第18話 4番人気の理由

 独立レースの当日、スマイル牧場からの出走はメインの『なんでも電器ステークス』のハヤテオウのみだが、検量やゲートチェック、騎手の体調チェックなどで、騎手の競走馬は第一レースの前に競馬場入りしないといけない。夜明け前に軽い朝食を済ませて馬運車兼用のトラックに乗り込んだ。


 勝負服を着て鞍や帽子、ゴーグルを装着した状態で体重計に乗ったら、なんとか55kg手前で針が止まった。ボクシングでいうリミットいっぱいと言うやつか。重りを付けなくて良いと言う意味では理想的だ。


 もちろん本格的にRRCで騎手として活動するなら、もう少し斤量の軽い馬にも乗る必要が出てくるだろうから、少なくともあと2キロは絞る必要があるだろう。エミと彼氏である翔がスマイル牧場で留守番。エミは後から愛子の兄である父親と一緒に応援に来ると言う。


 出発前に愛子が単勝オッズを確認するとブラックアローが1.6倍の一番人気、サンクスギフトが3.4倍、ハヤテオウは12.8倍の4番人気だった。どこの馬の根とも知らないハヤテオウがこれだけ支持を集めているのは疑いなく父キングフィロソフィー、母レジェンドルビーと言う良血のなせるわざだろう。


 そもそも何でこんな良血馬が2歳でRRCにも入らず独立レースに出ているのか。駿馬は自分だったら疑問を持つが、愛子も特に聞いてこないので、余計な話題を振ってもしょうがないので黙っておくことにした。「いよいよですね」と愛子がドリンクホルダーから片手に取ったコーヒを口に含んで、話変えて来る。


「はい。やるだけのことはやって来たので・・・そう言えばゲートチェックが当日にあるんですね」

「定期的に行っているRRCと違って、独立レースは色んな境遇の競走馬が集まって来るので、安全性を考えてやっているの」

「なるほど」


 愛子には駿馬とハヤテオウの素性を伝えていない。言ったところで怪しまれるかもしれないし、どこかからやって来た助っ人みたいな感じで受け入れてもらえているなら無理に言う必要は無い。RRCの試験を受けて、騎手登録をするとなった時にこちらでの身分証明がどうなるかなど不安もあるが、今は目の前のレースに集中する必要がある。


「(ハヤテ、ゲートは問題なさそうか?)」

「(少し前にやったばかりだろ。一発合格だったじゃないか)」

「(ああ、そうか・・・)」


 幸い、ハヤテオウの心と体はゲート試験を済ませた後のようだ。彼は利口な馬だが、最初は鞍を付けて人を乗せるのも嫌がっていたと聞くし、主戦騎手になることが決まって最初の頃はあからさまに嫌がられた。

 なんの問題もなく乗せてもらえるようになったのはゲート試験の1週間ぐらい前だったと記憶しているから、その直後にハヤテオウが戻っているなら、ようやく少し信頼関係ができたぐらいと言うことになる。


 ダイナーレディの教えをもとにコース取り、一度取り、流れに応じた仕掛けのパターンなど、元の世界でやって来た通りのシミュレーションはでいている。あとはハヤテオウとの呼吸が彼の事実上のデビュー戦でどこまでできるのか。そう言ったことを考えているうちに、前日目にしたイナカノ町のシルエットとイナカノ競馬場が前方に見えて来た。

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