第15話 体重オーバー

牧野姫子・・・男勝りという表現は良くないかもしれないけど、いわゆる剛腕ジョッキーだった。競馬学校の初年度にバレンタインデーのチョコレートを持ってきたことがあったけど、体を作ってる最中だからと断ってしまったことがあった。あれ以来、口も聞いてくれなかったけど、今思えば申し訳ない。


まあ今はそんな元の世界でのことを考えていても仕方がない。レースのコースを事前に知っておきたい。おそらく他のジョッキーはこれまでイナカノ競馬場で乗った経験は少なからずあるだろうし、当日も何レースかあるので、そこで騎乗するジョッキーが多いはず。元の世界でもメインの前に一度も乗らなかった経験なんてない。


最強のライバルと目されるブラックアローの騎手は前のレースで慣らしてくる可能性が高い。一応、駿馬は愛子に確認してみると「ちょっと待ってくださいね」と出走リストのペースを開け、パソコンの画面をにらみながら「小幡さんはメインの前に3レース騎乗予定になってますね」と返答してきた。ちなみに当日は5レースが予定されており、それぞれにスポンサーが付いている。


「その他のレースは考えなかったんですか?」

「賞金額から1つのレースで金額を満たせるのが『ナンデモ電機ステークス』しかなくて。あと、うちが登録権を持っているのもこのレースだけ。他は登録料が必要になるし、出走数が多ければ抽選になってしまうので、ここだけに絞って探していたの」

「なるほど・・・」


ハヤテオウの騎乗は目を瞑ってもできるが、心配なのはコース未経験であることとレース勘だ。しかし、スマイル牧場の他につてがあるわけではないし、こっちの世界での実績ゼロで、馬の骨とも分からないジョッキーなんて乗せてももらえないだろう。


「愛子さん、コースを確認する方法はありますか?」

「ああ、前日にレースの説明会があって、ジョッキーが競馬場の管理馬を走らせながら下見できるの。その予約はしておきます」

「お願いします!あと1つ気になったんですけど、レースの斤量は・・・」

「あ、言い忘れてた。今回のレースは定量戦なので、年齢は関係なく牡馬は55キロ、牝馬は53キロ・・・」


うっかりという愛子の表情が可愛らしいが、そんなことにデレデレしている場合ではない。


「あの、体重計らせてもらっていいですか?」

「あ、はい」


愛子に案内されるがまま、壁際の古めかしい体重計に乗ると、針は54キロを指した。やっぱり・・・こっちの世界に飛ばされる前より、かなり太っていた。駿馬は愛子から借りたトレーナーを着ており、勝負服とそんなに変わらないが、そこに帽子とゴーグル、ステッキが入る。さらに鞍が1キロ弱・・・やばい。


「これは超えますね」

「ですね」


二人は顔を深刻に顔を見合わせて、お互いプッと吹き出した。レースは3日後。それまで愛子の美味しい食事は我慢するしかない。

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