第16話 ダイナーレディ

『ナンデモ電機ステークス』が行われるイナカノ競馬場はスマイル牧場から自動車で2時間の町中にあった。このエリアでは最も大きな町らしいが、都心に近い競馬場に慣れていた駿馬から見るとローカル感が漂う。


 内側がダート、外側が芝というオーソドックスな作りで、芝は一周で1600メートルという。2000メートルで競う『ナンデモ電機ステークス』はホームストレッチの右側からスタートしてぐるっと周回し、最後の直線450メートルでゴールを目指す。


 愛子が説明会と枠順の抽選に出ている時間、駿馬はダイナーレディという競馬場の管理馬に騎乗して、ゆっくり周回しながらコースをチェックした。

 関係者の話では元RRCの馬で、引退後は繁殖はんしょくに上がる予定だったが、不受胎続きで先導馬に転向されたとのことだった。馬体の均整が取れて鹿毛が陽光に映える、とても美しい馬だ。


「(おたくはここ初めてなの?」

「(えっ・・・)」


 ギョッとして周りを見渡したが、遠く離れた場所で明日のレースに出るらしいジョッキーがいるだけ。まさか、このダイナーレディが話しかけているのか・・・


「(えっと、このコースは初めてだけど)」

「(そうなのね。私と会話できる人間なんて初めて会ったけど、せっかくだから教えてあげるわね)」

「(あ、はい)」

「(一見普通のコースだけど、内側の芝が深くてスピードが出ないのよ。

「(そうなの?)」


 試しに内側に寄ってダイナーレディを軽く走らせてみると、なるほどかなり深い。幅にして3メートルぐらいか。確かにここを通ったら相当なロスになる。


「(でもね・・・)」と再びダイナーレディが心に話しかけてくる。


「(向こう側のストレッチは芝が深いところが狭いから、少し内側でもスピードが乗ると思うわ)」

「(なるほど・・・)」


 ダイナーレディとともにスタンドの向こう側まで行くと、なるほど内埓から1メートルほどで固い。その外側よりも走りやすそうなぐらいだ。


「(これがイナカノベルト)」

「(イナカノ・・・ベルト・・・?)」

「(そう。でも、ここのコースをよく知っているジョッキーは狙っているから注意しないとね。もし、そこを取れなかった時は・・・)」

「(はい)」


 ダイナーレディをゆっくり走らせながら感触を確かめると、イナカノベルトと



「(あのね、少し外にすごく走りやすい箇所があるのよ)」

「(え、そうなの?)」


 ダイナーレディは駿馬の指示もなく勝手に少し膨らみ、そこからスピードを上げた。うわっと駿馬が驚いた直後にはダイナーレディが200メートルほど駆け抜けていた。

 通常の競馬で言えば5列目ほどに当たる、やや外側のポジション。イナカノベルトよりも、さらに走りやすそうに感じた。ただ、そこから第三コーナーを周る時に一つ間違えると進路妨害か大きなロスになる。


「(あそこのコーナーのところは?」

「(最内よりは外側のほうが少し走りやすいぐらいで、それほど変わらないわね)」


 ダイナーレディと心で対話しながら3周ほどしてチェックを終えた。時間にして30分ほどだったが、ダイナーレディのおかげで色々と知ることができた。


「(ありがとう助かったよレディ)」

「(明日はレースの先導をするから、またその時ね♪)」


 別れ際に少し振り返りながら、こっちに向かってウィンクしたような気がした。後日、競馬場あてにニンジンでも送ってあげるとしよう。

 それにしても・・・最初はハヤテオウが特殊な能力を持ったのかと思っていたが、もしかしたら自分がこの世界で授かった能力なのか。悪くはないな。翌日のレースに向けて、駿馬の気持ちは昂ぶっていた。

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