第17話 心の会話

 コースの下見から合流した愛子に2枠3番になったことを知らされた。馬券は前日の夕方からオンライン販売もされるらしいが、当日購入が大半らしい。ちなみに関係者も所有馬の単勝のみ10万円までは購入できるらしい。

 いわば応援馬券なだが、ビッグレースではほとんどの馬主が願掛けに購入するらしい。ハヤテオウにオーナーはいないが、今回はスマイル牧場の所属馬として出走する。愛子は1万円の単勝を購入するつもりだと言う。


「10万円の馬券を買えなくてごめんなさい」

「むしろ大丈夫なんですか、1万円だって大変でしょう」

「うん。でも、泣いても笑っても明日結果が出るから。もし・・・」

「もし?」

「もしもだけど優勝を逃してフラワースマイルを引き渡すことになった場合は、6000万円が白金ファームから支払われることになっているの」

「負債額を差し引いてですよね。それだけの価値があるってことか・・・」

「だけど、フラワーはスマイルティアラと前オーナーがこの世に残してくれたうちの宝だから。あ・・・」


 トラックを走らせながら語っていた愛子の口が止まってしまった。やはり前オーナーは・・・それが父なのか兄なのか、それとも・・・駿馬は要らぬ想像を打ち消して、助手席で居眠りに逃げた。


 スマイル牧場に戻るとエミが表側の扉を開けて迎えてくれた。隣には男性が。


「おかえり。アイコちゃん、シュンマくん」

「ただいま。えっと、お隣の・・・」

「ああ、彼氏の翔くん。ほら、挨拶!」

「はじめまして」

「ど、どうも・・・」

「一緒に留守番してくれるって言うから。彼は調教師を目指してるの」

「よろしく(中学生で彼氏いるのか・・・)」


 スマイル牧場に戻ったらやろうと思っていたことがあった。フラワースマイルとの会話だ。これまでハヤテオウだけが話せるものだと決め付けていたので、フラワースマイルには普通に馬として接していた。

 4人で馬房に行き、カイバの補充と水の交換をしてから愛子は単勝馬券の購入と夕食の支度、エミは二つ年上の翔に宿題を手伝ってもらうとかで、小屋に入っていった。さて、やってみるか・・と駿馬はハヤテオウの隣にいるフラワースマイルの方を見た。


「(フラワー、聞こえるか?)」

「(あれ?私に話かけてくれたのね)」


 やっぱり繋がった。ハヤテオウが隣から怪訝そうにこちらを見てくるが、お構いなしに心の意会話を続けた。


「(ハヤテのことをどう思ってるんだ?)」

「(大好きよ・太太大好き)」

「(そ、そうですか。ありがとう)」

「(なぜお礼を言うの?私の素直な気持ちよ)」

「(は、はい!)」


 なんてストレートなのか・・・これが馬心というものなのか。むしろ人間がおかしいのかもしれない。まあハヤテオウを気に入ってくれててよかったが、ますます負けられない。今度はハヤテオウに向き直った。


「(ハヤテ、聞いたか?)」

「(何をだ?)」

「(フラワーとの会話だよ)」

「(聞こえてない。なんて言ったんだ?)」

「(あ、ああ。今日も良い天気ですねって)」

「(何だそりゃ)」


 なるほど。フラワスマイルとの心の会話をハヤテオウは聞くことができない。おそらく逆もしかりだろう。それならレース中にハヤテオウと会話をしても他馬に聞かれることはないということだ。これは大きな発見だ。


「(ハヤテ、明日のレースはよろしくな)」

「(おう、任せておけ!)」


 駿馬はフラワースマイルにも再度心で声をかけると、嬉しい気持ちを抑えめにしながら小屋の入り口へと向かった。

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