー戦にも関わらず、おそらく血統で4番人気に支持されたが、2歳馬ということで半信半疑のファンはいたはず。だが、ハヤテオウの落ち着きや馬体を直に見て評価を上げたファンが多いのだろう。一抹の不安があった牝馬をキョロキョロ気にする感じもない。人気上位馬ではないが、14頭中の4頭が牝馬だった。


「(女の子たちは気にならないのか?)」

「(そんなの別にどうでもいい)」

「(本当か・・・)」

「(ちゃんと集中しろよ。振り落とすぞ)」

「(お、おう)」


 どういう風の吹き回しかと思ったが、理由は1つしか思い当らなかった。フラワースマイルにぞっこんなのだ。もうレースに勝って良い報告をすることしか頭にないのだろう。

 

 馬場道を通ってコースに出るまで駿馬が最新オッズを知ることはできないが、3番人気のグランドシャーク、4番人気のハヤテオウともに単勝一桁までオッズを上げていた。それだけパドックでよく映ったということだ。


 事前の情報が少なく、現場観戦者の購入率が高い独立レースは当日パドックで馬体をチェックしてから買われる馬券がかなり反映される。人気4頭の争いか・・・しかし、そんな下馬評を覆そうとしている人馬がいた。

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